07.神子の期待とハズレの子(4)
玄弥は少しだけ表情を和らげて言った。
「では。言える範囲でお伝えしましょう。全てお教えするのは神子以外無理なので、ご理解ください」
「……ありがとうございます!」
そして玄弥は、「十六夜の夢」のことは言わず「十五夜の覚醒の夢」について語った。覚醒したら必ず満月の夜に夢を見るので、その後何日確認したとて無意味ということ。覚醒前の子どもでも神子がその子を見れば、何となく分かること。覚醒を「長老会」に報告するのは、ただ外神殿に入ることを申告するためということ。
「今言えることはこれぐらいです」
「本当に、ありがとうございます。玄弥様」
「あの。……普通に呼んでください。君でもさんでも呼び捨てでも。様はなしで」
洋子が神子扱いしているとまた、長老会からの余計な干渉があるだろう。そう思って玄弥は洋子に頼む。
「ええ……そうですね。他の方がいらっしゃる時はそうしましょう」
洋子は微笑むと玄弥の気持ちを汲んでそう答えた。集落での立場は、ただの密偵の修練生と玄弥は考えている。
「では……私はこれで失礼します」
なんとなく居心地悪く感じた玄弥は、立ち去ることにした。洋子は立ち上がって見送る。そこに、公園の外側で人が近づくのを警戒していた早苗が近寄る。
「玄弥君は本当に神子の夢の件、知っていたのですか?」
「ええもちろん。眞白様が、なぜ辰巳の一族から苦情が出ても彼の世話を焼いたのか、それも分かりました」
その返答の意味を考え頷くと、早苗も洋子の言葉を信じることにした。
「洋子様。車を待たせてあります」
早苗は洋子を促し、洋子は頷く。そして辰巳家の車に乗ると集落へと戻って行った。
***
洋子が神子覚醒の夢は満月の夜以外見ないことを重昭と楓に伝え、冬司を責めるのを止めさせると、彼らの対応はがらりと変わった。
冬司と真澄の扱いが急に真逆になった。つまり期待外れだった冬司を放置し、まだ望みのある真澄への執着に切り替えたのだ。哀れなのは子どもな大人夫婦に振り回される、子ども2人。
「さあ真澄、春からの幼稚園のお道具買いに行きましょ」
やたらにこにこと機嫌が良い楓が真澄の背を玄関の方へ押して歩く。
「え……っと、でも……」
真澄はいきなり先週から自分に構うようになった母親に、まだ慣れない。それにこの間までべったりくっついていた兄を見もしない母の様子が、怖く感じてなんだか落ち着かないのだ。
「大丈夫よ~冬司のことは早苗さんがいるから」
「そうだよ、今はお買い物に行くんだ。幼稚園でしばらく使う大事なものだからね、好きなものを選ばなきゃ」
車を表に回してきた父重昭も、これが当たり前という様子で言い、靴を履いたばかりの真澄を抱き上げる。そして、3人は出かけて行った。
廊下の影から玄関をそっとうかがっていた冬司は、緊張が解けてため息をついた。いきなり先週から両親が自分になにも言わなくなった。うるさいぐらいだったのに、今は挨拶程度に返事はあれど、今のように真澄を構っている時に話しかけると、かなり不機嫌な返事をされたり、聞こえなかったように見える。
多分先ほど見つかっていたら、見送りに出た自分が「連れて行ってもらいたがった」と思ってまた、両親は不機嫌になっただろう。何となく、そう思っていた。
「冬司さん。洋子様がお呼びです。参りましょう」
早苗が現れ、冬司の手を引いて洋子の部屋へと連れて行く。これまで早苗が手を引いて行ったのは真澄だった。2人は2階の廊下の突き当りの戸の前へ行き、早苗が中へ声をかけ戸を開くと、日当たりのよい部屋が現れた。
「冬司。こちらへいらっしゃい。おばあちゃんとご本を読みましょう」
洋子は穏やかな笑顔で冬司をソファーの自分の隣りへ呼んだ。今まで寂しそうな傷ついた顔をしていた冬司が、ほっとしたような笑顔になった。
「ごめんね冬司。お父さんとお母さんのことはおばあちゃんが悪いのよ。冬司は何も悪くないの」
ソファーに座ると急に祖母が謝るので、びっくりして冬司は洋子を見上げる。
「周りをよく見て考えるの、冬司。あなたには考える力があるから。いろんな人が裏で悪口を言ったり、あなたにひどいことを言ってくるかもしれないけど、ちゃんとあなたの良さを見ている人がいる。早苗さんも私も冬司が悪くないって知ってるの」
「僕……悪くないの?」
「そうよ。神子の力があるかどうかなんて、人が決めるものじゃないんだから。冬司のお父さんとお母さんが期待しただけ。違ったからって冬司のせいじゃないのよ」
冬司は混乱していた。今まで自分が信じていた両親のことを祖母は、悪いと言っているようなのだ。
「じゃあ……お父さんとお母さん……が悪いの?」
「いいえ……悪い人はいないのよ。だから困るのだけどね~」
重昭と楓は勝手に期待して、違ったからどこかに責任を押し付けたい。親である大人が子供じみた感覚で実の子に当たっているなど、まだ幼い冬司には分からない。戸惑っている冬司の頭をなで、洋子は続ける。
「あなたももう少し大きくなって、いろんな人と話しをしたり、お勉強をすると分かってきますよ。それまでは、おばあちゃんと早苗さんがいるからね。お母さんは多分……真澄が5歳をすぎないと夢から覚めない。だから、お父さんお母さんをしばらく待ってあげてね」
こうして両親が真澄にかかり切りの2年間、冬司が幼稚園へ行って家に帰ると、祖母と早苗といるようになった。
そして案の定、真澄も神子に覚醒することはなかった。そこは洋子と早苗は想定内だった。
想定外だったのは、楓が洋子の思った以上に「お子様」だったこと。重昭と大喧嘩、というか「当たり散らし」をやらかした。
「あなた言ったわよね? 冬司も真澄も神子になる色味だから大丈夫って。全然大丈夫じゃなかったじゃない!」
「おちつけよ楓。神子にならない方が多いんだからさ~」
「なによ! あなたは仕事で作業に出るからいいわよね。私は7年も子どもにかかり切り。私の20代を返してよ!」
楓は結局「神子の母」というステータスが欲しかったのだ。ある程度子ども好きだったから今まで耐えていたが、我が儘に育った楓の限界が来た。そして重昭は昔から楓をずっと甘やかしてきて、面倒な子どもよりは妻を好んでいたので、言われるままなだめてしまう。
この春冬司は小学校に入学していたが、夫婦はその支度を洋子に任せきりだった。入学式も顔を出しただけで、幼稚園に入った時ほどの熱意はなかった。そして、冬司が玄弥に出会って自分の隠れた一面を知り、変化が訪れていたことも、何も知らない親になっていた。
冬司はというと、真澄も神子の覚醒がなかったことに別段思うところはなかった。そして、真澄も母に放置されることを予想していた。5歳まで甘やかされて育った冬司だったが、洋子の元で我が儘の出し方と我慢の仕方を教えられたからか、眞白のひ孫らしい賢さが育ってきていた。そして、両親の行いを醜いと感じると、洋子と世話を焼いてくれる早苗に全幅の信頼を寄せるようになって行った。
辰巳本家の当主夫婦が裏で一門から侮られた状態から、本家の信頼を取り戻す。これが辰巳 冬司の人生の挑戦の始まりだった。後に目標は変わって行くが、彼のきっかけであることに変わりはなかった。
まだ続きます。続きも読んでくださるとうれしいです。
玄弥の成長が主軸なので、結末も決まってて脱線はあまりできませんが、「こんなエピソード読みたい(アップ済以降の部分)」みたいなご意見いただけたら踊って喜びまする(謎)。
遅筆、下手の横好きゆえ実現するかは保障できません。平にご容赦を。