11.お嬢様のお悩みと訳あり男子の邂逅(3)
「なんかずいぶん甘やかしたねぇ玄弥。どういうわけなんだい?」
隣に座る鮎彦が勘ぐってきた。
「まあ、アフターフォローですよ。俺、無意識にあのあやめさんのトリガーになっちゃったからね」
「まったく……なんつうか自意識過剰じゃないのか?」
「どうとでも取ってください」
玄弥は拗ねたようにそっぽを向いた。鮎彦は手にしたメモを玄弥に渡す。
「……なんですか、これ」
「お望みだった星羅の母親の現状だ。驚いたことに、竹田議員の事務所にいたよ。……健気だねぇ」
「ははは……っ。なんていうか……かわいい夫婦だねぇ」
「玄弥。多分お前には言われたくないだろうよ」
そう言って2人苦笑する。とりあえずこちら側の一仕事は終わった。あとは、大山 美麗の救済計画だが、それはある人に一任していた。玄弥が知らない相手ではないが、意外な人物が召喚されていた。
***
話は万引き騒ぎの2週間ほど前の夜にさかのぼる。それは6月の半ば過ぎ、カラ梅雨と言われるような雨の少ない週末。その日も晴れていて、もう夏の暑さだった。
その前の週に美麗は、付き合っている半グレ彼氏を取り巻きの4人に見せびらかすため、夜に星羅たちを無理言って連れ出した。その時、彼氏に難癖をつけて来た別グループの連中がいて、さすがに一緒に行くのは目立ってヤバいと感じた。だが、彼氏がグループの連中と話して星羅を気に入ったやつがいると聞いたので、今回星羅だけついてくるように言うと、仕方なさそうに星羅はついてきていた。
実のところ、星羅は仕方なしではなく、ある目的でついてきていた。前の週の騒ぎの後、星羅は思い切って担任の教諭に相談をしていた。その時なぜか、鳥井生徒会長も同席していて、学校側にすでに自分たち5人のことは知られていると聞かされた。今回は、生徒会長が手を回した私服警備の人達が、周囲に潜んでいる。だからその辺は安心していた。そして、美麗を反社につながっている連中から引きはがす計画があり、油断させるために星羅が同行しているのだった。
そうとは知らない美麗は半グレ彼氏といちゃつきながら、彼のグループがいるゲームセンターへ向かっていた。星羅はその後ろをおとなしく付いて行く。そして、待ち合わせの路地へ曲がる。先週会った少年たちがいるはず。だが、
「やべえ。逃げろ!」
美麗の彼氏が叫ぶ。グループの連中が、別の連中と喧嘩中だ。だがすでに遅い。乱闘中の相手に見つかっていた。
「なーにいちゃこらしとんのやてめえら! いい御身分じゃねえか!」
美麗と彼氏は手を引っ張られ、連中に捕まってしまう。星羅は焦った。これじゃ美麗も無事では済まない。取り返さなきゃ、と美麗の手をつかもうとする。
「だめだよ。こっちへ」
誰かが星羅を美麗から引き離した。あっという間に距離ができる。ああ、私服警備の人たちかと、星羅は思った。そして、乱闘騒ぎの方でも変化が起きる。
「こら~! 往来でなにやってんだ! 迷惑だろうがっ」
さっと美麗を救い出した男が、乱闘している連中を叱り飛ばす。星羅はついつい目で追った。なぜなら、なんとも均整の取れた筋肉の持ち主だったのだ。そして、少しごついが整った方の顔。星羅たちより1~2歳上だろうか。まだ若々しいがそれでも周りの乱闘中の少年より落ち着いていた。
「大丈夫? お嬢さん」
その筋肉美形が、殴りかかったやつを返り討ちにしながら美麗に訊ねると、美形と筋肉が好物の美麗は、あっという間にメロメロになっている。引き離されて保護された星羅からは、それがしっかり見えていた。これはあの半グレからすぐ乗り換えるだろう。とりあえずは反社につながる線は消えそうだ。
「あー、さすがだなぁ先輩は。俺もほれぼれしちゃうね~」
星羅を保護していた人物が背後からそう言う。星羅はふと気づく。自分も今、かなり密着されている。はっとして振り返ると、また系統の違う美形が微笑んで見下ろしていた。
星羅を保護する担当は玄弥。美麗を惚れさせて半グレから引き離す担当は、当初銀河にさせるつもりだった。だが、銀河ははっきり言って大根役者だ。そして、鮎彦が訪れた猿渡家で一緒に話を聞いていた銀河の兄で、猿渡家3兄弟の次男、炎樹の同級生の猿渡 北斗が名乗りを上げ、今、現場でしっかり美麗をたらしこんでいた。
「さて、少し先の橋のところまで歩くけど、いい?」
玄弥は星羅に話しかけた。星羅が頷くのを見て取ると、そっと自然に手をつなぎ歩き出した。
星羅は隣を歩く玄弥の横顔をそっと見る。薄暗い道、街灯に照らされた顔は恐ろしく整っていて、妖かと思ってしまう。周囲を警戒する視線は鋭いのだが、ふと星羅の視線に気づいて玄弥は微笑んだ。玄弥本人はただ、不安そうな星羅を落ち着かせるためにそうしたのだが、星羅は心臓が飛び出さんばかりにドキドキした。
5分程歩いただろうか。星羅たちは市内を流れる河の、橋のたもとに作られた公園入口に出た。するとちょうど専任の運転手付きのセンチュリーが、公園入口に横付けにされる。
「星羅! 無事だったか」
ドアを開けに回ってくる運転手を待たず、後ろのドアから降り立ったのは、鈴木 星一。娘を心配する父親だった。鮎彦が手を回した担当から連絡を受け、取るもとりあえず駆け付けた彼は大事な娘を見つけると、普段のぎこちない関係を忘れたように娘を抱きしめた。その様子を苦笑しながら見ていた玄弥は話しかける。
「とある筋からのお話しで杜から参りました。水沢 達也と申します」
はっと気づいた星一が玄弥を見て目を見張る。川風にふわりと踊るくせ毛、星明りの中白く抜けるようなかんばせ。3年前を彷彿とさせる姿は、玄弥が意識的に選んだロケーションの効果だ。
「今度も、幽霊ではありませんよ……ふふっ」
「君は……あの時の」
「ええ、あなたが幽霊と間違えた者です。今回は、星羅さんの護衛ですよ」
星羅は、2人が知り合いだったことに驚いた。そして、そういう人たちに顔が効く鳥井生徒会長も、謎な人だと思っていた。さっきから非日常的なことが続き、星羅はまだ現実が追いついていなかった。
「鈴木様。明日、私の叔父が事務所に伺います。星羅さんの周囲が騒がしいので、その対応のことでご提案をお持ちします。詳しいことはその時に」
「わかりました。明日、お待ちしています」
「では今夜はこれで失礼します。……星羅さん、ゆっくりお休みください」
星羅は自分にも挨拶があると思わなかったので、ちょっとドキッとした。そして、久しぶりに自分のために来てくれた父に安心もして、今さらながらフッと力が抜けた。
「ああ。星羅、大丈夫か? さあ、家へ帰ろう」
待っていた運転手がドアをおさえる中、星羅を先に乗せ星一が乗り込む。そして、車が走り出した。星羅は自分の周囲が騒がしいという言い方に、何事だろうかと考えていた。自分は家族に放置されていた娘だった。つい先ほどまでは。自分の知らないところで何が起こっているのか。知らないままではいけない、と星羅は思った。だが今日は驚くことが多くて疲れていた。そう、自分を気遣ってくれる人がいて、自分を守ってくれるとは。星羅は達也と名乗った玄弥の容姿をふと思い出し、ちょっと心が躍った。
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