10.それでもおそらくは平穏な日常(5)
「それなら……他の恋人候補あてがって、そのヤバい半グレ彼氏から引き離すのは?」
玄弥が話しを振ってみる。すると向かい側から炎樹がジト目で玄弥を見て言う。
「それ、お前がやってくれんのか? ……ちがうだろ?」
言われると思っていた玄弥は、それをにこっと笑ってかわすと生贄を差し出した。
「猿渡 銀河。あいつも修練生ですよ。富士見工業高校の1年生だから、ご令嬢の好きなガテン系で、十二家本家の息子だから顔も良し。しかも今フリー」
「あ~。いますごく悪魔な笑い方してるぞー」
傍で見ていた鮎彦が面白そうに言う。だが、確かに妙案だ。
「銀河を招集するかどうかはこちらで決めるが、誰か別のやつに夢中になってもらって、半グレ彼氏から離れてもらうのは1段階としていい手だろう。その先はこちらで任せてもらおう」
「なんかアイディアいいとこ取りしてません? 滝沢所長」
アイディアを横取りされて玄弥が少しへそを曲げた。炎樹はその関係が上司と部下というより、もっと近い信頼関係があるようで、少し羨ましかった。
「さて。問題はもう1人。国会議員の秘書の娘だ。第一党所属の議員って言っても元は地方のメーカーの社長で、最近やっと国会議員になれた人だ。夫人がいないから甥が秘書を務めていて、跡継ぎと目されている。その甥の一人娘が、鈴木 星羅。大山 美麗たちと夜遊びに繰り出し、写真を撮られて、父親に脅しの手紙が送られてきた」
時々似たような話を聞くなと、炎樹と玄弥は思う。親が忙しいと構われない子どもが出てくる。なぜか自分が子どもだった頃の気持ちを当たり前に忘れる大人が、誰かあてがっておけば親でなくても大丈夫だと勘違いするようだ。
「父親が議員の出張に引っ張りまわされてるから、家族はあまり構われてなかったらしくてな、星羅の母は3年前に離婚して、今は後妻がいる。だけど後妻が元は議員の夜の世話係だったってことで、あまり義娘と関係が良くない」
なんだかどこかで聞いたような家族構成だ。玄弥は何となく思った。気になった玄弥は、鮎彦の持つ資料を見せろとばかりに手を差し出す。鮎彦はしかめっ面をしながら資料を渡した。
「ああ。旅館に宿泊したことがある人たちだ。3年前なら……なるほどね」
そこには、中学生になったばかりの玄弥を旅館の庭で幽霊と見誤った男と、穢れを大量に放出した女の写真があった。あの日彼らを連れて投宿したのがその議員と、派閥の先輩格の議員だったのだろう。なりたての議員が自分の力だけで泊まれるほど、門馬の本館の敷居は低くない。
「なにがなるほどなんだい? 玄弥……なにを知ってる?」
鮎彦が玄弥に情報提供を促した。修練生としては逆らえない。神子の練習のことはごまかさなければならないが。
「この鈴木さん、秘書として門馬の本館に泊まったことがあるんです。俺が中1のゴールデンウィーク頃。その時この後妻さんは議員さんの世話係で来てた。で……、伯父の議員さんが先輩議員と日辻の店に飲みに行ってる間に、世話係さんが純朴そうな秘書さんを引き倒した場面を見てね……、まあそういう関係になっただろうと」
話しをそばで聞いていた炎樹の顔が、みるみる真っ赤になった。紅葉一筋の炎樹は、他の女性と付き合うようなことがなく、結構純情なのだ。炎樹の初心な様子を残念なものを見る目で見ていた鮎彦が、生々しい話をする高校1年生に訊く。
「ええと……玄弥、お前は覗きの趣味でも?」
「ちがいますっ。単に涼みに庭に出ていて、向こうが勝手に俺を幽霊と見間違えたんです。だから覚えてたし、女の方は機会をうかがってたみたいで、こっちが身を隠したら即行攻め落とすのが見えたってところ」
自分が神力で軽く光ってたなんてことは、別に必要な情報ではないので黙っている。だが、覗きの疑いとは心外だ、と玄弥はくさった。
「それじゃ玄弥、鈴木家の夫婦を知ってるならそっちを頼みたいんだがねぇ」
「あのぅ滝沢所長。……長老会から指示が出てますね? 鈴木秘書の家族については」
玄弥が話題を切り込んだ。それを聞いていた炎樹は、じぃっと鮎彦の様子をうかがっている。緑ヶ丘高校の生徒会は、どうやら長老会の隠れ蓑に使われているようだと、思い至ったからだ。問題があれば自ら先頭に立って取り組み、解決するために動ける炎樹だ。自分の取り組みに勝手に便乗されるなど、プライドが邪魔をして素直に従うのは癪だった。
「玄弥~。どうしてそこで言っちゃうのかなぁ。言わないで済むことなのに」
「そりゃフェアじゃないでしょ。それに……政治家が絡む話で、高校から言われただけで裏が動くとは、俺は思わない」
炎樹は自分が表の道しか歩んでいないことを痛感した。確かに最初、夢先の杜の調査員に相談しても無理ではないかと躊躇したのだ。だが、自分が十二家本家の人間だということで、もしかしたらと踏み込んだ。そうしたら意外にも話を聞いてくれた。……そう思わされていたのか。そんなうまい話があるはずもなかった。
「なるほど……よく踊る素人は面白かっただろうね。でも……、こちらとしては助けがいる。そちらの思惑通りに動くとは言えないが、このまま手を貸してほしい。緑ヶ丘高校生徒会は、この件に関して学内で夢先の杜の調査員が動く便宜を図る」
炎樹の発言にニヤッと笑った玄弥は、鮎彦のしかめっ面をじっと見る。
「いいんじゃない? これで学内で問題児を監視しやすくなるだろ? そっちもうまい手だと思ってたんなら、生徒会長のお墨付きもらえる方がよくないか」
「これだから昔っから門番の門馬家は油断がならないっつーか。……わかった。炎樹君にバレたことは長老会に知られないようにする」
嫌みを言いつつ鮎彦は了承すると、意地の悪い顔を玄弥に向けた。
「一つ意見を飲んでやったんだ。鈴木家の問題には手を貸せ、玄弥」
鮎彦は玄弥の嫌がることを突いてきた。顔を知っている相手と話すのは普通、こういう仕事では避けるものなのだが、鮎彦には勝算があるようだ。
「ああいう連中は「票集め」の時以外、全く見知らぬ相手は警戒が強くて受け入れるまでかなり長くかかる。幽霊に見間違えたとしても、あの門馬旅館で見た人間ならまあ、いまから接触するより顔見知りだからな。決定事項」