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10.それでもおそらくは平穏な日常(1)

 4月に小3になる撫子(なでしこ)がテレビを見ながら言う。


「ねえ、なんでよその国を勝手に攻撃とかするわけ? わけわかんない」


「そうだね。そのわけわかんないことをやっちゃうのが戦争っていうんだよ」


 3月。普段一人暮らしであと2年で大学を卒業という葦人(あしと)が、珍しく春休みに自宅にいる。一回り違う撫子を構いたくて話し相手になっているが、どう見ても兄妹には見えない。そこに、玄弥(げんや)が外から帰ってきた。


「あ。兄さんお帰り。春休みに真面目に実地研修?」


「まあそれは口実だな。成鳥(せいちょう)の会議に呼ばれてるんだ。俺は接客業の現場に入りやすいから、仕事が回ってくるかもしれん」


「そっか。俺はまた兄さんは実地研修を口実に、綾子(あやこ)さんに会いに来たのかと思った」


「私、綾子おねえさん好きだよ~。いい人だもん」


「そうだね~。綾子さんは今年専門学校2年生だっけ。旅館業界の。……愛されてるね」


「おまえら……兄をからかうんじゃない」


 門馬(もんま)家のリビングでいきなり鬼ごっこが始まる。小学生と中学卒業したばかりの子どもはさすがにすばしっこく、20代に突入した葦人はしばらくがんばって、つかまえるのをあきらめた。


 玄弥が高校へ進学する春、少し前から世界はきな臭くなっていた。宗教を拠所にした指導者が率いる国をとある大国が攻撃し、戦争になっていた。そうなると戦争を放棄している日本は、困った立場になる。「いつも金だけ出して何もしない」と言って、日本の財布になんでも出させて来た大きな国々が、自分たちが戦勝国になって日本から取り上げたはずの軍事力を使えと、本末転倒なことを言い出すのだ。そのことで国会がまた荒れそうなので、上の方から夢先の杜に情報収集の依頼でも入ったのだろうか。玄弥と撫子はまだ成鳥ではないから、それを葦人に訊くことができない。


「ねえねえ玄兄ちゃん。どうしてよその国のやってることを悪いことって決めて、戦争しかけに行く国があるの?」


 さっきの葦人の答えがお気に召さなかったのか、撫子が玄弥にも訊いてくる。


「撫子はどうしてだと思うの?」


「だから~、分からないから訊いてるんじゃん!」


 玄弥がすぐ答えないので、撫子は文句を言ってくる。


「ん~そうだね。よその国の代表者の気持ちって、考えても真の答えなんて俺も知らない。だって俺はその人じゃないからさ。詳しいことならテレビに出てくる専門家とかが解説して、「きっとこうだろう」って言う。そう言うのは簡単だけど、それって人に意見を押し付けてるからな~」


「あー! やっぱ玄にいちゃんいじわるだ」


「落ち着けって。事実を言ってるんだよ。だけどさ~、撫子は人に訊くと答えが出てくると思ってる? ……それはないなぁ」


「もういいよ! わかんないからもうやめ!」


 撫子はせっかちだ。末っ子で甘え上手なせいで、大人がすぐ優しくし過ぎていた。だから正解を教えてもらえないことで、諦めようとしてしまう。


「撫子。人に教えてもらうだけで自分で考えてないだろう? 分からなくても、考えるのはやめちゃダメだよ。答えを知ってるのが優秀なんじゃない。あきらめずに自分の答えを見つける過程が大事だよ」


 また玄弥のお説教が入って、撫子がむくれる。玄弥に訊くとなかなか答えを教えてくれない。それでも玄弥に訊いてしまうのは、いい加減な答えでお茶を濁す大人と違って、ちゃんと撫子の疑問に向き合ってくれるからだった。


「玄弥ー、またうるさい先生になってるな~。まあお前には向いている気がするけど」


 横で見ていた葦人が呆れたような顔で玄弥に言う。玄弥は間違ったことを言っていない。だが、正論だけで納得する相手はそうそういない。玄弥が時々、気分屋な同年代から毛嫌いされるのは、ついつい相手を追い詰めてしまうからだろう。


「理詰めで言ったら相手は意固地になるもんさ。お前ももう少し、相手を乗せる工夫がいるよ。自分の意見を聞いてもらうように、うま~く誘導しなきゃ」


「兄さんはうまいよね。やっぱり旅館を継ぐだけあって、人をよく見てるし折れる場面もわかってる。……なんかくやしい」


 いつもは優等生で通っている玄弥が、兄にはいつも勝てない。4月から高校生になるのに、少しだけ拗ねた玄弥が幼い顔になっていた。そんな顔を見ると葦人は玄弥をかわいいと思うのだが、言うとこじれるので言わないでおいた。


「やーい。葦人兄ちゃんに負けてくやしがってやんの」


 自分のことは棚に上げて、撫子は玄弥をからかう。だが特にムキにならず、苦笑して玄弥は自室に行ってしまう。


「もー。最近つまんな~い。銀河(ぎんが)兄ちゃんはもっと面白い話してくれるのに」


「え? 銀河君? 撫子は玄弥の友達とよく遊ぶのかい?」


 葦人は何やら聞き捨てならないことが聞こえた気がして、撫子に訊く。


「うん。桃香(ももか)お姉ちゃんと秋金(あきかね)君と銀河兄ちゃん。玄兄ちゃんのノート目当てでよく来るよ~」


 確かに彼らは試験対策で、よく玄弥の部屋に入り浸っていた。


「だけどねぇ、桃香お姉ちゃんはね~玄兄ちゃんが目当てなんだよ~多分。そんで秋金君は桃香お姉ちゃんと仲良くしたがってんだよ~」


 さすがは女の子。無害なふりをしてよく観察している。玄弥よりも詳しいかもしれない。


「それで、銀河君はなんで来てるのかい? 今の話しに入ってないけど」


「あーそれ。もちろん玄にいちゃんにテストの山訊きに来てたの。なんかね、家はお兄さんたちがいると狭いからイヤなんだってさ~」


「……なるほど」


 葦人は自分が父を差し置いて、なんだか父親みたいなことをしていたなと、気を回し過ぎた自分にらしくないと反省していた。撫子はまだ小学生なのだ。これから高校生になる兄の同級生より、きっと小学校で撫子はともだちがいっぱいいるだろう。


「さて、そろそろ出かけるよ。どうやら日辻(ひつじ)(あん)で夕飯食えるみたいだから」


「うん。葦人兄ちゃんいってらっしゃい」


 そして、葦人は成鳥の会合で案の定、政治家たちの集まりのあるホテルで従業員をやることになったらしい。休暇は終わり、裏の仕事をこなしたらそのまま、大学の新学期に突入だ。玄弥と撫子も、進学と進級の準備で春休みは過ぎて行った。


 ***


「ねっ、見た?」


「見た見た! すごい……イケメン」


 廊下をすれ違っただけの女子が2人、玄弥の方をチラチラ見ながら興奮している。玄弥本人と、一緒に来ていた秋金と桃香も、またか、と少しうんざりしていた。

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