11.お嬢様のお悩みと訳あり男子の邂逅(1)
大山 美麗は「お嬢様」だった。建設会社はもともと母の家族が経営していて、建築士の資格を持った父に母が惚れ込んで結婚。社長を継いだ生真面目な父は、現場の作業員たちと世間話をする程度仲良くしているが、やはりたたき上げの職人よりは線が細い。昔から気の強かった母の尻に敷かれている。
「ほ~ら美麗。お人形さんのお着替え、欲しがってただろう?」
「わぁ。じいじ、ばあばありがと~」
誕生日でも子どもの日でもお正月でもない日でも、幼少の頃からねだるとなんでも買い与える祖父母。現場が多い従業員たちも子供好きが多く、小さい頃から皆が甘やかしかわいがってくれた。もちろん元々見た目はちょっときつめながら美人と言われた母に似て、整った顔立ちだった。幼稚園でも周りの子や先生にちやほやされ、「大山建設のお嬢様」は無敵だったのだ。
だから、父母の忠告は全く耳を素通りした。真面目で勉強が苦でなかった父は、小学校の宿題でさえ放り出す娘に何度も忠告した。美麗と同じように周囲に可愛がられて育った母は、美麗と違って周囲の友だちに我が儘を言わなかったが、なぜか美麗はいつも気の弱い子ども達を顎で使うようなまねをして、母の悩みの種を増やしていた。
美麗は努力の仕方を知らない、ある意味かわいそうな子どもだった。
娘を立派に育て上げたはずの祖父母は、孫に嫌われたくないとイエスマンなジジババになった。入り婿の父は舅姑と妻に遠慮してしまい、強く美麗を叱れなかった。唯一叱れるはずの母は、事務方が得意な父の代わりに表に出る仕事が多く、娘が元気なら大丈夫だろうと放置してしまった。結局家族が気が付いた時には、「残念過ぎる顔だけお嬢様」が出来上がっていた。
今の美麗の姿形はゴージャス。父以外の元ヤン家族は、美麗が髪色をいじるのを反対しなかったので、茶髪にジャギーカットで流行を追っていた。母親似のきつめの顔立ちに化粧を施し、制服のスカート丈は短め。高校生向けの雑誌のトレンドそのままの姿だ。ちょっと残念なのは若干ぽっちゃり目なところで、美麗の努力嫌いがうかがえた。
その残念お嬢様は今、緑ヶ丘高校の生徒指導室へ呼びつけられていた。片親だったり夫婦仲が悪かったり、親の仕事がうまく行かず生活保護を受けていたりと、家の事情でいじめられやすい女生徒3人に、嫌がらせやいじめの片棒を担がせていたのが、とうとう大人にバレてしまったからだ。これまではもう1人の都合のいい女子、鈴木 星羅がうまくごまかしていたのだが、どういうわけかうまく行かなくなったようだ。その星羅も、今は隣にいる。美麗と目も合わせようとはしなかった。
いったい何でバレたのか。そんなことを美麗はグルグルと考えていた。
***
なぜ父の伯父は議員なんかになりたがったんだろう。なんで父は彼の秘書を続けてるんだろう。2人の失敗に自分がまきこまれるのも自分が悪いのか? 3年前星羅を置いて出て行った母は、星羅がいたから家に縛られた、もう耐えられないと言い捨てて出て行った。
「メリットがなければ結婚なんてしませんよ。あなたのお父さんは、お父さんの伯父さんの地場を継ぐ人だから、私は後妻に入ったの」
籍だけ入れて家に住むようになったあやめという女性は、星羅の疑問にそう答えた。40を過ぎたばかりの父の後添えとしては若い20代の女。結婚したのは全くの打算。気持ちの良いくらい思い切りよい答えだが、義娘になる星羅は複雑だった。変に愛情あるふりをして寄って来られるよりましだが、自分の父を好ましく思っているわけではないという。どんな相手でも夜を共にする感覚は、両親ともに教養のあった家の娘として受け付けない価値観だった。
「あなたを母親だとは絶対認めないから」
子どもっぽいと思ったが星羅は、そう言って距離を置くしかないと思った。それによって父とも距離がますます広がってしまったが、高校受験を控えた中学生は塾通いに忙しく、寂しいという気持ちをどこかに置き去りにしてしまった。
高校の入学式も1人だった。何人か同じ学校からの進学もいたが、クラスが違ったり彼女たちは他に友人がいたりで、誘って一緒に行く者はいなかった。中学の時に親が離婚・再婚と、田舎の街ではまだ醜聞と言われてしまう家の子だったし、その親は議員秘書となると、友人が離れてしまって新しい友人はできにくかった。
星羅の見た目は出て行ってしまった母に似ている。父と同じ大学の同期だった母は、黒いストレートヘアに華奢な肢体で、星羅は父に似た目元以外は母にそっくりらしい。父は星羅を見ると母を思い出して辛くなるのか、家の中でもあまり顔を合わせることがなくなった。後妻のあやめとも仲良くしたくない星羅は、1人でいることが当たり前になり、家にいるのが面白くなかった。
「ねえ。ちょっと遊びに行かない? いい所知ってるからさ。あんた家に帰りたくなさそうじゃん」
どことなく居場所がなさそうな顔をしていたのがバレたのか、緑ヶ丘高校に入学して1ヶ月ほどしたころ、同じクラスの大山 美麗が下校する校門の外で話しかけてきた。お互いクラスでは変な目立ち方をしている者同士。自分は伯父が地元名士だが親が離婚して若い後妻がいる、腫物扱い。片や大手建設会社のちょっと美人だがめんどくさい子。美麗はよくしゃべり明るい印象で、若干頭が弱そうな子だと星羅は思っていた。その日もあまり目立たない印象の女子を3人引き連れていて、自分もそんな風に見えるのだろうと思っていた。
「今日はカラオケ行こうよ。大丈夫、私のおごりだから~」
美麗の遊び方はオジサンたちの中でも金遣いが荒い、成金の「お大尽遊び」というのと大差なかった。おごってやることでいい人だと思わせたいと、思っているようだ。一緒に遊ぶ女子にお店の飲食代など全て出して見せ、子分のように彼女たちに支払いに行かせている。しかもその取り巻きたちは、どうやら美麗に弱みを握られているらしく、時折言葉に脅しのようなニュアンスが混じるのだ。これはどうやら、自分も同じような取り巻きに引きずり込まれたと後から思ったが、その時にはすでに自分も子分化していた。
そして、2年生になりしばらく経ち、梅雨時だが空梅雨の年の7月。
「どうしよう、星羅さん。……このままだと私、万引き犯にされて退学になっちゃう! せっかく奨学金取れて高校入れたのに」
星羅はいつのまにか、美麗がいない時の影の相談役になってしまった。星羅はうまく立ち回れない彼女たちの退路を断って、自分と居ないと悪評を流すと脅すことでしか友人を作れない。星羅はなるべく美麗の機嫌を取り、彼女たちが悪い命令を回避できるようにこっそり立ち回る日々を送っていたのだが、最近彼氏と喧嘩別れし、とうとう日常に刺激を欲しがる美麗が、ショッピングモールでの万引きを指示してきた。