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00.隠れ里の異質な子(3)

 ***


 夢先杜(ゆめさきもり)地区(ちく)の隣、夢先村(ゆめさきむら)の小さな病院で、門馬家(もんまけ)当主の長男、門馬(もんま) 時人(ときと)の妻弥生(やよい)が未明に産気づき入院したのは、10月2日のこと。


 ほぼ本館の仕事を時人に任せ当主夫婦の門馬(もんま) 充人(あつひと)桜子(さくらこ)夫妻は、この村にある別館の仕事をしながら弥生の体調をいたわりつつ、2人目の孫の誕生を期待しながら待っていた。なぜならその年、長男の葦人(あしと)が5歳になったが、神子になった時に見る夢を一向に見ないからだ。


 夢先(ゆめさき)神社(じんじゃ)神子(みこ)になるのは、主に5歳になって夢先神社を見下ろす夢を見た子どもだ。夢先(ゆめさき)の杜(のもり)十二家(じゅうにけ)の本家の1つである門馬家では、今の当主の先代に隣の辰巳(たつみ)()へ嫁いだ眞白(ましろ)が、神子として出たっきり次の神子が生まれなかった。葦人はストレートの茶髪に薄茶の瞳、目鼻立ちも門馬の血筋らしく整っていたので、祖父母としては期待していたのだ。それが覚醒はなさそうだとなれば、次の子どもへの期待があがるというものだった。


 12年前に集落の西にできてから、外から移住する住民も増えたこの村はほぼ、夢先神社の神子に不思議なスキルが宿っていることや、集落が国などから様々な調査依頼を受けていることを知る人がいなくなった。この病院の医師や看護師は外部からの移住者だし、助産師が1人夢先杜地区の出身というだけだ。だから入院に付き添ってきた当主夫婦に気を遣う関係者はおらず、充人と桜子は朝まだ早い待合で静かに待っていた。


「まだ生まれていないのか」


 充人と桜子に声をかけたのは、待合へ入ってきた門馬(もんま) 陽一(よういち)。引退して普段は集落の本館にいる充人の父だ。


「兄さん。子どもを産むのは大変な重労働なのよ。簡単そうに言わないで」


 続いて入ってきた眞白が、10歳離れた兄をたしなめた。


「父さん。時人が来るのかと思ったら。ひ孫見たさに来たのか」


 生まれてくる子の父親を差し置いてと言わんばかりに、充人が呆れて言う。そして桜子は眞白へ話しかけた。


「眞白様。お越しいただけるとは思いませんでした。わざわざこっちの村まで」


「いいのよ。うちはもう孫も大きくなっちゃって、赤ちゃん見たさに落ち着かない兄の付き添い。それにもう様はやめてね。引退して長老会に顔出すだけのばあさんよ」


 苦笑して眞白は桜子に言う。神子を引退してもう2年になるのだ。孫も15歳を過ぎ、宇佐美家(うさみけ)の娘と両家の話し合いで仮の婚約が調ったばかり。それに神子の誕生が減っている現状は眞白も気になっていて、自分以降神子が出ていない門馬家の様子も気になったのだ。


 空も白み夜が明けてきたころ、廊下から待合まで産声が響いてきた。


「ああ、やっとか」


 充人がほっとして言うと、そこにいた全員が笑顔になった。そして、生まれた子どもと産婦の弥生の身支度が整えられた頃、彼らはわが子を抱いた弥生のもとへ集まった。が、産後疲れなのか弥生の顔色は悪い。


「門馬さんのご家族ですね。元気な男の子ですよ。それから弥生さんの体調も、とても良好です」


 看護師はそう言って病室に彼らを通し、外に出て行った。


「弥生ちゃん。どうしたの?」


 姑の桜子が弥生を労わるように話しかける。


「……どうして。私、なにも……悪いことはしてないのに……」


 放心いたようにつぶやく弥生の目から、ほろりと涙がこぼれ落ちる。


「いったいどうした?」


 充人が弥生の隣で放心したようになった桜子の隣に寄り、弥生の抱く赤子を見た。


「なっ……これは……」


 弥生の抱いた赤子の髪と瞳は、真っ黒だった。


「あり得ん。十二家の色味じゃない! まさか、弥生は……」


 その場の最年長者、陽一が弥生を疑う。それを制止したのは眞白だ。


「兄さん落ち着いて! よく見て、顔立ちは兄さんや時人さんにそっくりじゃないの。くせ毛の巻き方なんか、若い頃の兄さんみたいよ」


 産んだ弥生の髪は、今は本館で父親の時人といる上の子葦人と同じ、茶色の直毛だ。この赤子のくせ毛は門馬の家によく出る髪質で、十二家でも他は門馬家からの婚姻がない家ではあまり見ない。眞白はそのことを陽一に思い出させた。


「充人さんも桜子さんも。弥生さんはちゃんと時人さんの子を産んでくれたのよ。元気に生まれたことを喜びましょう」


 そして眞白は赤子の小さな手を広げるようになでる。その指が反射で赤子に握られた時、眞白は本能的に感じた。ああこれが、待っていた変化だ。この夢先の杜に次の時代が来る。


 ***


 夢先の杜十二家には珍しい、ただ普通の日本人という種族には当たり前。くせのある墨を溶かしたような黒髪に、同色の黒い瞳の門馬家の次男は、玄弥(げんや)と名付けられた。

 

「神子の期待はできない普通の子」と、色味の薄かった兄葦人と違って大きな期待はされず、それでもありきたりな家と同程度に世話を焼かれて、それなりに幼少期は過ぎて行った。


 5歳上の兄葦人は、小さい弟ができて嬉しくてよく遊んでやっていたから、玄弥はよく懐いた。また、時々顔を出す曽祖父の妹の眞白は、葦人も玄弥も分け隔てなく接してくれる人と、兄弟は慕った。だが、周囲は玄弥の見た目で「異質な者」と見る大人が多く、兄弟は敏感に肌で感じていた。その異質な者への分け隔ては大人たちは無意識にしていることで、両親にもそれは現れていたと、後に玄弥は思い返した。


 そして最初に不貞を疑われた反動か、玄弥の母弥生は村の別館に住んで働き、本館へ理由をつけて戻らなくなっていった。本館の従業員たちは玄弥を普通に子どもとしてかわいがっていたから、余計に玄弥と母の関係は改善しなかったのかもしれない。玄弥の幼少期はそうやって過ぎて行った。

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