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01.望まれなかった覚醒(2)

「ただいま。玄弥(げんや)、夕飯まで子ども部屋に来いよ」


 日暮れに戻ってきた兄、葦人(あしと)が休憩所に顔を出し玄弥を呼び、連れ立って子ども用の部屋へ行った。玄弥は自分と普通に話してくれる兄に懐いていた。本能的に自分の味方だと分かっているのだ。


 兄の葦人は10歳。髪の色は父の時人(ときと)に似て濃い目の茶色だが、母の弥生に似たのかクセはないストレートヘアで、邪魔にならないよう襟足短く刈ってある。目は瞳が茶色く祖父の充人(あつひと)に似て人懐っこい丸みがある。ただ、眉は曽祖父や父に似て細くてまっすぐだから清潔感のある少年という印象があり、人当たりも実際よかった。顔のパーツの特徴は兄弟違うが、2人並ぶと兄弟らしくよく似ていると従業員たちには言われていた。


 夢先の杜の集落の神子にならなかった子ども達は7歳から、調査や神子の護衛をする密偵になる修練に参加するため、葦人は週3回小学校の放課後集落の北側、根津家(ねづけ)の裏山にある集会所に行って、日が落ちる頃家に戻ってくる。適性がないと判断された子どもは修練から外れて普通の子どもと同じ生活になるが、葦人は残った中でも優秀だったらしい。


 他の日も学校の友人と遊ぶこともあるので、葦人は夕方まで帰って来ない。玄弥がもっと小さかった頃のように毎日遊ぶことがなくなったが、それでも弟思いの葦人は玄弥を構いたくて、夕飯までの宿題をやる時間には子ども部屋に一緒に行き隣で遊ばせていた。


「玄弥、またそれ読んでるの? 飽きない?」


 玄弥の幼稚園の服を普段着に着替えさせながら、葦人は訊いた。葦人は玄弥の読んでいる夢先杜様の本が、あんまり好きではない。当たり前のように親たちに聞いてきた内容だし、紙に書かれると胡散臭く感じるからだ。


「そんなことないよ。ギンちゃん達にきくとね、この(へん)の子はみんなもうお話し知ってるんだ。僕はあんまり知らなかったから」


「そっか……飽きたら他の絵本がそっちにあるから読んでていいよ」


 葦人はしまった、と思った。自分がうまくお話しを教えてあげられなかったから、玄弥がまた困っていたと思ったのだ。多分、「あんまり」ではなく「全然」だったんだろうなと、弟を不憫に思う葦人だった。


 兄は心配しているが、玄弥は特に言い伝えを知らなかったことを気にしていない。ただ、本を読むと新しいことが知れると興味が湧いて、もっと知りたいと思い絵本を読むようになった。どうやら知的好奇心は旺盛なようだった。


 ***


 玄弥の誕生日から10日後。満月の月明かりが夜空を明るくしていた。前日まであまり天候が良くなかった空を雲が速く流れている。


 その様子をなぜか玄弥は見上げていた。遅くならない時間に布団へ入って眠ったはず。そこに身体がある感覚がないのに、確かに玄弥は夢先(ゆめさき)神社(じんじゃ)の鳥居の前で月を見上げ、額の髪をなぶる風を感じていた。


 ふと気が付くと、自分の意識は満月に照らされた雲の近くに浮かんでいて、足元に夢先神社のある岡を見下ろしている。周囲の田畑の作物が風に揺れ、風が流れる様子が見える。遠くにこの盆地を取り囲む山々が見え、木々が揺れている。


 神社の真ん中に、神社の規模からしたらかなり大きな内神殿(ないしんでん)が見えた。その屋根が目に入ったとたん、玄弥の意識はそこへ向かって急速に落ちていく。


 焦り、ぶつかる! と思った玄弥は、何の衝撃もなく屋根をすり抜け内神殿の中心の床にとんっと降り立っていた。


 内神殿の奥、壁の向こう側の神域といわれる場所に暖かい光が浮かんでいた。なぜかそれが()()()。それが自分を呼んだ、と玄弥は感じた。そして、明日またおいでと言われたと感じた。


 朝、目を覚ました玄弥は、本能的にそれが神子の覚醒だと感じていた。でも、今まで両親や門馬の親族からは、玄弥の髪や瞳の色があまりにも黒々としていることで、「玄弥は夢先の杜の夢は見ないよ」と言われ続けていた。だから、これを家族に言ってもいいものか子ども心に悩んだ。そして、言わないまま神域に言われた次の夜になってしまった。


 ***


 今夜もまた、玄弥は鳥居の前にいた。ただ、今回の夢は昼間で空は雲一つない。どこかから雲雀(ひばり)が空へ一気に昇るピチュピチュというさえずりが聞こえて来そうな、抜けるような青空。


 また、いつのまにか空より夢先神社の岡を見下ろしていて、内神殿が見えたと思ったら吸い込まれるように落ちて行った。そして、内神殿の床の真ん中にひらりと降り立つ。


 違ったのは昼夜だけではなかった。降り立った内神殿は、昼間の明るい日が天窓から差し込み明るい。玄弥が辺りを見まわすと、ぐるっと人が取り囲んでいた。


「ああやっぱり玄弥だ。よく来たね」


「眞白おばあちゃん……」


 人の輪の南側にいた眞白が、中心に立った玄弥に話しかけた。


「なるほど、新しい姿だね。これから変わって行きそうだ」


 その様子を見ていた男性の神子が誰にともなく言う。まだ20代ぐらいの若い神子だが眞白と同じぐらいに神力が強いのか、光るように白く肩で切りそろえたストレートの髪。着物姿の彼の隣には、同世代の女性神子が寄り添う。女性の着物姿のその神子も双子なのかというほど雰囲気が似ていて、ストレートの白髪(はくはつ)を腰まで伸ばし、先に近い所で一つに結わえていた。


 玄弥は眞白に聞いていたが村の一般人は知らない神子、「先見(さきみ)様」と妻の「事違(ことたが)え様」だ。なぜ眞白が自分に教えたのか玄弥には分からなかったが、眞白は玄弥が神子に覚醒すると予感がしていたのだった。この2人の神子の神力は他に影響が大きいため、長老会でも知っている人はほぼいない。


「あのー。ほんとに僕が神子なの? なんか勝手な夢でも見ちゃってるんじゃ……」


 玄弥は、自分の周囲が全く期待していなかったのを薄々感じていたから、半信半疑でもじもじしながら言った。


「十五夜の夢は覚醒者の夢。今日の十六夜(いざよい)の夢は神子のための夢。今日の夢のことは神子以外知らないからね」


「神子じゃない人が知らない夢に、こうして来ているのは神子の証拠」


「われらは夢を見たかで神子を判断してないし。現身に会って見れば何となく覚醒前も分かるものさ。だから眞白はお前に色々教えていたんだ」


 周囲に十人ほどいる大人の神子が口々に言う。その様子に玄弥より少し大きな子どもの神子も、黙っていながら好奇心旺盛な目で玄弥を見ていた。


「葦人の弟だろ? 僕は歓迎するよ。葦人がすげーかわいがってるの知ってるし、あいつの弟ならいいやつに決まってる」


 眞白のいる輪の反対側の方から、葦人と同い年の神子、丑山(うしやま) 涼太(りょうた)が言う。体格が良くがっしりした体形で神子というには勇ましいが、葦人と小学校では仲が良いらしかった。兄の友人の言葉に玄弥は嬉しくなって目を輝かせた。

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