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06.回避してもトラブルはやってくる(2)


 お昼の休み時間、男子は外で遊ぶことが多い。だが玄弥(げんや)は最近、この時間図書室に行くことが増えていた。兄の葦人(あしと)は本を読むが実用的な参考書などが多く、家にある本はだんだん面白味がなくなっていたからだ。


 また、もう一つ理由がある。中学で運動部に引っ張り込まれるのは勘弁して欲しかったのだ。彼ら修練を受ける子ども達は、帰宅後も忙しい。部活動でしごかれる暇などないので、運動部に興味がないように見せたかった。本好きの玄弥は普通の小説なら1日で読了してしまう。だから図書室へ行くのが当たり前になれば、インドア派のアピールになると玄弥は考えた。そこで、学校の図書室で読みたい本を物色し、借りて帰るのが日課のようになっていた。


 今日も昼休みの図書室は、本好きな子ども達が10人ほど訪れ、思い思いに興味のある本を取り出して机に広げると、読みふけっていた。2~3人で固まり、雑誌を覗いて小声で話すのは4年生ぐらいの女子たちか。


 そんな図書室の中心から外れ、普段あまり借り手がいない厚手の本や、歴史ものが並ぶ隅の本棚前で、玄弥は次に読む本を物色し、手に取った本をパラパラとめくっていた。今日は黒のチノパンに、寒色系の襟のある薄手のシャツを初夏の陽気に肘まで袖をまくった姿。遠くから昼休みに騒ぐ児童の声が聞こえる中、明るい陽射しが窓に下がるブラインドで少し和らげられて差し込み、本と過ごすゆったりとした時間が流れる。玄弥にとって最近一番気に入っている時間だ。


「玄弥さ~ん。なにを読んでるんですかぁ?」


 玄弥の脇にびっちりくっつき、いきなり手元を覗き込む女子が現れた。玄弥は顔に出さないが、お気に入りの時間を邪魔され内心ひどくむかついた。


「次に読む本を探しているだけだ。それと……近すぎるから離れてくれないかな」


 玄弥はよそ行きの丁寧な口調で注意する。くっついてきた女子は集落の1年下の、犬塚(いぬづか) 夏生(なつき)戌井(いぬい)()の分家末端の家の長女なので、髪の色は黒。それを業界人に流行り始めたジャギーカットにして、ハーフ丈スパッツはご愛敬だが、まだまだ発展途上体形にミニスカートでこれでもかと女を主張しようとしている。顔もそれなりに整っているので集落ではかわいがられ、自信があるようだと玄弥は推測した。これまで時折玄弥をじっとうかがっている視線を感じていたが、なにを思ったか急になれなれしく寄ってきた。


「ええ~? いいじゃない。集落のみんな遠い親戚みたいなもんでしょ~」


 と言いながら、夏生は最近少し成長してきた胸をしっかり玄弥の腕に押し付ける。ここまでされると玄弥も相手の思惑がはっきりわかってうんざりする。初めての任務で変な女に手首をつかまれてから、玄弥は外見を好んで近づく女性たちが大嫌いだった。


「犬塚さん。けんか売ってるんじゃなきゃ離れて。むかつくから」


 玄弥は本当に気分が悪くなった。嫌で嫌でたまらない。夏生から不浄なものが漂ってきた気がして、玄弥はうっかり自分に溜まっている穢れを逆流させていた。


バチンッ!


「いたっ! なに今の」


 とっさに全開で放出させるのを止めた玄弥だったが、夏生にそれなりの衝撃があった。穢れを目視できない夏生は、勢いよくすっころんでなにがあったのか分からず言う。


「夏生~? 変な気起こすから罰が当たったんじゃないの~?」


 犬塚の本家に当たる戌井のお姫様、紅葉(もみじ)がにやりと笑いながら本棚の裏から顔を出して言った。その後ろからさっと現れたのは、桃香(ももか)だ。


「それってさ~、静電気じゃないの? 夏生、帯電してたりして……こすりすぎ?」


 クスクスっと笑い、桃香が夏生を煽る。ボッと夏生の顔が真っ赤に染まり、周囲にいる雑誌を見てしゃべっていた4年生の女子たちや、少し大人の話が分かる5~6年生が、笑いだす。


「まったくね~いつも図書室に来ないような犬塚さんが、な~にしてるんでしょうね~」


「そうそう。みんな~門馬(もんま)先輩のお邪魔をしないようにしてるってのに~」


「ほんと。抜け駆けなんて考えるからよ」


「自業自得」


 言いたい放題である。呆然としていた夏生が怒りだしてまた騒ぎになりそうだと気付いた桃香が、へたり込んでいた夏生の腕を取って立たせる。


「ほら、図書室で騒ぐと迷惑なんだから。出るよ」


 そして桃香は夏生を引っ張って図書室を出て行った。まだ騒ぎの余韻で周囲の子たちが話をやめない。その中、紅葉は玄弥に近寄る。


「大丈夫?」


「あ……ごめん。また胡桃(くるみ)様に宿題追加されるよ」


「やっぱり神力の暴走なの。やっかいね、(そと)神殿(しんでん)で毎日練習できないのは」


 玄弥は集落で、神子(みこ)ではない子とされている。外神殿の神子たちが玄弥を神子と認識していても、長老会が門馬家の申し出を信じなかったのだから、代表者が変わっても後から覆ることなどない。長老会の信用に関わるのだ。そのため胡桃の指導はこっそり旅館の離れに来てくれる週1回だけで、熟練するには時間が足りないようだ。


「いや、たぶんこれは俺の心の問題もあるから……」


 小1の時急に決まった初任務で玄弥が怖い目に遭ったのは、紅葉もぼかした内容で聞いている。任務に守秘義務があるから、なにをしたか関係のない人に言えない。旅館の従業員の女性たちは以前から慣れているので大丈夫だが、本村や集落で他所の女性たちが寄って来れば、初対面だと玄弥は小3ぐらいまでいつも冷や汗が止まらないでいた。体力が付き、修練で身体を掴まれても外す技が身に付いた頃やっと、玄弥はあまり身構えずに女性と話せるようになったのだ。


「このところ普通に学校の女子と話せてたんだけどな……」


 玄弥は心底がっかりしていた。今日借りて帰る本をカウンターで手続きすると、若干顔色が悪い玄弥はついてきた紅葉と図書室を後にする。歩きながら雑談を再開した紅葉が追い打ちをかける。


「だんだん高学年になると女子も色気づくからね~。先が思いやられますなぁ」


「うっさいな。あそこまで露骨じゃなきゃ話せるんだから」


銀河(ぎんが)とBLに走んないでよね。村中の女子が泣くから」


「はあ? 馬鹿言うなよ! 俺たちノーマルだからなっ。変なうわさ作るなよ」


 紅葉がわざと変な話題を振ると、図書室から教室棟に向かう廊下にいた女子たちが耳ざとく聞いていて、何やら悲鳴が上がっていた。すでにわざと誤解している女子がいる。多分将来薄い本を作ってコミケに行きたがる種族らしい。


「遅かったわね~。誤解が広がっているわ~」


 してやったりという顔で紅葉がケラケラと笑う。やられた、と玄弥がこれからどう誤解を解こうか考え始めると、紅葉が続けて言う。


「まあこういう変な話題が出てた方が、玄弥だけを狙う馬鹿は少なくなるよ」


「あ……銀河巻き込んだ? 勝手に? だめでしょ……」


 あまりの展開の早さについていけない玄弥。これから銀河に説明して、脳筋銀河が理解できるか、前途多難にめまいがしてくる。


「まあなんとかなるわ。そこは私が言っておくからね~。桃香にも協力頼むし」


 まるで自分も薄い本の創作に加わりそうな、にやにや笑いをして楽しそうな紅葉。だがこれは、今日の夏生が起こした騒ぎに注目が行かないよう、わざと別のうわさを流したらしいと玄弥は推測した。


「悪いな。いつも4人に迷惑かけてる」


「いいってことよ。()()を私に預けてくれたし、神力の練習に付き合ってもらってるから、これは借りを返しただけ」


 そう言って何でもないことと笑う紅葉。小1の時、同級生は5人だけだから仲良くしろと、注意してもらって良かった。今さらながら玄弥は思った。銀河、紅葉、秋金(あきかね)、桃香。いつか彼らが困ったときは自分も助けよう。そう心に留め置いた。


 ***


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