04.初めて尽くし 東京(3)
「では。今回の経緯を説明しましょう」
成鳥の守長(代表者)、羽鳥 潮が話し始めた。
それはとある新興宗教団体の不正を調査するよう、上の方から依頼があったところから始まる。牛島 聖が信者の若者から情報を引き出し、若手の成鳥を1名信者に送り込んでいた。ある程度大物と話ができるようになったあたりで脱退しようとしたが、実はその成鳥は狂信的な信者に捕まって命を落としている。そうして命がけでリークした情報を牛島が受け取り、あの上野の取引が行われたのだ。
「撤収の列車内で時雨が牛島に報告したやつらだが、その後の調べで玄弥を誘拐しようとした女とそれを止めた男は、どうやら信者に関係のある人間らしい」
潮はそこで一度ため息をついた。
「それを牛島が指示を出して調べ始めたところだったんだが、嗅ぎつけられたらしくてな、昨日夫婦で事故死した。こっちも急いで防ごうといていたんだが、間に合わなかった。自宅にあった見つかるとまずい物と、子ども達は集落に保護しているし、隠蔽は済んだ」
あっさりとした口調で事実のみを述べた潮は、視線を上げて全体を見まわす。
「このことについては誰の落ち度でもない。あの教団にも頭の回るやつがいるということだ。しかも今回のように関係ない者を平然と巻き込めるやつがいる」
「落ち度がないだぁ? あるだろうが。黒髪の小さいのが目立ったからだ」
いきなり、文親が勝手な発言をする。周囲がざわついた。なぜこうも目の敵にするのか。普段玄弥と関わっている成鳥と若鳥の者たちには、文親の言動は異質だった。
「根津さん、あまり滅多なことを言わないでください。現場と長老会の関係が悪くなりますよ」
潮が調査員を代表して注意を促す。長老会の古株数人が苦虫を噛み潰したような顔をして、文親の方を見た。現役たちは問題が根津の大御所にあると察した。
「玄弥は変な女に興味を持たれたが、時雨の印象では特に追跡されていない。牛島に足が付いたのは教団に行った以前の調査からだ」
潮はそう言ってから長老会の方へ体ごと向きを変え、さらに言う。
「我々現場の人間からすると、こちらの忠告を無視するようでは今後の仕事をしばらくお断りする方が良いと判断しましたが、長老会はどうお考えですか?」
すると、文親が言葉を発するより先に日辻 朝也が答えた。
「我々の調査員は本来神子様方をお守りする「護衛」であり、「密偵」の仕事はおまけみたいなものだ。本来の仕事に就ける人員も昔より減っている。それを浪費するようなクライアントは要らないね」
普段はニコニコと穏やかそうな朝也だが、判断の速さと冷静さは潮も一目を置いている。いつも文親を立てるように出しゃばらないのだが、さすがに眞白亡き後暴走気味で抑える必要を感じたのだろう。
「とりあえず、続きの調査を依頼してくるようなら手を引け。上の方が難色を示すと紹介の仕事も減るが、少々実入りが減るのは致し方ない。普通の諜報戦じゃ得られない情報が本来「夢先の杜」の強みだ。まだ必要とされている」
朝也の言葉に現役の連中も頷く。ほぼ総意といえるその様子に、十二家各家代表の長老会の面々も渋々認めた。おそらく、文親が長老会の代表を下ろされる。遅すぎる世代交代だった。
「では門馬様。外神殿へのお知らせをお願いできますか」
潮が時人に話しを向けた。
「はい。バスの待機所の「目くらまし」の神子へ、彼らを通さないように指示を出してもらいましょう。それと……」
時人は滅多にしない厳しい顔で潮を見た。時人と潮は同級生で付き合いは長い。その彼でも時人がこんな表情をするのを見たのは数えるほどしかない。
「門馬旅館は彼らを追い返す矢面に立つわけですが、残念ながら私も父も、荒事に向かないとして修練を下ろされた者です。現在従業員も表仕事の者ばかり。成鳥の中から護衛として本館と別館へ人を寄こしてください」
実際の所時人は、子ども達を守ることが第一なのだが、それを出したら通るものも通らない。実際に戦える者は葦人だけだが、子どもにやらせることではないので、もっともな理屈を通した。
「いいでしょう。こちらで人選はします」
潮は内情を知っているわけではないが、時人が無茶を言う人じゃないのは知っていた。それに、門馬家はいつも集落の門番を担っているのだ、そこを守らず上の方に対処できるはずもない。
ところどころ問題があったが、会議は閉会した。
「根津さん。どうも最近言葉が過ぎますね。「黒い仔馬」が気に障りますか?」
最後まで残っていた長老会の面々の前で、朝也は文親に苦言を呈した。他家からの長老たちもこちらに目をやり動向を見ていた。朝也は玄弥が神子覚醒している話を誰にもしていない。だが、文親は長老会の他のメンバーにもどうやらどこかで漏らしていそうだと、最近の長老会の面々を見て感じていた。これは時人との話し合いの内容に違反していた。
「今日の会議でも余計な発言をされますし。……私は玄弥君は真面目に修練に取り組んでいるし、成鳥も若鳥も幼鳥の仲間もそれを認めていると聞いています。そこまで悪意のある発言をすると、現場に離反されかねない」
周囲の長老たちも文親をじっと見ている。文親に義理を感じている家もあるが、長老会として考えるなら朝也の言いたいことはもっともだ。文親の味方はいそうになかった。
「わかった。……あとは日辻、お前がまとめろ。俺は彫金の工房の相談役に徹するさ……たまには酒ぐらい飲もう」
「ありがとうございます。根津さん、お疲れさまでした」
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