00.隠れ里の異質な子(2)
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GHQの執拗な調査からも持ち前の「密偵」達の能力の高さでうまく逃れ、神域を何とか守っている「夢先の杜十二家」だったが、最近の集落には様々問題も起きていた。
1つは、若者たちの能力の二極化だった。神子になるスキルがまずないが、密偵もこなせない子どもが増えていた。外からの情報がテレビなどで入りやすくなったことで、がんばって強くならなくても表の仕事をすれば良いと考える分家の子どもが増えていた。さすがに十二家本家の子ども達は、外部に神域や神子の存在を知られる危険性の理解があり、自分たちの家とその事業を継ぐ意識がまだ高いため、よく学ぶし危機感も持っていたが、分家でも末端の家の子は移住したがる者もいた。
そこで10年前、「夢先杜地区」の西隣の盆地に夢先の杜の配置にそっくりな街を作ろうと、集落の中でも型破りと言われた眞白の同世代、猿渡 梅太郎が提唱して移住者を取りまとめ、分家で今の生活が満足できない不満分子を連れて出た。そこが表向きに「夢先村」の中心としてにぎわい、夢先杜地区の「鏡の集落」、「隠れ蓑」として機能するまさに一石二鳥の計画だった。そして最初の村長として梅太郎が就任し、十二家の分家から独立した者たちに、集落の話だけは箝口令を敷いた。生まれてきた子ども達に集落の話をしないことを守らせ、外部から移住してきた人々と違和感なく混ざって村を作って行った。
2つめの問題。それは神子が生まれにくくなったことだった。そこそこのスキルを持って生まれる神子はいても、眞白なみに神力が強い神子は若手にほぼいない。神子は仕事内容やスキルを守るため、「外神殿」という建物で生活している。以前は各十二家から世代ごとに1名程度は神子がいたので、40名ぐらい生活していたが、今はその半数しかいない。
しかも、戦時中にはいた「夢渡り」がここ30年ぐらい出ていない。戦時中動員された「夢渡り」は、終戦に向けてかなりの人の夢を行き交い、消耗してしまった。そして、戦後すぐに失意の中亡くなっている。集落の名称にも入っている「夢」は、もともと神子の仕事が「夢占」だったことを意味していて、重要なスキルの一つだった。今は「夢渡り」の下位スキル「夢見」がかろうじて生まれるが、次々と夢の中を渡り歩く力がある者は生まれない。
ただ、こればかりは「神の思し召し」という他ないことだ。この集落の者の中でも十二家本家に近い者には、神子の減少に不安をうったえる者も増えていた。
そして3つめ。国との関係が以前よりも悪化していた。戦前まではかなり重要な仕事が入ってきていたが、今は予算の使い方まで周囲の目が厳しいし、戦争をしないことになった日本に大きな火力になる神力持ちは使われない。今では神子の力よりも周囲を守っていた「密偵」達の手腕を買われたような、調査業務を持ち込まれることが増えた。
また、国そのものの裏方のみならず、近年は解体された財閥系だった大企業や、次世代産業の企業で大手金融機関から融資を受けて紹介された企業など、国以外の案件まで持ち込まれた。もちろん直接取引はしないで、国の裏方から伝手をたどって紹介されてくる。その案件が、夢先の杜の人材では重たい責任があるものから、本当に夢先の杜に依頼するほどのものかという下らないのも増えて、長老会は頭を悩ませていた。
例えば、企業の跡目争いで候補者の人と成りの他、裏で悪いつながりがないかなどの調査は、まだましな方だ。お見合い相手の身辺調査など一般の調査事務所でできるような、軽いものまで持ち込まれる。中には、怪しいけれど法に触れるギリギリで逃げているような、胡散臭い法人の調査など、表立って警察や国の調査機関が介入できない重たい仕事も来てしまう。密偵の中には神子スキルほど目立たないが夢先の杜チートとでもいうのか、身体能力や実務能力に優れた人材がいたため、それに対応できてしまうので問題が目立たず先送りされてしまっていた。
どれもが急に現れた問題ではない。ただ、長老会の対応は先を見据えたものではない。眞白はそう考えていた。彼女は巳の方角を守る辰巳家の現当主の妻として、そろそろ神子を引退し長老会へ加わる年だった。夫は辰巳家の家業の稲作農家として分家と共にしっかり仕事をしていたが、あまり広い視野を持っていると言えない。人としてはとても心根の優しい好人物だが、眞白の実家、集落入り口を守る門馬家の当主たちを見てきた彼女からすると、今の情勢の危機感は分かっていないように見えていた。
何かが足りない。新しい風が吹いていない。眞白は変化を待っていた。その兆しが現れるのは2年を待つことになる。