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07.神子の期待とハズレの子(2)


真澄(ますみ)、おいでよ。一緒にケーキ食べようよ」


 幼稚園の小さい子を相手にする感じで、冬司(とうじ)は真澄に話しかけ、手を引いて自分の隣の席に座らせようとした。だが、真澄はその手を振り払う。


「真澄! どうしたんだ急に」


 父重昭(しげあき)が、真澄の態度に強い口調で言う。真澄にとって別に「急」なことではない。たまたま今日爆発しただけだ。口でうまく言えない、その子なりの感情の発露。祖母洋子(ひろこ)が真澄をそっと抱いて冬司から離す。


「……いきなり引っ張っちゃってごめんね」


 気丈にも冬司は笑顔で真澄に謝る。だがまだ5歳の幼稚園児、動揺しているのが周囲にバレバレだ。


「さ……さあ、みんな座りましょう。今日は冬司の誕生日だから」


 気を取り直すように、意識して明るく(かえで)が言い、誕生日のお祝いが始まった。ケーキを食べ先ほどの真澄の反抗に驚いたのを隠すように、明るく笑う冬司がいた。


 その様子を見ながら洋子は、自分の姑だった眞白(ましろ)の言葉を思い出していた。彼女の予想していた通り、自分の息子とその嫁がトラブルを作っている。


 ***


 亡くなる半年ほど前から時折、眞白は体調を崩すようになっていた。1月の小正月を過ぎたころだったか、眞白が熱を出して床に伏せっていた時のこと。眞白は春昭(はるあき)の嫁である洋子を枕元に呼んだ。


「来年、重昭が大学を卒業するとすぐ楓さんと結婚すると聞いたけど、本気なの?」


「はい。重昭に家業を守る責任を感じてほしいと春昭さんが言うので」


 それを聞き、眞白は目をつぶる。しばし迷った様子だったが、寝床で座り直し目を開くと、洋子を正面から見て話し始めた。


「私はね、洋子さん。春昭を今の時代に見合った人に育て上げられなかった。……神子(みこ)の仕事に気を取られて母親として失敗だったわ」


「そんな! お義母様がおっしゃるようなことは誰も思っておりません」


「いえ。これは本当のことよ。夢先の杜十二家の一当主にしては、あまりにも世間知らず。稲作のことは立派だけど、集落や村の外で何がどう動いているか気にも留めてない。国内だけじゃなく海外からも今後は影響が増えるのにね」


 腹を見透かしたような眞白の物言いに、洋子は普段思っていることがバレたような気まずさを感じた。


「私はね、洋子さん。……これから先はあなたが、この家を陰から舵取りするのを期待してるの」


「私が、ですか? 多分……春昭さんも重昭も私の話なんて聞きません」


 すると眞白は少し笑い、話を続けた。


「そう。向こうが聞かないんだから、こちらで手を回せばいいの。表に出ないことだけ先に手を打ってね。そこは早苗(さなえ)さんを頼るといいわ」


 使用人の中でも確かに早苗は優秀だし、洋子と年も近いから相談しやすい。もともと洋子と早苗は密偵の修練も参加していて、日辻(ひつじ)のおねえさんたちほど活躍しないものの、目配りや根回しはできる。ありがたくアドバイス通りにしようと洋子は思った。


「それと、重昭と楓さんは多分、春昭よりも「箱入り」だと思うからね。あの2人が当主夫妻になったらきっと、周囲が困ることが増えそうなの。そうなったら、春昭にはあの子たちの味方にならないように、現実をちゃんと説明してあげてね」


「……かなり難しいお話ですが……私に務まるでしょうか」


「大丈夫よ。春昭は多分洋子さんの言うことなら聞きますよ。あなたが家をしっかり切り盛りしているの、それなりに分かってるから。……まあ、()()()()なところが残念だけど」


 苦笑しながら眞白が言う。そして、真顔になってもう一つ洋子に語る。


「私の神子としての勘だけれど。……たぶん重昭と楓さんの所には、「神子」を授からないと思うの。神子は育てられそうな家族の所に下りてくる。あの2人は残念だけど器じゃないの」


 眞白はきっぱりと言い切った。


「まあ……。それじゃ「婚姻(こんいん)()」をやると言っているけれど、無駄なんですね」


 洋子は呆れた様子で言った。それを眞白は首を横に振って言う。


「無駄ではないわ。辰巳(たつみ)家と宇佐美(うさみ)家が、神子を増やす努力をしたと他の十家に知らしめるにはね」


 政治的なデモンストレーションだと眞白は語る。そのため当主たちの意図と違うが、眞白は反対していない。


「洋子さん。だから多分……子どもが生まれても5歳で覚醒はないの。ただ、あの2人は納得しないでしょう? でも私が引退しているから(そと)神殿(しんでん)に伝手はない。それでも、神子の夢について詳しい話を知りたいと言い出すでしょうね」


 まるで見てきたかのように眞白が言う。神子の眞白だから、本当に見てきたのかもしれないと、洋子は感じた。


「その時は……玄弥(げんや)君を頼りなさい。あの子なら説明ができるから。私が言っていいとあなたに話したと言えば断らないわ。どうせ洋子さんのことだから、長老会に流れてるうわさは拾っているのでしょう?」


「うわさ……というか、根津(ねづ)様がお酒の席で言った不確かなお話だとしか……」


 洋子は春昭が他の本家とあまり付き合おうとしないので、集落の様々な集まりで交流するのが洋子の役目になっている。そこで聞きかじった程度の軽い話だ。黒髪黒目の門馬(もんま) 玄弥が神子に覚醒したと父親の時人(ときと)が申告してきたが、たぶん構われずに寂しかった子どもに嘘をつかれたのだと、根津 文親(ふみちか)はいつも酒に酔うと時人を貶すようなことを言う。言い始めた当初は信じて同調する者もいたが、今は「また言っている」程度に聞き流されている。


「洋子さん。大人は今までの経験を重く捉えると、つい新しいことを無視してしまうのだと思うの。確かに髪や瞳の色が薄い子が神子になりやすかったけど、それは前例がそうだっただけ。全ての事に絶対はない。……根津様は先の戦争の現場で苦労したお人だから、今までの経験が自信になっている人。きっと甘ったれた子どもがお嫌いなのね」


「ではやっぱり、玄弥君は……。眞白様が何とかできなかったんですか? 外神殿に……」


「それはできないの。「長老会」が一度決定したのを撤回したら、集落で信頼をなくしてしまうでしょ? それに、外神殿へ入れないのは夢先様のご意志だし。私が構うせいか、残念なことに辰巳家一族から彼は嫌われ者になってしまったわね」


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