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07.神子の期待とハズレの子(1)

 これは夢先(ゆめさき)(もり)十二家(じゅうにけ)に翻弄されるもう1人、辰巳(たつみ) 冬司(とうじ)の話。


 門馬(もんま) 玄弥(げんや)が4月で小2になる年のこと。


 辰巳 眞白(ましろ)の喪が明けた3月。辰巳家の長男重昭(しげあき)と、宇佐美(うさみ)家次女の(かえで)は結婚した。辰巳家と宇佐美家はともに集落の稲作を担う家で両家の仲は良い。お互い同級生でそこまで恋愛感情はなかったが、16歳で家同士が決めた婚約後それなりに仲良く年を重ね、重昭が大学を卒業すると同時に家業を継ぐので結婚した。


 すでに平成という時代に見合い結婚なんてと思う人は多いだろう。だが、「夢先の杜十二家」の本家筋では当たり前。集落の存続に関わる神子(みこ)の血筋の維持は、必要だと思われていたし、重昭と楓も古くからの集落の考えにどっぷり漬かっていた。ともに裏仕事の適性がなく表仕事のみで、本家の責任について価値観が刷り込まれた両人だ。


 お互い十二家本家の子どもというだけで、どちらかが神子ではない結婚だが、双方の家の思い入れが強く夢先神社で「婚姻(こんいん)()」を行った。近年は神子の誕生の少なさに危機感を持つ十二家本家が多い。辰巳家と宇佐美家もそれを考えての儀式だった。


 その年12月22日、辰巳家に男児が誕生した。辰巳 冬司。冬至の日に生まれたからという単純な理由で名付けられた。冬のひだまりのような琥珀色の髪と赤みの強い茶色の瞳を持つ冬司は、神子になりそうな見た目なので、周囲からとても期待されている。


 中でも重昭と楓の期待はかなり大きかった。辰巳本家の使用人たちも呆れるほど、冬司に良さそうなものは何でも買い与え、農閑期には近場だが旅行へも連れて行った。これだけ色味が明るい自分たちの子どもは、必ず神子になると信じている。


「チョコレートもいちごもどっちもほしい~!」


「え~? どっちも~? う~ん。……しょうがないわね、どっちも頼みましょ」


「若旦那様。若奥様。冬司坊ちゃまを甘やかしすぎですよ」


 辰巳家使用人の古株、重昭が子どもの頃から働いている分家の三輪(みわ) 早苗(さなえ)が、今日も簡単に冬司の我が儘を聞いてしまう夫婦に苦言を呈した。


 冬司は3歳になっている。来月から幼稚園へ入園するので、今日はその準備で必要なものを買うために、夫婦が冬司を連れ、早苗が付いて村側へ来ていた。2歳下の弟は祖父母が家で面倒を見ている。いつもはお兄ちゃんぶって良い子になる冬司も羽目を外して、道具の色やらキャラクターが付いたのやら、あれこれイヤイヤで我が儘が一通りあり、ある程度ではなく全部、このダメ親は子供の言いなりになっていた。


「だってこの子が小さいのは今のうちでしょ? かわいがって何が悪いの?」


 近年の「叱りつけるだけの教育は悪い」という意識だけ聞きかじった楓は、周囲のママ友の言う「甘えてくれる小さい時期は短い」発言を真に受けて、徹底的に甘やかしているようだ。


「早苗さん。おばあちゃんの「夕飯が入らなくなる」ってお小言なら問題ないよ。大丈夫」


 今も買い物帰りの一休みのために入ったお店でスイーツを欲しがり、大人サイズのケーキを選べない冬司に2つとも注文してしまったところだった。そのことに早苗が難色を示したので重昭が答えたのだ。


「そうそう。残しちゃったら私が食べてあげるし」


 そう言った後で、太ったと文句を言って周りにあたるのは楓のいつもの行動だ。それを知っている早苗はため息をついて言う。


「承知しました。……私はお止めしましたから、そこはご理解くださいね」


 案の定、冬司が数口で飽きたケーキは楓が食べることになり、家での夕飯も冬司が食べきれなくなったのは言うまでもない。そのことで夫婦は重昭の母洋子からお小言をいただくことになったし、楓は太ったと愚痴をまた早苗に言う。


 冬司の弟は1歳を過ぎてますます目が離せない時期。父母が冬司にやたら期待をするせいで、弟の真澄(ますみ)の世話は祖父母がすることが多い。この夕食で真澄の食べこぼしの世話を焼いているのも祖母の洋子(ひろこ)で、祖父の春昭(はるあき)が真澄の機嫌を取っていた。そして洋子は重昭と楓の様子を見てひそかにため息をついていた。


 それが冬司がかすかに覚えている、幼い頃の家の風景だった。


 ***


 2年ほど時は下り。


 10月25日は真澄の3歳の誕生日。真澄も冬司に似た髪色と瞳で、2年前の冬司にそっくりだ。ただいつも両親が冬司の世話を焼くため祖父母に懐いていて、今も祖母の脇からジトっと冬司の方を凝視している。


「真澄~。お誕生日おめでとう」


 2ヶ月ほど後5歳になる冬司は、何の屈託もない顔で真澄に言う。


「……」


 真澄は「兄」という少し大きな子どもを無言でまだ見つめていた。視線に居心地が悪く感じて冬司が視線を外し、助けを求めるように楓を見る。


「真澄はおとなしい子だからね。恥ずかしいのよ」


 なんでもないように楓は言うと、真澄の頭を軽くなで、冬司を離れた椅子に座らせる。冬司は何となく楓の態度に納得が行かず、楓と真澄の双方をチラチラと見ていた。彼らの様子を男どもはほとんど気にも留めていない。それを見て祖母の洋子はため息をついて言う。


「楓さん。今日の主役は真澄ですよ。今日ぐらいは真澄の面倒を見てあげない?」


「ええもちろん。今日は真澄を一番にしますよ~」


 そして楓は真澄の手を取りお誕生日席に座らせる。真澄は祖母の方を見てから、母へ向いてぎこちない笑顔になった。その様子に冬司が不思議そうな顔をして見ている。


 冬司は母が自分と遊ぶように、真澄と遊ぶかなど意識もしていない。扱いの違いを知っているのは大人たちだけ。だから真澄が、なんですぐに喜ばないのか冬司は不思議に思っている。その2人の子ども達の態度の違いに、胸を痛めているのは洋子だけだ。


 その日真澄のお誕生日会は、何事もなかったように行われた。


 そして12月の冬司のお誕生日。楓は相変わらず冬司に構ってばかりだ。だが冬司はその中で、視線をさまよわせる真澄を見ていた。真澄のお誕生日会から、なんとなく引っかかっているようだ。本人は何が気になるのかしっかり分かっていないが、何かがおかしいと感じている。


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