03.1年生は大忙し(3)
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1年生はまだ給食が始まらないうちは、お昼に自宅へ戻るが、集落の1年生はその後根津家の管理する北側の地区で、体力と俊敏さを養うために山の中を走らされる。自然の障害物がある持久走だ。
まずは初心者用のルートで、あまり障害物もない。だが、秋金と桃香は早々に疲れて歩き始めてしまった。
逆に銀河は軽々と走り抜け、玄弥は最後のゴール数メートル前で後ろから2回目の追い抜きをされた。1年生の順番はその日の指導する指導員に勝手に決められ、今日の1番目は玄弥だった。その後秋金と桃香が続き、最後が銀河だったのだが、皆が1周する間に彼は2周してしまったのだ。とんでもない大型新人だと、指導員たちがざわついたのは言うまでもない。
そんな中、玄弥も最後まで走れたことで、指導員にはよくやったと言われた。とりあえず、「何もできない門馬家の黒いの」から前進できたと思っていた。別に本人に誰かが教えたわけではない。大人たちの陰口が大っぴらであっただけのことだ。子どもだから聞いていないと油断している大人が多く、怒る気にもなれない玄弥は子どもらしくないのかもしれない。
ただ、兄の葦人はきっと褒めてくれる。父と母も最近はぎこちなくても少しは褒めようとしてくれる。女中のおばちゃん達もいるし、うちには味方がいると思えば、関係ない大人の言葉は耐えられる。玄弥はそうやってやり過ごしてきた。
「ゲンちゃん、すごいじゃん俺、最後抜くの大変だったぜ」
意外なことに一番最初に玄弥を褒めたのは、玄弥を負かした銀河だ。銀河は玄弥に肩を組んできて体重をかけながら、くせ毛の玄弥の頭をぐしゃぐしゃなでまくった。
「ギンちゃんなにすんだよ~」
玄弥もお返しに、薄灰色とでもいうのかやわらかい色の銀河の、刈り込んだストレートの短髪をぐしゃぐしゃにしてやる。
銀河は普通に嬉しいから褒めてじゃれているし、玄弥も手放しで喜んだ。
その様子が周囲の敵を味方にしたことに、玄弥は大人になって思い出すまで気が付かなかった。
長老たちから言われていた「十二家なのに黒い子」は、別に特別悪さをしているわけでもない。極々普通のよく笑い、友達とじゃれ、真面目に努力もする、当たり前の子どもだった。その日修練を見ていた指導員たちは、自分たちも視野が狭くなっていたことに気付き、玄弥を見直していた。
小学生の先輩たちもまた、葦人や神子の丑山 涼太から玄弥のことは聞いていたが、親が長老たちの話しを信じているので半信半疑だった。でも、今日の頑張りを見て自分たちの目を信じることにしたのだった。
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根津の地域にある修練場で、小1から小6までの幼鳥と呼ばれる子ども達は、月・水・金で毎回山の中の走り込みをする。そして、その後は曜日によって習う武術が違った。学年ごとに分かれて若鳥と呼ばれる中学から高校程度の年齢の年長者と一緒に、成鳥と呼ばれる大人から修練を受ける。
今日、玄弥達1年生と1つ上の2年生が受けたのは、中学1~2年生と共に体術の修練だった。体捌きに殴打や蹴り、投げ技が混ざった戦国時代から使われていた体術で、時に暗器を持って戦うこともある実戦技だ。
とはいえ、1年生が最初に習うのが受け身なのは柔道などと一緒。床に落ちた時に衝撃を逃がす練習を付けられつつ、玄弥達は中学生の修練を見学した。
中でも玄弥と銀河が目が離せなくなったのは、滝沢 時雨という中2の先輩だ。彼は後ろに目が付いているのかと思うほど、不意打ちにもかからず的確に相手を倒していた。2人は素直にすごいと感じて憧れた。
「ギンちゃん、あの人すごいよね」
「うん、どこから来てもちゃんとよけるし。……後ろに目があるみたい」
「さすがに後ろに目はないだろう?」
玄弥と銀河の話に秋金がつっこむ。が、そばにいた指導者の大人が笑って話しかけてきた。
「いや……目はないけどさ、時雨くんはちゃんと周りを警戒してるからね。すごい才能なのさ」
へえ~と子ども3人大人の話しを聞いていたが、その様子を本人が見ていたらしい。帰り際に時雨が3人に話しかけた。
「おい、1年生。大人の話しをあんま真に受けんなよ」
「「「え~?!」」」
1年生3人が不満そうに声を出す。
「だってホントにすごいじゃん」
「カッコイイ」
「全然ダメな俺でもすごいってわかる」
口々に1年生が褒めるので時雨の頬が赤くなり挙動不審になった。同級生らしい中学生が、笑いながら1年生3人に言う。
「こいつ、褒められてどうしていいか分からないだけだから。まああんまり言わないでやって」
「あー……なるほど。ゲンちゃんの大きくなったバージョン」
秋金が知ったような口を利くので、じろっと玄弥がにらみつけた。それを見て銀河がケラケラっと笑う。それにまたむかついて玄弥が、2人の頭を軽くはたいた。そのまま、じゃれるように1年生たちは道場の外へ走っていく。
「元気いいじゃん。……筋もよさそうだし。なあ、時雨」
先ほど口をはさんだ同級生が時雨に言う。
「まあ……期待はできそうだな。3人いたけどあの2人の方」
時雨はしっかり玄弥と銀河を認識していた。後輩に強くなりそうなのが入ってきて、少しだけわくわくしていた。それを口に出して言わない時雨だが、周囲にはバレていた。大人や中学生たちは、微笑ましく時雨の様子を見ていた。
その後、玄弥と銀河は時雨をお手本にして、めきめき力をつけていったのだった。
まだ続きます。続きも読んでくださるとうれしいです。
玄弥の成長が主軸なので、結末も決まってて脱線はあまりできませんが、「こんなエピソード読みたい(アップ済以降の部分)」みたいなご意見いただけたら踊って喜びまする(謎)。
遅筆、下手の横好きゆえ実現するかは保障できません。平にご容赦を。