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04.初めて尽くし 東京(2)

 翌朝彼らは上野にいた。上野恩賜公園と呼ばれる一角、不忍池や博物館などが立ち並ぶ中に動物園があった。いかにも家族連れが行きそうな場所。


 それに、監視カメラは動物の展示周辺に集中し死角が多いし、園内は動物を見る客が多いため他の客の動向にあまり気を遣わない。とても好条件だった。


 正門に近い東園を動物を見ながらいかにも家族連れな4人は進む。斜面になっている園の奥の方が高くなっていて、その辺りを散策してから下ってくると、クマがのぞいている客に向かって愛想を振りまいている。


「すごい。立ち上がってるよ」


 玄弥(げんや)が面白そうに立ち止まり、周囲の客たちとクマの様子を眺めだす。フォローに兄役の時雨(しぐれ)がくっついて行った。


 その子ども達の様子を通路の反対側から眺める夫婦の横に、彼女がクマの方へ寄って行ってしまったのか、カップルの片割れの男性が手持ち無沙汰に話しかけてきた。


「上野の桜は見ました?」


「いや、桜は御苑でしょ」


 それが合言葉だ。(せい)の隣にいる雪子(ゆきこ)がさりげなく周囲を警戒する。ふと、男が持っていたドリンクを落としそうになる。


「おっと……あぶない。こぼれるところでしたね」


 とっさに受け止めたように見える聖は、渡す手元にメモリーを忍ばせた。相手もああどうも、といいながら笑いあう。目は笑っていないが。


「彼らは本気で訴訟の行方によってはテロを起こすでしょう。もう薬物も作っているようです。止めるならお早めに」


 聖がこそっとつぶやく。男がかすかに顎を引く。


 受け渡しは完了だ。だが、さりげなく家族連れとして撤退しようとした時、トラブルが起きた。


 ***


 玄弥の視界に悪意が発する(けが)れが映った。それと同時に嫌な感じの視線も感じる。


「兄ちゃん。……なんか嫌な感じがする……」


 隣にいる時雨にこっそり伝えると、時雨もそれに気づいていて、さりげなく視線を周囲に送っていた。だが、敵対者らしき人影はない。


 突然、玄弥は手首をつかまれた。つかんだのはどこにでもいるような姿の20代ぐらいの女。化粧っ気のない顔に後ろで一つに縛っただけの髪、Tシャツにジーンズ、スニーカー。だが、目つきが異様にギラギラとして、何かにとりつかれたような色を帯びていた。


「見~つけた~!」


 目を爛々と輝かせた女は、そのまま玄弥を連れ去ろうとする。「やばいやつ」。そう思った時雨が女の襟首を引っ張る。


「おい! 人さらい! 相手子どもだからってなめんな」


 時雨のかなり怒りのこもった注意は無視された。しかもその状態で女は玄弥の手首を離さない。


「いいわ~いいわ~! 理想的よこの子。絶対気に入ってもらえる~」


 この状態だが、玄弥はさっきの穢れがこの女からではないと気付いた。驚いているがそのまま視線を周囲にさまよわせる。周りからは助けを求めてるように見えるだろう。


 その時、別の人間が近づいた。「こいつだ」と玄弥は見破った。


「ほらほらディレクター。いきなり子どもの手掴んじゃダメ。……すいません、映像企画会社の者で」


 30代ぐらいの男は近寄ってきて時雨に言った。黒系のスーツ姿のどこにでもいそうな中肉中背、顔には愛想笑いが貼り付いていた。


「だめですよ。手を放しましょう。……そんなに時間もないんです」


「だーって絶対あの方こういう子好きでしょ~?」


「だからダメです。ちゃんと劇団で探してますから」


「えええ~!」


 男は女の手を玄弥から離させると、女を引きずるように連れて去った。


「兄ちゃん。あのおじさんの方がやばい人だよ」


「分かってる。でも今は動かない方が良さそう」


 玄弥は理由を言えないが感触を時雨に伝えると、時雨は状況から動けないと言った。なにしろクマよりもこちらが注目を浴びてしまっている。


「僕~。怖かったね~大丈夫?」


「あんな人がどうして動物園に来てたのかしら」


 周囲の客たちが玄弥を構いだして玄弥は途方に暮れていた。時雨が牛島(うしじま)夫婦を振り返ると、接触した連絡者は立ち去ったようだ。慌ててこちらへやってくる。


「大丈夫だった? なかなか近寄れなくてごめんね」


「もう行こう。なんか怖いから別の所へ行こうか」


 牛島夫婦が呼びかけ、仕事を終わらせた4人は上野を後にすることにした。あとは土産物を購入して地元へと戻る新幹線へ乗った。その車内で時雨は、玄弥の周囲で騒ぎがあった顛末を牛島夫妻へ報告した。決して玄弥に落ち度があったわけではなく、粘着質な変な女がいたせいであると。そしてその連れの男が、どうやら危険人物であるとも。


 ***


 その1か月ほど後。世間を騒がせる毒ガス事件が起きた。一報は日付の変わる頃のテレビで流れた。その日は6月にしてはかなり気温が高く、すでに夏の気候のため、窓を開けていた家庭が多く被害が大きくなったようだ。


 玄弥と葦人(あしと)は翌朝のテレビでそれを知ったが、まだ小学生の彼らはそれが自分たちに関わっているとは思いもしない。だが朝から食卓に時人(ときと)はおらず、朝一番から裏方仕事の招集した会議へ出ていると、母の弥生(やよい)に伝えられた。門馬(もんま)旅館は表の仕事だが、宿泊客と外神殿をつなぐ役目を持っているため呼ばれたのだ。


 ***


 会議は普段の(そと)社務所(しゃむしょ)ではなく、日辻家(ひつじけ)の商う料亭「夢先(ゆめさき)(あん)」の広間が使われた。外社務所では手狭なほど、今集落にいる成鳥(せいちょう)と長老会の大人たちを全て集めたからだ。表仕事の門馬 時人は裏仕事と直接関わっていないため、広間の下座側に若手の成鳥たちに交じって座っている。そのさらに下座に10代の補助で出ることのある若鳥(わかどり)が座っていた。その中に先日玄弥と任務に出た時雨もいる。


 上座側は長老会のメンバーの他、現役の成鳥(せいちょう)(大人の調査員)。


 そこには、先日の報告提出任務で玄弥と一緒だった牛島夫妻はいなかった。


「先日調査報告をした団体がどうやら事件を起こした。牛島から「早く止めるように」忠告したはずなんだが、どうやら上の方では泳がせたらしい。迷惑なことだ」


 なぜか第一声は長老会の根津(ねづ) 文親(ふみちか)だ。この中では最古参でストッパーがいない状態だから放置されているが、実際に現場は成鳥の責任で動いているから、これは越権だ。


「根津さんよ。これは現場を仕切っている成鳥の仕事だよ。今回は譲ってよ」


 周囲の不満そうな雰囲気を読んで日辻 朝也(あさや)がたしなめに入った。ここでけんか腰になられては話が進まないのだ。いつも茶飲み話に付き合っている朝也の言うことなので、しぶしぶ文親が黙った。


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