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10.それでもおそらくは平穏な日常(2)


 今日は県立緑ヶ丘(みどりがおか)高校の、入学前に制服や教材などを渡される日。3人はバスで一緒に来て、受け渡しの教室を出て帰る所だった。時間がバラバラだからまだよかった。そうでなければきっと、何かと理由をつけて話しかけようとする大勢の女子とめんどくさいことになっただろう。


「俺、少し顔でも隠そうかなぁ」


「そうだな。メガネでもかけてみるか?」


「そんなんで隠せるもんなの? まだ子供だからって女子を舐めちゃいけないよ」


 桃香(ももか)が女子の目ざとさについて、油断するなと言っている。だが、玄弥(げんや)夢先(ゆめさき)(もり)の修練生だ。


「まあ、帰りにちょっと買い物するから。桃香にも意見を聞きたいし、かねっちも付き合うだろ?」


 そして玄弥がバスに乗る前に街で寄ったのは、緑ヶ丘商店街。集落の調査員たちが懇意にしている店だ。ごく普通の衣料品店として、街で生活する人が普通に買い物に訪れるが、裏の事務所から入れば、調査員の仕事に役立つ小物や衣類が手に入った。店のオーナーも集落出身。昔から水辺の管理と織物に強い滝沢(たきざわ)家の、当主の弟だ。実のところこの店、夢先の杜の鳥が頼る緑ヶ丘の「巣」。調査員の支部だった。


「おや、珍しいね。修練生以外の友だちと一緒かい?」


 ちょうど入荷した物の確認をしていたオーナー滝沢 鮎彦(あゆひこ)が、玄弥たちに話しかけた。


「はい。実は高校で目立たないために工夫がしたいんです」


「おやおや。そんなに大変だったんか~。……ねえ?」


 玄弥にくっついてきた秋金(あきかね)と桃香へ目を向けて訊ねる鮎彦。うんうんと強く頷く2人。


「もうさ~すれ違っただけで女子がきゃーだから」


「玄弥は子どもん時の執着ババアのせいで、顔で近づく女が大嫌いなのにさ~。中身だってちゃんといい人なんだけどね~、相手が顔から入っちゃうから全部排除になって残念なのよ」


「……これはこれは。細かい分析をありがとう」


 と、玄弥は嫌みで返す。その様子を見て鮎彦はなるほどと思い、さっそくあれこれ小道具を持ってきた。


「さて。目元の印象が分かりづらくなる効果ならこのメガネかな。ダサくもなるから先入観が騙せるし、黒縁が主張するから中の瞳を覗こうとする人は少ないだろうね」


 玄弥は受け取ると伊達メガネをかけてみる。そして、いつもはふわっと立ち上がっている前髪を目の方へ下ろし、さらに目元が見えないようにした。


「あ、とたんに地味になったな」


 秋金が感心して言う。だが、桃香はまだ文句があるようだ。


「でもさ、玄弥は修練生で鍛えてるから姿勢いいのよね。体も締まってるし。上の学年のおねえさんたちにはバレるって」


「なんか必死だなぁ桃香。玄弥がバレたほうがいいみたいに聞こえるぞ」


「はっ。いや……、なに言ってんのよ。玄弥の素顔を集落のみんなで守らなきゃ」


「やだなぁ、俺、自分のことは自分で守るから」


 玄弥は口をはさむと、普段と違う雰囲気を作り出した。背を少し猫背にして、バッグを前に抱えるようにして歩くと、気弱でおとなしい子に見える。ほんの少し重心の位置を替え、姿勢を崩しただけでも別人と印象を与える。修練生の座学のたまものだった。


「みごとだね。久々にいい技術見せてもらったよ。でもそれ毎日やるのかい?」


 鮎彦が感心しつつ心配して言う。普通の潜入などでその技術を使うのは、ほんの数日だったり、見つかりそうでとっさに別人のふりをして逃げて数時間、などが多い。学校周辺でほぼ毎日3年間もやるのは、厳しいものがある。


「やるしかないでしょう? 平穏な高校生活のためですからね。これをやっても、騙されないような相手がいたら、……それはそれで嬉しいだろうなぁ」


 玄弥は何やら新しい挑戦をしているような感覚で、少し高揚感を感じている。その様子を秋金は呆れたように、桃香は新しい発見をしたかのようにウキウキした顔で見ていた。その様子に、鮎彦は少し安心した。修練生とそれを外れた表の者が仲良くできる間柄は、他の学年であまり見る機会がない。それだけ彼らは信頼しあっている。自分の離れて行った表の友人たちのことを思い、鮎彦は昔を思い出し玄弥たちを少しうらやましいと感じた。


「修練生じゃないんだろうけど、君たち仲いいね。それだけ気遣いができるみたいだから、諦めなきゃよかったのに」


 鮎彦がそう言うと秋金と桃香は、ないないとばかりに首を横に振る。


「無理っすよ。俺たちあの銀河(ぎんが)の同級生だから」


「あれ見ちゃうとちょっとね。私は楽して楽しく暮らしたいし~」


 優秀な同期がいると、「普通」がつらいのか。鮎彦はなんだか2人に同情した。自分も年の近い修練生が優秀だったので、劣等感を感じたことがあったのだ。滝沢本家の子どもだったから、見込みなしと言われるでもなければ諦める選択肢もなかったが。


「でも、玄弥のフォローはしてやるんだろう? なんかいい関係で羨ましいな。……友だちでいてやれよ」


 鮎彦は老婆心で秋金と桃香に言う。


「当たり前じゃないすか。俺たち小1からずっと一緒なんすから」


「そうそう。かねっちには進級の命綱だよね~お勉強の」


「なにおぅ。そういう桃香だって玄弥のノートに助けられてんじゃんよ~」


「あーはいはい。君たちへの代償はテスト対策だね。そのかわりバレそうな時のフォローよろしく」


 秋金と桃香のやり取りが不穏だったので、玄弥が不毛なやりとりを切った。ツボにはまったのか鮎彦が体をよじって笑いをこらえていた。やっと笑いの衝動が止まった鮎彦が訊く。

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