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03.1年生は大忙し(1)

 小学1年生になった玄弥(げんや)の生活は、とても忙しいものになった。普通の子どもは学校だけでも慣れるまで大変だが、集落の子どもは神子(みこ)でなければ修練を受けることになる。玄弥の場合は長老会が認めていないが、神子としての練習も必要だった。それだけ毎日が忙しくもなる。

 

 小学校は西隣の本村(ほんそん)夢先村(ゆめさきむら)にある学校へ通う。朝の登校は幼稚園へ行く子ども達と同じく、バスがある。外部から集落を訪れる身分を隠した客が通る道は、目くらましがあって普通の人に見えないので、通園・通学バス用に隠れた生活道路が猿渡家(さるわたりけ)の地域の裏から通っている。

 

 バスに乗るのは集落の全学年の小学生と、親が忙しく送迎をバスに任せた幼稚園児だ。最年長の葦人(あしと)たち6年生が点呼を受け持って、全員揃うと7時半には出発して8時頃には学校に着いている。

 

 新1年生は玄弥の他は、幼稚園が一緒だった子どもが2人。沢渡(さるわたり) 銀河(ぎんが)とはよく遊んでいて仲良しだし、神子のことでたまに話す戌井(いぬい) 紅葉(もみじ)とも普通に話しをしていた。あとは幼稚園には来なかった少し離れた地域の分家筋の子ども達が2人いたが、玄弥は大人たちのうわさに振り回されることなく楽しそうに学校へ通っていた。

 

 帰りはバスを使う者とそうでない者がいる。幼稚園児は親が迎えに来る場合もあるが、バスに乗る小学生は神子か、その他長老会が見込みなしと修練を外したか、本人が嫌がった表の生活組だ。

 

 バスに乗らない小学生はというと、実は修練の一環で歩いて帰宅する。まず玄弥たち1年生の1学期は普通の道。だんだん高学年になると山中の道や獣道を行き、速度も上げる。

 

 そんな修練のための帰宅は、新学期が始まって1週間後から始まった。今日はその1回目だ。

 

 歩いて帰るのは、まず運動神経抜群の猿渡 銀河、神子であることは認められていないので修練に参加する玄弥、根津家(ねづけ)の分家の子安(こやす) 秋金(あきかね)猪俣家(いのまたけ)の分家の猪目(いのめ) 桃香(ももか)、それとなぜか神子なのに戌井 紅葉が付いてきていた。

 

「なんで紅葉ちゃん付いてくるの? 大変だよ」

 

 桃香が数か月先に生まれたからかお姉さん風を吹かせ、気遣うようなことを言う。

 

「う~ん。ちょっと興味があったから~」

 

 あっけらかんと紅葉が言う。

 

「え~? 俺だっていやなのに。なんでかったるいことわざわざすんだよ。もうバス間に合わないのに」

 

 やる気がなさそうな秋金がぶつぶつ文句を言うと、前の方を歩き始めた銀河が大きな声を出す。

 

「おーい。おいてっちゃうぞ~」

 

「ギンちゃん待ってよ。すぐ行くから」

 

 慌てて玄弥は返事をして、振り返ると紅葉に言う。

 

「紅葉。外神殿の中じゃあんまり動かないだろ? この道けっこうきついんだよ。ギンちゃんのことだからかなり速く歩くからね」

 

「うん、それでも歩いてみたい」

 

 玄弥と秋金は絶句し、桃香はため息をつくと、紅葉に言う。

 

「あー。しょうがないね。きつくなったら……秋金、一緒にゆっくり歩いてよ」

 

「は? なんで俺?」

 

「だって「かったるい」んでしょ? かねっち」

 

 と、お姉さんぶる桃香が、さっきから文句たらたらだった秋金をからかう。

 

「……いくよ」

 

 玄弥が本気出して銀河を追いかけ始める。秋金と桃香も紅葉を連れて、少し遅れながら歩き始めた。

 

 少し先をちんたら歩いていた銀河は、玄弥がやってきたのを見てスピードを上げだした。それを見て意地になって追いかける玄弥。他の3人が追いつけないぐらい先に行ってしまった。

 

「……なにあれ。どんだけ元気だよ」

 

 秋金がまた文句を垂れる。その様子に紅葉が笑う。桃香はお姉さんぶって鼻で笑う。3人は仲良く普通の速度で歩いていく。かなり時間がかかりそうだが、後ろの3人は楽しそうだった。

 

 しばらく玄弥は先行する銀河を追いかけ、ちょうど山を越える峠の上に出た。

 

 この峠から先、集落の人間以外には、ただ窪地に雑木林が広がって見えるように目くらましがされていて、山越えの舗装道も一見そこで途切れていた。そこで止まって銀河が今来た側を眺めている。どうやら飛ばし過ぎたから少し休みたかったようで、ついでに玄弥よりもっと遅れている3人を待つようだ。

 

「ギンちゃん速いね。……秋金達はまだまだだよ」

 

「あー。遅いなぁ。これじゃ昼ごはん遅くなるな~」

 

 ぼやく銀河をあははと笑う玄弥。と、玄弥は近くの木の根元に何かあるのを見つけた。その時、足元にもこもこしたものが寄ってきた。

 

「え? こんなところに子猫?」

 

 玄弥の驚く声に振り返った銀河も目を丸くした。頭から背としっぽがサバトラでおなか側が白い、2か月ぐらいの子猫だ。玄弥が膝をついて子猫に顔を近づけると、子猫は玄弥の太ももに両前足を乗せ、ふみふみと動かした。目は明るいこの場所だとヘーゼルで瞳孔が細いが、きっと薄暗がりではくりっとした丸い目になりそうだ。

 

「うわー。かわいいなぁ、こいつ。玄弥~飼うの?」

 

 活発で男らしさが出てきた銀河だが、かわいい動物が好きらしい。目じりが下がってメロメロな顔になっている。

 

「いやー。どうしようかなぁ。……旅館だから嫌がる客がいると困るし……」

 

 そこへ遅れていた3人がゆっくりやってきた。そして、女子2人が子猫に気付いた。

 

「「いや~んかわいい!」」

 

「をいをい。よだれたらすなよなっ」

 

 秋金が憎まれ口を言いつつ、玄弥の手元を覗き込んだ。

 

「うわ。ねこかよ」

 

「へ~? 根津家のあたりじゃ、やっぱ猫は怖いのっかな~?」

 

 ちょっと猫を小ばかにしたように聞こえたので、玄弥は笑って「()」の家の分家筋の秋金をからかう。

 

「ち! ちげーよ。ちょっと……言っただけじゃん」

 

 玄弥は秋金をこれ以上構わず、紅葉にひょいと子猫を渡した。

 

「ちょっと見てて」

 

 そして、先ほど気になった木の根元へ近寄る。銀河が付いてきた。フタの開いた段ボール箱が打ち捨ててある。2人で覗くと中はあの猫の毛もあるが他の色の毛も付いていて、何か所かくぼんでいる。どうやら何匹か一緒に捨てたらしいが、他の猫は見当たらない。

 

「たぶん、他のは誰か連れてったか。……鷹とかトンビが持ってったね」

 

 銀河がシビアなことを言う。確かに、小さな猫の足では遠くに行けはしない。銀河の想像通りなのだろう。玄弥もうなずいた。

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