09.憧れと夢とその先は(1)
少子化問題は夢先杜地区にも他人事ではなくなっていた。
「今年も俺ら小1と小2の面倒見るのか……」
「銀河、「面倒だ」って顔に出てる」
「だって玄弥。俺たちやっと初心者の視線から逃れられると思ったのに」
「そんなこと言って、褒められて喜んでんの銀河じゃん」
玄弥たちが中学3年生になった年、小学校低学年の調査員候補は各学年5人を切った。玄弥たちの学年は特に少なくて修練に残ったのが2人だったが、それ以降の学年も年々修練に残れるのは一桁。同学年になる子どもが10人に満たず、さらに修練に向かない子どもが脱落して、どんどん少なくなっていた。夢先の杜存続の危機である。
これまで小学校1・2年生と中学1・2年生、というように幼鳥と若鳥の下から2学年ずつ組み合わせ、体術の修練が組まれていた。だが人数が減って指導の効率が悪くなるため、その年から小学校1~3年生と中学1~3年生、と3学年ずつで一緒に修練することになったのだ。
「先輩たちはまだいいですよ。俺たちやっとグループで最年長になる年だったのに」
小学生が集まる様子を見ながら愚痴を言ってきたのは、戌井家分家の中学2年生、乾 麦秋だ。この集落ではよくある茶髪に茶の瞳、骨太の男らしい体形にくりっとした優しい目の顔が乗っている、そのギャップで日辻のおねえさんたちに可愛いと言われていた。飛びぬけて運動神経が良い銀河ではなく、地道に練習を重ねる玄弥を目標にすると言って憚らない。ちなみに中学の部活は銀河の後輩、DIY部だ。木工細工師の親を見て育った彼は、とても手先が器用なのだ。
「これから少しは後輩にいい所見せられそうだったんだけどなぁ」
そうぼやく麦秋に裏でつけられたあだ名は「玄弥の犬」。彼らの学年は男子3人と女子3人で、この修練グループは男子だけだが、女子には玄弥が嫌う犬塚 夏生がいて、彼女が玄弥に近づけない鬱憤晴らしに麦秋のあだ名を付けたとは、女子たちだけしか知らない。
「ばく~。また玄弥先輩に懐いてるしー」
「そうそう。だから~玄弥先輩の犬とか陰口言われるんだ~ぞっ」
あと2人の中2、牛山 桂伍と深山 雪彦が麦秋をからかう。彼らは丑山家と辰巳家の分家の子で、麦秋に比べると修練の熱意が低く、平均的な能力と成鳥の大人から言われている。銀河と玄弥の異常に付いていく麦秋が優秀なだけなので、この2人程度できれば及第点なのだ。その部分、彼らは早々にあきらめがついている。
「全員整列! 今日から小学校1年生が修練に参加する。今年の男子は4人だ」
成鳥の指導員が若鳥と幼鳥に声をかける。成鳥の指導員の中には玄弥の初任務で一緒だった時雨もいた。今回は小1最初の指導日なので、成鳥の守長、羽鳥 潮が様子を見に来て道場の隅にいる。
指導員たちの脇に玄弥たち先輩が並び、向かいに新しい1年生が並んだ。
「「「「よろしくお願いします!」」」」
小学1年生が4人声をそろえて挨拶をした。玄弥はその中に眞白のひ孫、辰巳 冬司がいると気付いた。先代夫人の洋子が神子の夢の相談に来たが、やはり冬司の覚醒はなかったのだと玄弥は思った。小1の子ども達は、それぞれの名前を言って挨拶し修練が始まる。
「では小1と小2は受け身の練習から。小3と中学生は組手に入るが、まずはお手本だな。……時雨と……玄弥、対戦しろ。一本までだ」
玄弥はいきなり時雨と模擬戦を指示された。銀河はチートすぎて後輩の見本にならないからだろう。
「玄弥。どんだけ強くなったか見てやるよ」
「胸を借ります。時雨さん」
板の間の修練場中心に2人を残し、他は周囲を囲むように立つ。受け身練習で集まっていた低学年も、模擬戦の緊張感が伝わったのか、手を止めて様子を見守る。
「はじめ!」
声がかかり、先に動いたのは玄弥。胸を借りると言ったのだ、積極的に攻める。全身をばねにしたかのようにしなやかに跳ね、飛び蹴りを放つ。これは防がれる前提。時雨が蹴りを両腕で受け止め弾き飛ばす。それを利用して玄弥は後ろへ飛び退る。じっとしばらく相手の出方を見合ってにらみ合うと、今度は時雨が仕掛ける。正拳が玄弥に向かう。玄弥は右掌で時雨の腕をそらし、空いた左で時雨のボディに攻撃を仕掛ける。
2人の攻防は恐ろしく高速でされ、剣呑な舞いを見ているようだ。周りを囲んだ小3と中学生たちは興奮して、贔屓する方へ声を上げて応援する。
「玄弥! いいぞそこだ!」
「時雨さん。玄弥負かせたれ!」
「いけいけ~! どっちもすげぇ!」
道場の隅の方で見ている小1小2の子どもに交じって、冬司も対戦を見ていた。
「……す……ごい。……きれい」
冬司は小声でつぶやく。皆が2人の強さや激しい対戦に夢中になる中、冬司は2人の、特に玄弥のしなやかな動きと、激しい対戦の中鋭く相手を見る目に、美的感受性を刺激されまくっていた。冬司は、神子にならなかった息子への掌返しや、弟にも期待してダメだった後の、両親の投げやりな生活の様子がいやで、「醜悪なもの」を嫌い「美しいもの」に心惹かれるようになっていた。
いいな、あの人みたいになりたい。冬司の中に少しずつ欲張りな気持ちが頭をもたげた。あれ以上になろうと思わない。だけど一番近くで、彼の瞳に映りたい。彼の技術も能力も笑顔も心も全部全部自分が。……そうだ、彼に好かれたい。
冬司が他人に執着を示した、初めてだった。愛情を受けていたと思った両親は、あっという間に自分を目に映さなくなった。なら自分を認めてくれる人を自分で作ればいい。とびっきり見目好くて、動作所作もきれいで。そう、心もきれいだったらもっといい。
「門馬 玄弥さんか……すごいね、成鳥とあそこまでできるなんて」
冬司の近くで見ていた小1の、寅松家分家の戸来 牧登が興奮の冷めない状態で言う。
「うん、そうだね……」
冬司は上の空の状態で答えていたが、牧登も浮ついているので気付かれない。
「僕らもできるようになるのかな?」
「え? ……あそこまで極めるのは普通無理」
冬司はうっかり正直な実感を言ってしまった。幼稚園時代から知っている牧登は、特にすごい子じゃないと知っている。ただ、普段冬司は言わないでいられる子だったのが、ぼんやりして口に出ていた。
「冬司くん、夢がないね~。いいじゃん、なりたいぐらい言ってもさ~」
「あ……ごめん。僕もびっくりしすぎて変だったみたい」
「そうだね……あれはすごかったから」
あと2人の小1は、冬司とあまり仲良くないし2人で固まって話していたので、冬司と牧登は無視して小2の先輩たちと、対戦の終わった時雨と玄弥を囲む先輩方の方へと寄って行き、彼らの話しを聞いた。