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09.憧れと夢とその先は(4)


「だから、あえて外れ者の俺が調べようと思ったんだ。……最近神子(みこ)が生まれにくくなったり、情報化やらネット社会になって地位の高い連中に軽視されてきているし。これからのことを考えるには歴史を知らなきゃ、って思った」


 炎樹(えんじゅ)は聞き上手なのだろう。今まで家族や大人にも言ったことがなかった理由を玄弥(げんや)は、炎樹に語っていた。紅葉(もみじ)も何か考えがあるんだろう程度で流していたが、玄弥がルーツを求めて真剣に学んでいたので、自分よりずいぶん先を見ていることに驚いていた。


「玄弥。お前、学者とか向いてそうだな。とことんまで調べて理解しようとしてるだろ」


「そうね……今日も集落のこと書かれた本は見つからなかったけど、なんだかおもしろがって読んでた本借りて来たでしょ」


「ああこれ? 関西の方のお寺と集落の関係の本。渡辺(わたなべ)(つな)のいわれのある所らしくてね、良く調べられてるし、物語も入ってるんだ。面白そうだから最後まで読もうと思って」


 バスはいつの間にか街並みを抜けて、大きな河を渡る橋の上を走っていた。西日が川面をきらめかせ、車内はオレンジがかった黄色の光が差し込む。外気を取り入れる窓からの風が、楽しそうに笑う3人の髪を吹き抜ける。ごとん、ごとんと床版(しょうばん)の継ぎ目をタイヤが乗り越える音を聞きながら、紅葉がふと思い出したように言った。


「あのさ、玄弥。考えてみたら、そういう資料なら外神殿にあるんじゃないかな。長老会通すと日辻(ひつじ)のじいさんが何か言いそうだから、私から言ってみようか?」


 にっといたずらを思いついたような顔で、紅葉が笑う。


「おいおい紅葉。外神殿はなかなか敷居が高いだろ? 安請け合いはすんなよ」


 炎樹が心配して紅葉にくぎを刺そうとする。普通の集落の人間なら、外神殿に入るのは大変だからだ。


「大丈夫。玄弥は入れるよ。長老会が文句言うなら、門馬(もんま)旅館の文箱に入れてあげる。多分、……そんなことしなくていいと思うし」


 そういう紅葉に呆れる炎樹。もちろん玄弥が神子なのは明かせないのだが、確かに玄弥は心配していなかった。


「ん。じゃあ期待し過ぎないで待ってる」


 そう玄弥は答えた。そんな玄弥に炎樹が言う。


「玄弥は俺たちみたいに県立に行くより、私立の高校行ったほうがいいかもな。そういうの詳しい学校とかありそう」


 それを聞き玄弥は悩む。高校まではまだ、修練がある。あまり遠くまで通うとなると、色々と悩むことは増える。


「いや、……別にそこまで高校でしなくていいかな。集落のことは他で話せないことだし」


「もったいねぇ。やりたいことがあるなら甘えろよ~」


 炎樹が心底残念がって言う。炎樹はその辺、我慢しない方なのだ。玄弥は幼い頃から当たり前のように我慢して来てしまった。だから未だに、自分をあまり評価できていない。それこそ考え方の違いだと、玄弥は苦笑するにとどめた。


 バスは集落へ向かう山へと上りだす。もうすぐ滞留所のバス停だろう。玄弥が自分について初めて人に語った日。当たり前の夏の日は、なんとなく忘れない日になりそうだった。


 ***


 翌日、玄弥は借りて帰った本を自宅で読み進めていた。


「おいおい余裕だなぁ。受験生がなにのん気にしてんだよ~」


 勉強のためと称して玄弥の部屋に上がり込んでいた秋金(あきかね)が、受験に関係ない本を読んでいる玄弥に言う。ついでに言うと桃香(ももか)銀河(ぎんが)までが上がり込んでいる。


「気分転換だよ。ずっと同じことしてても頭に入らないだろ? それより……ここに来てやる意味ってあるの?」


「な~によ。合格安全圏内だからって玄弥は余裕かもしれないけど、私ら必死なんだからね~」


「そうそう。この山奥集落から行ける高校は限られてるんだから、なんとか高卒だけはかなえたいわけで」


 桃香と秋金がぶうぶう文句を言っているが、ただ単に期末考査の見直しに玄弥のノートを写しに来ているだけなので、それが勉強なのかというと、玄弥には疑問だ。


「ま。単に涼みに来ただけともいう~。うちエアコンあっても親父や兄貴たちで暑苦しい」


 銀河がまたどうしようもないことを言い出す。猿渡(さるわたり)家は建設業が家業だけあって、家族はみんな体格が良いからいるだけでかなり暑苦しい。しかも銀河の兄弟は男ばかりだし、銀河に似てフレンドリーで押しが強いから、家にいるだけで気温が高くなる気がする。


「あとね~。ここに来たら撫子(なでしこ)ちゃんという癒しがいるのよ~」


「桃香お姉ちゃんお勉強終わったの?」


「う~ん……もうちょっと待ってね~」


 下に兄弟のいない桃香は、ここで小2の撫子と遊ぶのが楽しくてたまらないのだ。未だに桃香は密かに玄弥狙いなので、「将を射んと欲すればまず馬を射よ」とばかりに撫子に取り入っている。そのために少しは勉強しようとしているらしい。


「撫子が餌になってるのか……。なんかイヤだな」


 玄弥がぼそっと言うと、桃香が焦って書きとるスピードを上げる。ちょっとやばい雰囲気から早く逃れようと頑張りだした。


「お! すげ。桃香が燃えてるぜ」


 実家の建設業に関わる気満々で工業高校狙いの銀河は、受験勉強も他人事のようであまり準備もする気がないらしい。桃香の必死な様子を面白そうに眺めている。そうしているうちに、1学期分のノートの写しが終わったようだ。


「終わった~! 撫子ちゃんゲームで遊ぼう!」


 桃香が撫子を遊びに誘う。


「桃香お姉ちゃん。……銀河兄ちゃんも一緒がいい~」


「え? 俺も?」


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