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10.それでもおそらくは平穏な日常(4)


 はっきり言って違和感。 鮎彦(あゆひこ)の事務所の中に、陽キャな孔雀野郎がいる。玄弥(げんや)は心の中でそうつぶやいた。


 そこにいたのは紅葉(もみじ)の彼氏、緑ヶ丘(みどりがおか)高校でも生徒会長をやっている、鳥井(とりい) 炎樹(えんじゅ)だ。相変わらず紅葉と仲の良い玄弥には、何かと風当たり強く接して来る彼だが、今日は少し元気がなく見える。それというのも、今回表側から裏の仕事に相談を持ち込む窓口、滝沢(たきざわ)洋品店に彼がいるのは、裏方に相談せざるを得ない事情があったからだ。


 玄弥は洋品店のバックヤードへ入るまで、油断なく普段の擬態を取らない。鮎彦の事務所へ入って問題がないか確認してから、リラックスする。だからまだ、炎樹の前でも擬態を取っていなかった。


「ああ、炎樹君。ちょうど適任な修練生が来てくれたよ。同じ緑ヶ丘高校の学生だから」


「え? 緑ヶ丘にいる修練生って」


 炎樹はどうやら、玄弥の擬態が見抜けなかったようだ。玄弥はふっと笑って伊達眼鏡を外し、髪をかき上げながら姿勢を通常に戻した。


「お久しぶりです、炎樹先輩。分からなかったでしょ~」


 「えっ……玄弥なのか? 緑ヶ丘に進学したならどうして教えてくれないんだよ。いや、お前が入ったら1年生が騒然とするだろ?」


「それがイヤだから、こうして姿を偽ってます」


「なるほど……」


 それなりに注目を浴びやすい炎樹は、玄弥の気持ちも何となくわかる。ただ、炎樹は注目を浴びるその中で主張して結果を出す生き方を好むが、玄弥はもともと目立ちたくない性格だ。炎樹はそれを知っているので、確かに玄弥が自由に生活するには必要なことかと感じていた。


「それでね玄弥。疲れてる所悪いんだけどさ、話が高校の中の事も関わってるんでね、君の協力を頼みたい」


 普段はフレンドリーな鮎彦が、夢先の杜十二家の鳥、緑ヶ丘の巣の長として真面目な顔で言う。これは既に学生の問題じゃなく社会の問題になっている。鮎彦は炎樹と玄弥に事務室のソファーへ座るよう促した。


「鳥井家の炎樹さん。調査員修練生に現状の説明をお願いします」


「分かった。……では、現在緑ヶ丘高校の生徒会として、ある女子グループの行動に困っている内容を話そう」


 そう言うと、炎樹は玄弥に緑ヶ丘高校2年生の女子グループについて、説明した。


「2年生の女子5名でいつもつるんでいる子たちなんだが、どうやら反社に目をつけられているらしいんだ。そのうちの3人は、片親だったり両親が不仲で家に寄り付かなかったり、そのせいで目が行き届いていない。奨学金が切れたら多分、学校にも来なくなる。」


 いつの時代になっても、不幸にまとわりつかれる人々がいる。子どもの場合ほとんどがもらい事故のようなもので、親の失敗やら社会の問題に振り回されて、生活が成り立たなくなっている。そのフォローは自治体がするはずが、弱者は恥ずかしがって隠す者もいるので、差し伸べられる手が足りていないのが現状だ。


「その子たちはボスに弱みを握られて、使いっ走りや嫌がらせの片棒を担がされている。1人1人と話しをすると、そんな荒れた性格じゃない。ただ気弱な部分があるから、押しには弱いし、何か脅されていたなら自暴自棄になりやすそうだ。そこで教員たちには主犯格から解放できたら、フォローしてもらう約束は取り付けた。資金面も鳥井家から俺が持ち出してもいい。だから、問題はあとの2人」


 さすが十二家本家の息子、炎樹だ。持ち出しもいとわぬノブレス・オブリージュ。玄弥は表の生活しかしていないのに、ここまで手を回している炎樹の手腕に内心舌を巻いた。だがその炎樹でも、後の2人は手が出ないのだろう。どんな女子なのか予測がつかなかった。


 「1人はこの緑ヶ丘市の大手建設会社の社長の娘だ。「猿渡(さるわたり)建設」のライバル「大山(おおやま)建設」の長女で、大山 美麗(みれい)。この大山社長は入り婿で、大山家は女系らしい。その娘がもう1人と先の3人を引き連れ夜遊びに繰り出して、それをネタに社長が反社から接触を受けた」


 なるほど。母親が強くて父親が注意もできないのかもしれない。しかも困ったことに、下請け会社の現場で体を資本に仕事をする中には、学生時代にヤンチャをし過ぎた者が含まれている場合がある。言っておくが、本当に一部だ。しっかり大学まで行って建築を学んだり、電気技師や水道関係の資格など難しい勉強をした作業員だっている。(これはマジでフィクションだから! 誤解しないように!)


 「この会社、市や県の大きな工事には必ず入札してくるような、かなりのやり手なんだ。猿渡で取れなかった仕事が、ほぼ大山に流れている。つまりは政治的な側にも顔が広い。それだけに、そのご令嬢が素行不良だと問題が大きい。請け負った仕事に反社が手を出したら、公共事業に支障が出る」


 大人の事情については、鮎彦がフォローを入れてくれる。なるほど、闇落ちされてはいけない立場の女子らしい。


「ええと。その美麗さんなんだけど。誰かとお付き合いとかされてるわけ? 一応社長令嬢でしょ、それなりに見栄えいいんじゃない?」


 玄弥がそう言うと、炎樹が苦虫をかみつぶしたような顔をした。


「それは……俺に何回も告白してきて、その度にお断りしている。ちゃんと婚約者がいるって言ってるんだが、今のご時世にそういう人はいないと勝手に思ってるらしい。……で、当てつけのつもりでお付き合いしているのが、見た目がそれなりに整ってる半グレ属性らしい高校中退の土木作業員。でもそいつ、大山の家にびびって別れたがったらしいけど、輩の頭がマジの反社つながりらしくてな、付き合わないと野郎の方が絞められるらしい」


「うわーまじかー。そんなん引っかかるなよなぁ」


「そうそう。人を見る目もないときた。成績だって落第しないギリギリ。ちゃんとカテキョ付いててだよ。親の財力だけで何の努力もしないで、どうして俺に好かれると自信もってるんだか」


 よほど美麗に迫られてうんざりしたのだろう、炎樹がこぼしまくった。


「あーなるほど。俺にとっての迷惑夏生(なつき)みたいなもんだなぁ」


 玄弥も断っても断っても言い寄る問題児には心当たりがあった。夏生はそれなりに見た目が良くて人当たり良いから将来性を買われていた。でも、その後の努力の方向を間違い続けていて、今では若鳥(わかどり)のお荷物になりつつある。通常の修練をさぼりやすく、恋愛脳とオシャレセンサーだけが鍛えられた恋愛モンスター。玄弥は絶対にお近づきになりたくない1人だ。それに近い美麗という女、やはり自分は近づきたくない。

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