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11.お嬢様のお悩みと訳あり男子の邂逅(2)

「さっき星羅(せいら)さんがおトイレに行ったとき言われたの。あそこのかわいい雑貨の店でコスメ取ってこいって。やらないと……今まで美麗(みれい)がやったいたずらを私がやったって言いふらすって……」


 星羅は、何度もこの子に先生や生徒相談室へ言えと言ってきたのだが、美麗に近付かれた女子は他の美麗を嫌う女子に距離を置かれる。巻き込まれたくないんだろう、誰もが勇気を持てるわけじゃない。だから彼女は、大人に相談しても自分たちの味方になる人がいると思えなくなっていた。


 今は星羅がこっちのトイレに来ていると知っていたこの子が、飲み物買ってくると言ってこっそり相談に来ている。陰になっている場所だが、いつしびれを切らした美麗がやってくるか分からない。ぐずぐずしていると対策もできない。星羅は急いで言った。


「ここでメモをこっそり作って。今から言う事を書いて。いい? ……『万引きをしろと親が有力者の子に脅されています。何も持って出ないともっといじめられるので、今渡した1000円で買えるものを持って出ます。今は取られたふりをしてください。親を心配させられないので学校には知らせないでください。お願いします。』……そう。よく書けてる」


「でも、私、1000円なんて出したら夕飯の用意が……」


「これを一緒に挟んでたたんで。ジャケットの前ポケットに入れて。……店員さんに……一番偉そうに見える人に、売場を聞きに行きながらこっそり見せて。多分JK向けのメイク用品程度なら1000円で行けるでしょ」


「で……でも……」


「1000円は勉強代ね。あのバカ、この間私らに彼氏見せびらかしてそのまま夜遊びしただけじゃ、まだ足りないらしいけど、そろそろ学校や親にバレそうだから、ちゃんと生活が戻ったら返すんでいい。まあ、私の手切れ金だと思って」


「えええ~? 手切れって」


「いいから! ……そろそろ行かないとバカがしびれ切らすから」


「ありがとう星羅さん……。言われた通りやってみる」


 そう言うと彼女は美麗の所へ自販機で買ったフレーバー水のボトルを持って行った。そしてそのまま、言われた雑貨の店へ入って行った。彼女は出てこない。どうやらそこでつかまった。そして、トイレ前で様子を見ていた星羅は、警備員に周囲を囲まれた美麗たち3人が連れていかれる一部始終を見ていた。


「……終わったみたいだね。保安の方には知り合いからお願いしてあるから、星羅は捕まったりしないよ」


達也(たつや)さん!」


 星羅にそっと近寄ったのは、玄弥(げんや)だった。今回は同世代でよく聞く名前を偽名にして、高校で過ごす擬態「隠れ腹筋もっさり黒メガネ」とは似ても似つかない、無造作に着たノンブランドの黒Tシャツが高級に見え、シャツと同系色のキャップが似合う昼間用美丈夫モード。中1の時の経験で開花した女性をうまくあしらう笑顔で、星羅に微笑んだ。


「さあ、家まで送るよ。ちょっと用事があるから、今日はそのまま帰るけど」


 こうして星羅は補導を回避し、玄弥とタクシーで帰宅した。そして翌日、美麗の隣りで生徒指導室の教師と対面することになった。美麗は自分の方にかばえというような視線を寄こす。だが、もう美麗を怖いと思わなくなっている。学校や生徒会が自分の訴えを知っているからだ。それには父の知り合いという彼のおかげもある。


 さて、美麗はどういう言い訳をするんだろうか。余裕がある星羅は、美麗の様子を冷めた様子で見守った。


 ***


 鈴木(すずき) 太一郎(たいちろう)事務所の一室で、議員秘書で甥の鈴木 星一(せいいち)は面会人と会っていた。1人は滝沢(たきざわ) 鮎彦(あゆひこ)、もう1人は玄弥(げんや)だ。玄弥は先日鮎彦を叔父だと紹介していた。


「達也。星羅さんの方は大丈夫なのか?」


 鮎彦が話を促して来る。


「ええ。先ほどショッピングモールの警備員に、脅されていた子を保護してもらって、あとの3人も確保してもらいました。大山(おおやま)さんに逆らえなかった3人は、生徒会から連絡を受けた高校の教諭が迎えに行く手筈ですし、大山さんは親御さんが来るでしょう。星羅さんはタクシーでご自宅へお送りしましたよ」


 玄弥の報告に胸をなでおろす星一。その様子を見て鮎彦は、星一の人柄は良いと実感していた。


「まさか夢先(ゆめさき)(もり)の方に助けていただけるとは……。本当にありがとうございます。おそらく、先生のお仕事の影響を考えた方がいらっしゃるのでしょうが」


「ご想像の通り、鈴木先生の先輩にあたられる竹田(たけだ)先生から、今後の選挙戦に影響があるといけないからと、我々にお話がございました」


「なるほど……そうなると、こちらから竹田先生の陣営に何かお礼をせねばなりませんね」


 星一の答えに、にこっと笑うと鮎彦は言った。


「でね……そのお礼のことですが、星一さん。あなた、あやめさんを離縁されてください」


「はあ? あの……うちの家内が何か」


 急な申し出に、話が見えず困惑する星一。


「実は、あやめさんにはすでに他から話が来てましてね。彼女も乗り気らしいですんで」


 もっと突拍子もない話になり、いつもは優秀な秘書の顔ができる星一が、ますます動揺した。


「冷静に考えてみてください。太一郎議員の地場を継いで立候補した時、あのあやめさんがあなたの陣営の裏方を仕切れるとお思いですか? 多分、周囲の信頼は得られないかと」


 あやめはもちろん、もともと水商売を自分の天職としているわけではなく、普通の勤め人の家の子どもだったと、婚姻を結んだときに星一は聞いている。だがさほど有名でない大学を出た女子は就職が難しく、契約社員で入った会社は倒産し、あっという間に夜の仕事に手を出し落ちぶれてしまったのだ。だから教養がないわけでもない。ただ、もうすでに佇まいは前職を想像できてしまうようなふるまいだ。


「あの人が悪いわけじゃないんだよ。社会に出た時期が不況だったせいで、ちゃんと大学も出て」


「ええ、ですが、彼女は若すぎますよ。あなたの隣りに立つにはね。……なにか勘ぐられる隙を作ります」


 鮎彦は容赦なく言った。事実、星一はあやめの枕営業にひっかかったのだから。星一はまだ議員1年目だった太一郎の秘書として、その頃はまだまだ純朴過ぎた。太一郎に引っ張りまわされて家族を蔑ろにしていた時期、妻とうまく行かず離婚の話が出ていたし、一度関係を持ったからと責任を感じてしまう程度愚かだった。その単純な責任の取り方で、娘の心が荒んでしまうまで気付かぬ程度星一は、伯父の事務所の人手が足りずに疲れ果て、精神的にくたびれ、味方もいなかった。3年して落ち着いた今になって、やっと振り返って気付かされた。あの、きっかけになった幽霊とその叔父に。


「……わかりました。竹田先生からのご忠告なのですね。……また、1人に戻るだけですから」


 竹田陣営の太一郎の足を引っ張るな。……つまりは不和の原因の女を切り捨てろという指示だった。きっとあやめのことは、竹田陣営の中でうまく使われるのだろう。


「大丈夫ですよ、星一さん。あなたは1人じゃありませんよ」


 玄弥が気遣うように言う。


「星羅お嬢さんがいらっしゃるでしょう。あの方は今回お話ししてみて、とても理知的な方だと思いました。きっとお父様をお助けになられるでしょう」


 隣りで鮎彦が玄弥はまだ甘いなと考えていると、玄弥には手を取るように分かったが、なぜだか玄弥はこのお人よしが幸せであってほしいと思ったのだ。


「ありがとう、達也さん。あの時はすまなかったね、幽霊だなんて勘違いして」


「いいえ。お気になさらず」


 そう言って玄弥は微笑んだ。そして鮎彦と共にその場を辞すと、普段はタクシー運転手の成鳥(せいちょう)が回した車に乗り、その日は集落へ戻ることになった。


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