10.それでもおそらくは平穏な日常(6)
「うえー。……あのさ、いっそのこと義母とかいう人追い出すんじゃダメ?」
「……また何考えてんだ? お前、その面のせいで長老会に目立つなって言われてんだろうに……変に知恵回るから」
「なるほどね~。やっぱり分かる人は玄弥を惜しいと思うね」
炎樹までが何やら納得している。高校進学前に緑ヶ丘など県立ではなく私立を薦めた炎樹は、まだそのことを覚えていた。
「そうなんだよ炎樹君。こいつ人をよく見てるし知恵が回るから、こういう仕事は向いているんだけどね、特に女性に顔を覚えられやすいから「難あり」なんだよ。だから長老会はこいつを未だに黒馬呼ばわりさ。今回高校に目立たない姿で在籍できてるんで、やっと使えるとか言い出した老害が多くて……」
「それで、俺を使ってみろって? 日辻のじいさんかな」
「いや。今度は寅松の竹一さんだ」
「多分善意からなんだろうけど。……困るね」
根津 文親と玄弥の父時人の板挟みになって、時人の味方ができなかった竹一は、その後集落で玄弥に会うとよく、色々と話しかけてくれる。ずっと気にしているようだから無下にもできず、玄弥は少し持て余しているのだ。「いい人」というのは時々思いがけずに困らされる。
そんな長老会の話しを玄弥と鮎彦はしていたが、そろそろ学校へ戻る必要がある炎樹が、話の先を促した。
「お話し中悪いんだが。実際、いつぐらいからこちらは用意するのか、だれか校内に送り込むならあらかじめ連絡が欲しい」
「ああすまない、炎樹君。こちらも長老会と成鳥の守長に話を通すから、2~3日後に計画を連絡するよ」
鮎彦が言うと、炎樹はほっとした顔で頷く。
「鳥井先輩。多分俺は実行役の1人になるから、フォローよろしくお願いします」
玄弥がにこっと笑って炎樹に言うと、頷いて炎樹は鮎彦に挨拶をし、事務所を出て行った。見送った鮎彦が先ほどの発言に引っかかり、玄弥の前へわざわざやってきて訊く。
「げ~んやく~ん。なんかいい計画持ってそうじゃな~い? おじさんに言ってごら~ん?」
「なんかキモ」
「へぇ~。そうか~。ちゃんと計画立案に意見出してくれたら、うま~く「お荷物夏生」が玄弥に絡まないように、誘導してやってもいいぞ」
「……なんか旨すぎる話って良くないよね。でもまあ……ないよりましか」
「そうそう。君らの世代、現場の機動面じゃ銀河が一番だろうけど、頭脳面はお前だと思ってる。高校生の感覚は俺ら大人が分からないことが多いんだ。今思いついていることだけでも出して」
鮎彦は本気で玄弥を買っていた。長老会や成鳥は、相手が高校生も絡んでいるため、学校での行動などが分からないから手をこまねいていたのだ。炎樹が相談を持ち込んだのは渡りに船で、立場が弱かったのはこちら側だ。それを玄弥は無意識だろうが、集落の裏の方が上に立つ状況に持って行けた。鮎彦は玄弥も夢先杜チートがあると考えている。
「仕方がありませんね。自分の高校生活の平穏を買うつもりで、協力しときますか」
ため息をつくと玄弥は言う。ただし、自分の計画の補完に情報収集を頼むのを忘れない。
「だから鮎彦さん。鈴木秘書の伯父という議員が、誰の下で動いているのか分かっているでしょうけど、その先輩議員や秘書の裏を探ってもらえませんか」
「ほぅ。……なんか形になりそうだな」
「ええ。大きい餌があると助かるので……鈴木さん家が。あ……それと、星羅さんの母親が今どうしてるのか、確認してくだい」
それは純粋に、アフターフォローのつもりだった。鮎彦はどう取るのか玄弥は聞きたくもない。子どもを放置する親にも事情があるのは、自分と弥生の関係で分かっている。そして、双方歩み寄るならあとは星羅次第だ。
「甘いなぁ。玄弥も子どもってことか」
「どうとでも。……俺が経験したことなので」
返答を待たず玄弥は資料を前に、思考へダイブした。鮎彦の感想など雑音。考え事をする時の癖で机に肘をつき、あごを右手で支えながら親指で自分の下唇を無意識になぞる。
特にメモを取らずとも、頭の中にフローチャートは展開する。どこかのチャートの出口が見えないと、確認事項を口にする。周囲から見れば全く唐突なことだ。
玄弥は普段音声メモを使ってこれをやるのだが、今、近くで聞いている鮎彦は知っている資料を出してやるし、張り付かせている調査員へ即確認した。その集中ぶりは鮎彦の期待以上だ。これなら今日の成鳥の定例報告に、ほぼ完成形で行動計画が出せる。鮎彦はほくそ笑んだ。
「そこで悦に入ってるおじさん。パソコンとかない? 手で書いてたら面倒。代わりに書いてくれてもいいんだけど」
楽をしている鮎彦を玄弥は使わない手はないと、悪い面構えで文句を言ってみる。本当は口述筆記でもしてもらいたい気分だ。さすがに任せすぎだと鮎彦も思ったのか、普段は店の事務に使っているパソコンを指し示し、電源を入れ立ち上げた。
「裏用の書類のフォームはここのフォルダーにある。ワードで本体作ったら表紙つけて」
どこまでも他力本願に徹する鮎彦だった。玄弥はムスッとするのも時間がもったいなかったので、
「これ、でかい貸しだからね」
そう言うと、パートごとに打ち込んで行った。そしてバイトに来た秋金と桃香がのぞいたのも気付かず、2時間かけて案ができた。
「鮎彦さん。あくまでこれ、高校生が加わる側の計画だけだからね。政治的なことやら企業に関わることなんかは、そっちでやってくださいよ。俺、そういうのは分からないから」
鮎彦は玄弥の作った案に目を通す。2時間で作ったとは思えないほど計画に齟齬がない。鮎彦は十二家の若鳥頭から聞いたのだが、小学生の頃、長老会をも出し抜く子ども達のいたずらの言い出しっぺは銀河と一つ下の牛山 桂伍だが、計画の骨組みは玄弥だったらしい。いたずらから仕事に、責任は重大になったが慣れというのか危なげない完成度だった。
「うん……いいんじゃない? これ多分採用するよ。あとは玄弥、鈴木家の前の奥さんのことと、先輩議員の周辺のことか。……まあ、これのお礼に調べてやる」
「ずいぶん安いお駄賃だなぁ。やっぱ手を引こうかなぁ」
「いやいやいや……うー。分かった。他の機会に玄弥の便宜を図るよ。あんま難しいのは無しだからな。俺、そんなに権限ないんだから」
なんとも情けないことを言う支部長である。あまりいじめてもやぶ蛇になるので、玄弥は今は追及しないでおくことにした。そしてしばらく事務所でシャットダウンしたように身じろぎもせず居眠りをしていたが、秋金と桃香のバイトが終わると、またいつもの擬態をして帰路に就いた。
まだ続きます。続きも読んでくださるとうれしいです。
玄弥の成長が主軸なので、結末も決まってて脱線はあまりできませんが、「こんなエピソード読みたい(アップ済以降の部分)」みたいなご意見いただけたら踊って喜びまする(謎)。
遅筆、下手の横好きゆえ実現するかは保障できません。平にご容赦を。