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04.初めて尽くし 東京(4)


 事件の捜査はなかなか進展しなかった。今よりも倫理観の薄かったマスコミは、色々な怪しい情報をまことしやかに語り、民衆の中のあまり深く考えない人々は鵜呑みにしてそれを拡散した。


 なぜか異常を警察へ通報した人が疑われた。家人も巻き込まれているのにあまりにも酷い言われようだが、警察までもそれに踊らされていた。


 集落の調査員や長老会は原因は別だと知っている。だが、夢先(ゆめさき)(もり)十二家(じゅうにけ)は沈黙を保った。


 当初、上の方から指示された裏方が夢先杜地区を目指して来ていたが、いつのまにか全て村の方へ出てしまうので、夢先の杜十二家が協力を拒んだと分かったようだ。長老会へは脅しのような電話や手紙が来ていたが、日辻(ひつじ) 朝也(あさや)が取り合わなかった。また、例の教団も牛島(うしじま)を始末したことで手を引かせられたと捉えたのか、集落まで探られることなく過ぎて行った。


 ***


 翌年1月、大きな地震が関西地方を襲った。寒い冬の朝、葦人(あしと)玄弥(げんや)は朝のニュースで高架の高速道路が崩れた姿を見た。あちらこちらで火災が発生していて、詳しい情報が入ってこないことを報道していた。葦人と玄弥はテレビにくぎ付けだったが、昨年8月の下旬に生まれた妹、撫子(なでしこ)の世話をやいていた母弥生(やよい)に促されて、慌てて登校して行った。


 その後、毎日のニュースが震災の内容で埋め尽くされた。現場に入る手段がなく救助作業が難航し、倒壊した建物に閉じ込められたまま、火災に巻き込まれたり、火災がなくても救助まで時間が経ちすぎて命を落とす人々が大勢いた。ボランティアによる避難所での救援なども注目されていた。


 このように日本中がその災害の後の推移に注目していたことで、昨年の毒ガス事件はあっさり人の口に上らなくなってしまった。


 集落に住む者以外にも夢先杜地区から離れ、表仕事で外部に住んでいる成鳥(せいちょう)がいる。彼らによって常にある程度情報を集めているが、震災の混乱やボランティアの話題以外の隠れた情報で、牛島の探っていた宗教団体の動きを追っていた。だが、この事件には長老会と現場が関わらないと決めた。なので、警視庁がとうとうしっぽをつかんで本部へ乗り込む計画を立てたことも知っていた。


 できなかったのは、自己中な正義感で全能感に酔いしれる狂信者の行動を正確に予測すること。


 3月20日。休み明けの東京都心部は大混乱に陥っていた。有名になってしまった地下鉄へのテロ事件だ。全く無関係の人々が乗る列車に毒ガスがまかれ、原因が分からないまま倒れる者が続出し、現場の医療従事者は手を尽くしたが多数の死者が出た。


 警察が手をこまねいているかと世間は思っていたが、水面下で情報は揃えていたらしい。2日後には教団の本部に強制捜査が入り、その状況が今度はテレビで毎日報道された。田舎の街にいくつも立ち並んだ教団の建物が毎日テレビに映り、彼らは信者たちを盾に教祖を隠し部屋へ潜ませていたが、2か月ほどして教祖が見つかり逮捕されたことで、報道はおとなしくなって行った。


 ***


「まあとりあえず収束していくね」


 (そと)社務所(しゃむしょ)のソファーで茶を飲みながら、日辻 朝也が言った。その向かいに腰かけているのは、以前は根津(ねづ)の老人だったが今は違う。朝也と同学年の猪俣(いのまた) 春彦(はるひこ)。北の根津家の西隣を守護する猪俣家の三男で、陶芸の窯元を先日息子に譲った。密偵としても経営者としても堅実な男だが、陶芸職人として優秀だった娘に継がせる選択肢がなかったようで、朝也はそこが残念なやつだと思っている。


「朝也。うちはあの教団のことで上の調査に協力しないってことだったが……お前、なんかしただろ」


「いいや……な~んも。それなりに警察も優秀だよ。上が泳がせるなんてくそな決定しててもな」


 実のところ朝也の日辻家は、女性調査員の元締めのようなものだ。酒の席で気を許す男はそれなりに気を付けている者でもつい、ということがある。東京の会員制クラブなどに、表仕事として夢先杜地区出身者が働いているので、何もしなくても情報が集まる。彼は別に指示を出していない。それでもちょくちょく旬な情報を伝えてくる彼女たちはやり手だ。朝也はそんなわけで、仕事面で女性に偏見が少ない珍しい年寄だった。


「それで、結局のところどうなんだ? 「黒い仔馬」は」


 やはりこの頑固者は根津のじいさんに何か言われているなと、朝也は察する。


「あの受け渡しの子役は、根津のじいさんが現場の決める前に勝手に決めたんだ。だが、時雨(しぐれ)にそれとなく確認したが、牛島夫婦と時雨が話しやすいような子どもにちゃんとなれてたらしいぞ」


 朝也は分かった事実を述べた。


「盲点だったのは、牛島たちが目をつけられたことだ。在家信者らしい者があの場にいたのに気が付かなかった。あの変な女に玄弥が見つかったのは結果に過ぎない。もっと前からマークされていた」


「じゃあなんで、根津さんはあんなにあの子を気に入らないんだ?」


 春彦は直球な訊き方をした。回りくどくすると朝也はけむに巻くと知っているのだ。


「ああ、その時は根津のじいさんと俺しかここにいなかった。あ、寅松(とらまつ)のは受付にいたけど、他の長老たちがいない時だったな。……あの子が5歳になった頃時人(ときと)さんが来てね、あの子が「夢先様に呼ばれた」って言ったのさ」


「ああ……まああれだけ黒いと」


「そう、根津のじいさんは(はなっ)から信じなかった。それで時人さんに、あの子が寂しがって嘘を言ったんだろうって言ったのさ。まあ、俺も止めなかったから同罪だろう」


「それで……実のところどうなんだ? 黒い仔馬は神子(みこ)なのか?」


 朝也の様子をじっと見ながら春彦は訊ねた。


「さあてねぇ……今となっちゃ分からんね。時人さんとな、この件を他言無用にすれば本人を修練に参加させるって約束がある。根津さんは守ってなさそうだけどね。……まあちゃんと修練に出ているし、成鳥の指導者からは評判いいよ。今後に期待してやろうや」


 長老会は実のところ(そと)神殿(しんでん)の中のことに関与できない。外神殿で使う予算のことや、外からの要請で神子の力を頼む以外で関わらない。だから神子たちから玄弥のことを聞かされていないことから、朝也は玄弥が神子の扱いを受けていないと、考えることにしていた。


「そうだな。しばらくは幼鳥(ようちょう)から仕事に出すのはやめさせよう。根津さんの独断だったんだろう?」


 春彦の言葉に朝也が頷く。


「そう、だからしばらくは修練を見守るしかないね」


 まったく面倒な黒い仔馬だと、長老会が勝手に面倒がっているだけなのだが、朝也はため息を吐いた。

まだ続きます。続きも読んでくださるとうれしいです。

玄弥の成長が主軸なので、結末も決まってて脱線はあまりできませんが、「こんなエピソード読みたい(アップ済以降の部分)」みたいなご意見いただけたら踊って喜びまする(謎)。

遅筆、下手の横好きゆえ実現するかは保障できません。平にご容赦を。

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