05.兄 中二の夏(3)
「……なんか見てるの馬鹿らしくない?」
「うん……当てられてるな」
葦人と綾子が抜けだしたのを気付いてこっそりつけてきていた若鳥仲間たちが、2人のイチャイチャぶりにげんなりしていた。
「あーくそっ。綾子ちゃんかわいいから狙ってたのに~」
「あきらめろ。相手が悪い。葦人より優良物件なんてあんまいないだろ」
彼らはしばらく本村の祭りで時間をつぶそうと、道を引き返して行った。その両方を見渡せる木の上に、猫が1匹いることは誰も気が付かなかった。
***
夏の夕暮れ時は空が美しい。8月に入って曇りや雨が多かったが、本村のお祭りは珍しく晴れていた。玄弥はまだ小学生なので、昼間に同級生の銀河や秋金と連れ立って見に行き、夕飯前に戻ってきていた。父母ともうすぐ2歳になる妹の撫子はもっと早くに戻っていて、父と母は旅館の業務や家事に就いていた。
「ゲンにーちゃん、あげる~」
「撫子、くれるの? ありがとう」
玄弥は旅館の従業員も父母も忙しいこの時間、本を読みながら妹の遊び相手をするのが最近の日課だ。今、撫子は手元にあるものをなんでも人に渡して、ありがとうと言ってもらうのがお気に入りになっている。たまにべたべたのティッシュなどもらうと笑顔が引きつるが、仕方ないと付き合っていた。
「にゃ~ん」
「あ、ふみじゃん。よく来たね」
夕日の差し込む窓辺に、紅葉が引き取ったサバトラの猫が来ていた。ふみと名付けられた猫は、最初に懐いた玄弥の所も縄張りコースにしているらしく、よく覗きに来ている。
「にゃんにゃんさわる~」
「撫子。まだだめだよ~。足拭いてからね。……ママの所に行って猫さんのささ身ちょーだい、してきて」
濡らして絞った雑巾を手にふみを抱きかかえた玄弥は、撫子に猫のおやつをもらうお使いを頼んだ。撫子はニコニコしながら頷くと、部屋を出て行った。
「最近さ、兄さんの元気がないんだ。多分この間の任務のこと、気にしてる」
玄弥はふみの足を拭きながら、まるで猫に真面目に話しかけているように独り言を言う。周囲が認めていないが神子である玄弥は、ふみのお散歩が紅葉の神力「遠見」の練習と知っている。そこで紅葉に勝手に情報収集を依頼しているのだ。
「あと、これは僕の感触だけだけど。多分……兄さん綾子さんが気になるみたいだね。今日は本村のお祭りに他の中学生のみんなと一緒に行ったけど、何か進展あるかな。……兄さんちょっとヘタレだから」
そんな情報をふみに伝えたときに、撫子が戻ってきた。
「ささ身もらってきた~。にゃんにゃんあげていい?」
「いいよ~。少しずつちぎってね……うまいよ、そうそう少しずつね……」
ふみが差し出された茹でたささ身に鼻を近づけ匂いをかぐと、ぱくっと器用に咥えて取り咀嚼を始める。
「食べた~。おいし~い?」
「おいしそうだね~。撫子、よくできました」
「うん、できました~」
玄弥が撫子の頭をなでてやると、撫子はにぱっと笑って玄弥から離れ、ふみの背中をなでている。そうしてしばらくおやつを食べていると、ふみはさっと窓枠へ飛びあがり、しっぽを一振りして外へ出て行った。撫子はふみが出て行ってしまってがっかりしたが、ちょうど夕ご飯ができたと弥生が呼びに来たので、玄弥は撫子の機嫌をとりながら夕ご飯に向かった。
***
ふみが再度門馬家の子ども部屋を訪れたのは、そろそろ子どもは寝るように言われる時間だった。葦人もすでに戻ってきていた。友達とお祭りに行く前に比べると、なんとなく悩みが晴れたような顔つきをしていたが、玄弥に理由を話しそうもないのは見て取れた。
ことんっとベランダに軽いものが降り立つ音がした。
「……ふみ? 早いね」
寝巻きにしているTシャツ短パン姿の玄弥がこっそりとベランダに出ると、ふみはひょいと玄弥の右肩に飛び乗った。そしてグルグルと喉を鳴らしながら頬を玄弥にこすりつけ、するりと首の後ろを伝って左肩へ移動する。そしてしっぽが巻き付くように首に添えられる。
「ふふ……くすぐったいよ」
じゃれるようなふみの動きににっこり笑った玄弥は、ふみの首輪に小さく丸めた手紙が括り付けられているのに気づいた。玄弥が右手を差し伸べると、ふみはひょいっと玄弥の腕に飛び降りてきた。それを抱き止めると玄弥は手紙を取り外し、その場に座ると開いて読む。
『玄弥へ
どうでもいいけど人使いが荒いよ。まあ意図的に練習台になってくれたみたいだけどさ、あんまり私用で使わないでほしいんだけど。
葦人さんは綾子さんを気にしているか、だったよね? それは玄弥の感が当たってる。それと綾子さんも葦人さんが好き。今日お祭りの帰り道で両想いって分かってお付き合いすることにしたようです。
次会った時に全部話してあげるから期待しててね。お休み。
おせっかいな紅葉より』
兄の悩みが1つ減ったみたいで玄弥はホッとした。それにしても、葦人が恋? とちょっと嬉しいような恥ずかしいような、寂しいような、玄弥は不思議な気持ちになった。きっと聞いてもなかなか教えてくれなさそうだな、とは思う。今度紅葉に会ったらきっと面白がっていろいろ言いそうだ。その話を聞いてから、じっくり葦人に質問攻めして困らせようかなと、悪者顔でくすくす笑う玄弥だった。
まだ続きます。続きも読んでくださるとうれしいです。
玄弥の成長が主軸なので、結末も決まってて脱線はあまりできませんが、「こんなエピソード読みたい(アップ済以降の部分)」みたいなご意見いただけたら踊って喜びまする(謎)。
遅筆、下手の横好きゆえ実現するかは保障できません。平にご容赦を。