11.お嬢様のお悩みと訳あり男子の邂逅(4)
そして、生徒指導室からやっと解放された今に場面は戻る。
美麗が他の3人にやらせた悪事は全てバレていた。星羅とあとの3人は反省文を書かされて、先ほど部屋を出たところだ。美麗に引っ張りまわされて勉強時間が取れなかったあの3人は、放課後生徒会の先輩たちやボランティアを申し出てくれた先生たちと、1年生の勉強の復習をすることになり、その様子を見て更生されたと学校側が認めればお咎めなしになる。
問題は美麗だ。彼女は今、生徒指導室から校長室へ移動させられていた。高校内での人間関係は最悪。子分を作ることでしか友人を作れなかった美麗は、クラスの中で星羅よりも浮いていた。そして、勉強もほとんど付いていけていない。この学校にしがみついていてもメリットは何もなかった。
「確かにこれでは……退学した方が良さそうですね」
校長室へ呼び出された美麗の母大山 玲子は、思い切りのよい性格そのままに言い切った。
「お……おかあさん。なんでそんな!」
焦る美麗は母に縋りついた。
「だまらっしゃい! 私が仕事でいないことが多いからってお父さんの言う事も聞かないし、従業員の若い連中に甘やかされまくって。しかも連中も相手にしない半グレなんぞと付き合ってたですって? ……恥を知りなさい!」
現場の職人たちと渡り合うほど強い玲子は、娘の甘えなど容赦しない。孫に嫌われたくない祖父母、入り婿に負い目を感じて強く出ない父にできなかった「強く叱る」こと。やっと母 玲子がやってのけた。
「……ごめんなさい。……ごめんな……さいぃ……!」
小さい頃から自分に声を荒げたことがなかった母が、自分に大声をあげて叱った。美麗はやっと自分がとてもダメな子なのだと分かった。
その様子を校長の隣りで見ていた、2年生の学年主任教諭はおもむろに玲子に提案した。
「美麗さんの素行と成績ですと、市内の数年前共学になった梅園学院は難しいですね。これから夏休み中に再学習されても、大山建設さんのお嬢様といえどお受けいただけないかと。あとは……富士見工業ですかね。ご家業をお継ぎになるならここもおすすめです。……こちらなら今までの単位を証明して転校扱いにできます」
学年主任は淡々と玲子に説明する。内心は玲子にビビっていたが、ここは心を鬼にしなければ紹介先に迷惑が掛かる。それを横目で見やり、校長も口を開く。
「周囲の成績の低い学生たちから、教師が自主的に開いている勉強会にもお誘いしていたんですが、これまで全く見向きもされなかったようですね。ですから美麗さん。……これからは周囲のご忠告に耳を貸すことをお勧めしますよ。どちらの学校へ転校されても、何もしないでは変わらないのでね」
「はい……わかりました……」
いつもの威張りんぼがなりを潜め、しおらしくなった。どうやらふりではなく、学校を放り出されると分かって本気で反省している様子だ。その娘の様子を見て、玲子はため息をついて言った。
「では無難に卒業できそうな、富士見工業高校へ転校をお願いします。……それでいいわね? うちはあと兄弟いないんだから」
勝手に決める母にあんまりだと言いたかったが、今の母に逆らえる美麗ではない。それに考えてみれば、私立の元お嬢様学校など行けば、どこかから退学の話しが漏れて居所がなくなるかもしれない。自分のオツムと相談しても、母の選択が自分に見合っていると思った。
その話し合いの様子は、衝立の裏にこっそり隠したマイクで拾って玄弥が別室で聞いていた。もちろん次の手を回す場所を鮎彦へ伝えるためだ。そして鮎彦は次の手を打っていた。
***
うるさいほどに蝉が鳴く。
静かな校門から来客用の校舎入り口までの並木に蝉が寄り付きやすいようで、昼前の門からの道は通るものにさらに暑さが増して感じられる。夏休みに入ってすぐの7月下旬。美麗は母に連れられ富士見工業高校を訪れていた。校舎の裏手は校庭になっているようで運動部の掛け声が響き、校舎からは吹奏楽部だろう管楽器のパート練習か、にぎやかな音が窓から溢れている。少し離れたこの来客用の入り口は、人通りがなく寂しく感じた。
「大山 美麗さんとお母さまですね。お伺いしています。そろそろ案内役が来ますので、そちらのスリッパに履き替えてお待ちください」
受付窓の守衛に来意を告げるとこう言われ、玲子と美麗は靴を履き替えて待っていた。
そこに、体格の良い制服姿の男子が近づいてきた。着崩しはほぼなく、暑いせいかジャケットの前は開けていたが清潔感のある短めの髪、180cm以上はある身長にがっしりとした体形。大男のむさくるしさはなく、愛想よく笑顔を浮かべる彼に、玲子は好印象を持った。
「ようこそ富士見工業高等学校へ。大山様ですね。私は生徒会長を務めております猿渡 北斗といいます。私が校長室へご案内します。こちらへどうぞ」
「あら。猿渡建設の」
「ええ。社長の次男です。なので、自由にやらせていただいてます」
「あらまあ。それにしては優秀なのね。生徒会長をやられてるなんて」
歩きながら玲子が話しかけ、北斗の人となりを引き出そうとしている。その後ろを付いて行く美麗の様子を見ていない。美麗は気付いていた。彼はこの間自分を助けてくれた人だと。その人が生徒会長? マジ? この学校最高じゃん。と、先日嫌々転校を認めたことなど忘れていた。
「……では大山 美麗さん。夏休み明け2学期から、富士見工業高等学校建設科の2年生として転入ということで、これから学んでゆきましょう」
富士見工業高校の校長はそう言って、挨拶に来た美麗に言葉をかけた。
「よろしくお願いします」
しおらしく、だがさっき分かった生徒会長の正体に少しだけ気分が浮ついた美麗は、笑顔で挨拶をした。玲子は娘の態度がずいぶんと真面目なことに意外だと感じたが、悪いことではないのであまり追及しないことにした。
「ではお母さまはこちらでお手続きの話しがございます。美麗さんには校内を見ていただこうと思いますので、猿渡君に案内してもらいましょう」
学年主任の教諭は北斗に美麗の案内をするように言って、2人は廊下へと出た。この学年主任、今は表仕事だけになった元成鳥だ。鮎彦からの依頼でほんの少し北斗のアシストをした。そんなことはおくびにも出さず、大山夫人に提出書類の説明や制服などの説明を始めた。