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07.神子の期待とハズレの子(3)


 門馬(もんま)の先代夫婦や時人(ときと)達両親が玄弥(げんや)を放置するため、眞白(ましろ)がいつも葦人(あしと)と玄弥の兄弟を気にかけていた。そのせいで辰巳(たつみ)の分家筋などから、眞白はもっと辰巳の子ども達に目を向けてと苦情をもらうことがあった。


「だから、辰巳の一族にはバレないように玄弥君と話しをしてね。嫌がられるかもしれないけど、子どものことだから大目に見てあげて」


先見(さきみ)様」から聞いた少し先の玄弥の様子を想いながら、眞白は洋子(ひろこ)にそう伝えた。


 そして眞白の葬儀の席で、辰巳の一族が玄弥へ向ける悪感情を目の当たりにし、洋子は眞白の言った言葉を信じた。おそらく、重昭(しげあき)(かえで)がトラブルを起こすだろう。そして、どうあがいても自分の孫は神子(みこ)にならないだろうと。


 ***


 冬司(とうじ)5歳の直近の満月は1月。その後、冬司が覚醒の夢を見た様子はなかった。


「冬司~ぐっすり寝たの? 何か夢を見なかった?」


 楓の確認が毎朝しつこく冬司にあった。


「知らないよ~。夢なんて覚えてないもん」


 うるさそうに母へ文句を言う冬司。毎朝何度も訊かれるから、だんだん鬱陶しくなっている。それにつられて楓の口調が強くなる。


「ちょっと冬司! ちゃんと思い出して!」


 廊下を歩く冬司に追いすがるように楓が言い募る。そして引き留めるように腕を引くが、強く引きすぎたようで冬司はよろけた。


「いやだ!」


 母が怖い。冬司は思った。反射的に母の手を振り払い、勢いで転ぶ。


「う……うわ~ん! イタイ~」


 まだまだ5歳は幼い。転んで痛ければ泣く。だがそれも楓にとってはうるさいだけ。


「泣きたいのはこっちよ! もう知らない!」


 とうとうかんしゃくを起こした楓は冬司を放置して行ってしまった。


 その一部始終、廊下の角で早苗(さなえ)は見ていた。楓は親とは言えない。まるで子どもが子どもを育てているようだ、と感じていた。そしてすぐ、洋子へ報告したのは言うまでもない。


「早苗さん。眞白様から言われたように、玄弥君に教えてもらった方が良さそうね。うまく会えそうな場所を見繕ってくれる?」


 報告を聞いた洋子は早苗に頼む。


「承知しました。すでに玄弥様の一週間の行動パターンは確認しております。すぐに良さそうな場所と時間を見繕います」


 仕事ができる使用人の早苗は、満月の日の後すぐ洋子から打診があったので、早々に下調べを済ませていた。そして、洋子が買い物で村に行く日程を組むと、2人は連れ立って本村へ出かけた。


 ***


 1年で一番寒い(かん)の時期。だが今日は天気が良く風も弱い。風よけになる壁のあるひだまりなら、外で人待ちをしてもしばらくいられる珍しくいい陽気。中学1年生の玄弥は村役場や学校が集まる村の中心街を1人歩いている。


 夢先村中学の制服は、昭和まで詰襟の古臭い学ランだったが、今は紺のブレザーと学年色のネクタイに変わって子ども達はホッとしていた。ちなみに玄弥達の学年はえんじ色で、3年間その色を使って卒業すると翌年の1学年に引き継がれる。


 どの中学生の制服も同じなのだが、玄弥が着ると制服の見栄えがなぜかアップすると女子はこっそり言っている。玄弥の顔つきはますます細面の時人に、というより戦時中を乗り切った曽祖父陽一(よういち)に似てきたと、集落のばあ様たちに言われる。修練で細マッチョに育った玄弥の雰囲気が、表仕事だけの時人より陽一の精悍さを想起させるからだろう。


 火曜日は図書委員の当番で、放課後集落の友人たちより帰宅が少し遅くなり、修練のない日だから比較的のんびりしていた。毎週この日は騒がしい友人と離れ、よく日の当たる公園外れのベンチで1人の時間を満喫すべく、本を読むのが習慣になっていた。


 今日は日差しがあり穏やかとはいえ真冬の外。玄弥は制服の上に地味なコートを羽織り、襟元にマフラー。手袋を嫌って手はポケットへ突っ込んで歩いて、公園の中へ入る。


 いつものベンチへ腰かけ、紺のスラックスに包まれた足を組み、肩掛けバックから小説を取り出し続きを読みだした時だ。


「お隣りよろしいかしら? ……お久しぶりね、玄弥くん」


 声をかける年配の女性。辰巳 洋子が微笑んでベンチの近くに立っていた。集落で見かける普段着よりも少しだけよそ行きの、ベージュのカシミアウールのロングコートを羽織り、細かい黒の千鳥格子のロングスカートを着た、上品な老人。


「ええ、どうぞ。洋子様」


 さっと立ち上がって挨拶した玄弥は、いざなうようにベンチの自分の隣りを手で示した。玄弥に会釈して洋子は腰かける。それを見届けると玄弥も座り直した。そして洋子が何か新しいことに自分を巻き込んだりしないよう、さっさと小説を開き話しかけにくくしていた。


「そんなに身構えなくてもいいんですよ。少し教えていただきたいだけなの」


「……中学生の私に何か答えられるとも思いませんが」


 年長者を相手にするため、玄弥もさすがに小説を閉じて敬語で相手をした。日差しがあるがさすがに1年で一番寒い時期なので、洋子は時間を惜しみ単刀直入に話しをすることにした。


「「夢先様に呼ばれる夢」について教えていただきたいの。眞白様があなたに訊ねるようにと言い残されていたので」


 中1でまだ「若鳥(わかどり)」の心理戦用の修練が始まったばかりの玄弥は、若干驚きが目に出てしまった。


「神子ではない私になぜそれを訊ねるんでしょうか。外神殿の神子は宇佐美(うさみ)様の血縁にもいらっしゃるでしょう?」


「玄弥君は私がなぜ訊きに来たのか分かるのね。……そう、確かに私の孫にはもう一方の親族がいるけれど、あちらの神子様はあまりご実家の集まりにお越しにならないし、実はあまり待てる状況じゃないの」


 洋子は玄弥の方へ少し体を向けて座り直した。


「眞白様の葬儀の時、辰巳の親族たちが暴言を吐いたり非常に失礼でした。本当に申し訳なかった。私は……主人や息子の手前、周囲に人がいる場所で謝罪もできず……言い訳にしかなりませんが、ずっと放置してしまってごめんなさい。今さら私が謝罪したとて玄弥様を傷つけたことはなくなりませんが、恥を忍んでお願いに参りました。……私の愚息とその愚妻に孫をこれ以上責めさせるわけには参りません。正しい知識をこの愚かな老婆にお教えください」


 中1の子ども相手に、十二家前当主の奥方がそこまでへりくだるのは異常だ。玄弥は目を見開き、自分に頭を下げる大人を呆然と見た。


「そんな……どうして自分になんか頭を下げるんです? ただの中学生に」


「いえ……玄弥様は神子様です! 長老会がなんと言おうと夢先様がお認めなのでしょう? 眞白様……私のお姑様が言うことなら私は信じます」


 洋子はきっぱりと言った。眞白おばあさんの作ってくれた味方がここにもいた。ただまだ玄弥の心の中は複雑だった。あの葬儀のトラブルから6年も経って何を言うのか。そう思う気持ちがあるが、自分の中でそれはかなり風化していて、言われるまで思い出さない程度に落ち着いていた。傷ついていないと言ったら嘘だが、今さら蒸し返してどうして欲しいという気持ちもない。

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