06.回避してもトラブルはやってくる(1)
玄弥たちが小学校の最高学年になった5月最後の土曜日。
夢先村小学校の運動会当日の朝は初夏の陽気で晴れていた。今は登校して集合がかかる前。気分が高揚して落ち着かない児童たちの声や往来でざわついている廊下の隅に、玄弥たち夢先杜地区の5人の6年生が集まっていた。今日は運動会なので全員体操着姿だ。
「やっぱりこのクラス分けは陰謀だよな~」
そう言うのは秋金。女子の方が成長期が早いので、彼はこの中で一番背が低い。こげ茶髪の坊ちゃん刈りはそのまま、最近鼻の周辺にそばかすが増えて悩んでいる。修練から外れたから体格はひょろのまんまなので、集落ではモテない。だから村の方で彼女を作ろうとおしゃれに気を使っていて、桃香によく揶揄われていた。
その秋金が言う陰謀とは、運動会の勝敗に関わることだ。村の小学校は各学年2クラスずつの学校なので、1組が赤、2組が白の組み分けになっている。4年生まで5人同じクラスだった集落の子ども達だったが、銀河と玄弥が1組と2組に、5年生から組が分けられてしまったことをまだ陰謀だと言っているのだった。
「しょうがないよ。銀河は最強だから」
と玄弥が応える。最近身長が高くなってきた銀河に比べるとまだまだ平均身長な玄弥だが、集落の修練に食らいついているだけあって、均整の取れた体格に育った。また幼さが取れてきた玄弥は、父に似た目鼻立ちが目を惹き、村集落問わず女子の人気が上がっている。ただ、本人に近寄りがたい雰囲気があって、これまでアピールする女子はほぼいない。
その2組の玄弥が、運動で絶対勝てない相手が1組の最終兵器、銀河なのだ。最近どんどん身長が伸び始めた銀河は、家業の建設業の現場で采配を振るう父親に似てがっしりした体形に変化し始めた。幼少期から運動神経抜群だった銀河は、非公式だが個人競技のあらゆるもので全国歴代の最高レコードを更新し続けている。十二家本家の息子だから顔立ちも整った方だ。おかげで運動できる系男子で女子人気ナンバーワンである。
「ふふふ。私は大船に乗ったつもりでいいわね~。今年も1組勝利~」
1組の紅葉は、本人がほぼ運動音痴なので他人事だ。あとの2人秋金と桃香は、玄弥と同じ2組。名前の如く赤みの強い髪をボブカットにした紅葉は、相変わらずおっとりした態度でいる。だんだんと神子らしく落ち着きが出てきて、「黙って立っているなら深窓の令嬢」と村の男子たちが目で追う存在になった。
「も~。紅葉は余裕ね。こっちだって玄弥入れた選抜リレーで巻き返すんだから」
桃香はまるで自分が采配したかのように、得意になって言う。その様子をジト目で見やる玄弥と秋金。ちょっと丸みのある顔と体形で陽気な桃香は、昔のお姉さんぶった所が鳴りを潜めたが、若干秋金にマウントを取りたがり口が達者だ。ただ、言うことに悪気がないので仕方がないと皆思っている。
「まあ多分、銀河が出られる競技数を全部個人競技に振るしかないだろうし、それなら選抜リレーには出られないから勝てるのはそれだけだな」
またまた、桃香の発言から立ち直った秋金が、調子に乗って分析を言い出す。ここにいる全員もう分かっているのだが。困ったやつだと首を振る紅葉。そして、玄弥が銀河に話し出した。
「で、銀河……そろそろセーブして勝たないと、表舞台のうるさい連中に目え付けられると思うけど」
「あー……やっぱそうなるよね」
頬を指でかきながらばつの悪そうな顔で銀河が言う。
「ホントに分かってる? 夢先杜チートで中学代表とかになったら、集落が危ないんだけど」
いつもは穏やかな玄弥が、ブラックな笑顔で銀河に真面目な話をする。こういう時の玄弥は冗談で流せないと、付き合いの長い銀河たち4人は分かる。
「そうねぇ。今日は2組に勝ちを譲りましょうかね~」
紅葉がため息をつきながら、また他人事で言う。本人はほぼ集団競技しか出ないのだから、簡単そうだ。
「まあ、八百長じゃないんだからさぁ、私たちが言うのも変だし」
勝敗を勝手に決める紅葉の発言に桃香が、さすがにとりなすように言う。
「まあね。全力出さないだけで負ける気はしない!」
「あー……それがだめなんだって……」
秋金が呆れてつぶやくが、脳筋な銀河は分かりそうにないと、他の3人もあきらめた。
結局その日、手を抜いたはずの銀河は個人種目全て1等賞。玄弥は代表リレーで1勝したのみだった。そして、銀河は中学で勧誘の嵐に困ることになるのが目に見えていた。
***
一方、玄弥は目立たないようにしているつもりだったが、村の同級生や下級生、集落の子どもまで、年の近い女子は見目好い玄弥にこっそり注目している。これまで分かっておらず深刻に考えなかったのは、玄弥本人だけだった。
別の理由もあって、紅葉が彼女たちをけん制するかのようによく玄弥に話しかけていたし、集落の他の3人も友達としていつもつるんでいた。玄弥を密かに好きな桃香が他2人を抱き込んで女子除けしていたのは、紅葉だけが気付いていた。桃香本人の口からはとてもじゃないが告白なんてできないでいる。
その状態が変化したのは6年生の運動会が終わった翌週のこと。