20.民草の心。(4)
「お前もなんか、抱えてるみたいだな~」
「え? ……」
晴秋が冬司の頭をポンポンと撫でた。
「いや、密偵として結構頼られる連中ってさ、色々と抱えてるやつが多いのさ。まあ誰が何を、とか内緒だけどね」
晴秋が改めて考えると自分もそうだが、緑ヶ丘の支部長の鮎彦、最近頭角を現している時雨、今あそこでもみくちゃにされていた玄弥、みんな家族とうまく行っていなかった連中だ。それはいいことなのか悪いことなのか。気が付いた晴秋も何とも言えない。
「おじさんも抱えてるの?」
「いや、今は「抱えていた」だね。何とか居場所がある」
「そっか。じゃあ、僕も頑張らないとね」
そんな決意をしている冬司を見て、晴秋はもっと子どもらしい時間があっていいのに、とつい、そんなことを思った。
「まあ焦ってもいきなり大人にはなれないんだからな。少し、子どもの時間も楽しんでおいた方がいいぞ。そのうち、後輩を指導するにも困るからね~」
そんなことを晴秋は老婆心で言う。冬司は納得しなかったが、気遣ってくれたのは分かったので、とりあえず頷いた。
「さて、開いた本来の目的を忘れちゃいかんな。……進学や仕事で東京方面に出たいやつ、こっち集まれ~」
晴秋は修練生の中でも年が上の方の集団に声をかけた。あと10日ほどでセンター試験に挑む高校3年生は、息抜きがてら来ている。受験したい大学が東京方面の者は、試験も気になるが今後の生活のことも気になるので、晴秋のもとに集まってきた。
「玄弥くん、君もおいでよ。例の大学教授の見張り役だって聞いてるよ~。必要だろ?」
晴秋の言葉にゲッといいそうな顔をしながら、玄弥も近寄る。どうやら鮎彦から聞き及んでいるようだ。
「……まだ、清風大学に行くとは決まってませんよ。それに、俺だって苦手あるし」
「えっ? 玄弥に苦手な科目があるのか!?」
「マジで? うそだろ?」
「銀河の苦手とはダンチだろうぜ」
周囲の修練生がざわついて、最後の一言を言った者は銀河に投げられていたが、玄弥とて人の子、苦手なものだってある。とはいえ、赤点になったことはないが、1学期の期末考査で頑張りすぎたらトップになってうっかり注目されてしまったので、最近玄弥は不自然でない程度手抜きをしていた。実の所近頃、緑山のことや鈴木家の周辺警戒など、学外が忙しいから、あまり考えずとも成績は下がり気味だ。
「俺はあまり集落に戻らないからさ、こっちの方に進学したら必要かもしれないだろ? その程度でいいのさ」
そう言いつつ晴秋は、集まった高校生たちに名刺を渡す。「飲食店プロデュース ヨウムハウス 代表 猿田 晴秋」とある。少し光沢のあるシルバーグレーのカードで、縁に近い所に一か所羽の型押しがあった。ちなみにヨウムはオウムの一種で、色味はグレー系の地味な姿だが、かなりグルメで餌を食べる場所にもこだわる鳥らしい。飲食店経営の事務所兼、成鳥の巣らしいといえばらしい社名だった。
「別に俺の会社の宣伝じゃないよ。この名刺は顧客に渡しているやつじゃないから。これが、夢先の杜関係者の証明書。俺の事務所や店でこれを見せて合言葉が言えれば、東京支部が助けてやる」
「助けるってどういうことから?」
北斗が周囲の連中も思っていることを代表して訊く。
「集落からの指示で動いている時はもちろん、プライベートで悪い連中に目を付けられた、なんてことでもさ。以前は、ホステスのお姉さんに後を付けられて撒くのに協力、ってこともあったなぁ」
「え~? そんな下らない事でもいいんですか?」
「あんまり嬉しくないけどね~。あとは、こっちから協力を頼むかもしれないけど」
「うわー。それはこっちが嬉しくない!」
高校生たちがイヤそうな顔をして言い返す。最近人手が足りないと分かっているので、たぶんそうなりそうだと彼らには分かっていた。でも、全く知らない場所で新しい暮らしをするのだ。場所によっては、学内に先輩もいないだろう。そんな所で少しでも頼れそうな場所があるのは、彼らにとってありがたいことだった。そして玄弥も、うまく清風大学に進学するとなったら、きっと晴秋のところに挨拶に行くんだろうな、と思っていた。
***
それから時は下り。玄弥が外神殿の実行役として、集落に侵入を試みる連中を神力で懲らしめた、数日後のことだった。
東京のオフィスビルが立ち並び、しかし喧騒のある新宿や渋谷にない落ち着いた雰囲気の街。その谷間のような緑の多い一角に、一般人が気にも留めない和風建築が建つ。簡素な門の外からは全く窺い知れない中には、日本庭園を眺められる小さな料亭があった。
その奥まった座敷に、次の選挙への出馬をしないと表明した竹田 正信議員は案内された。党の派閥議員の勉強会が開いた新年会で会食した帰り。服装は普段通りの紺系スーツだ。
「お連れ様がお越しになりました」
中からの軽い返事に、膝をついた仲居が障子戸をすすっと開け、竹田を中へ通す。
「ああ、よく来たね。まあプライベートだから気楽に」
声をかけて来たのは、座敷の中でにこやかに微笑むグレーのスーツの好々爺。いや、そう見える老獪な人物。国の首相になったことはないが、党の三役と言われる仕事に就いたこともある、今は引退した政治家だった。竹田は老人へ一礼すると、席を用意されていた下座側へ移動した。仲居が障子戸を閉める。竹田はさっと座布団の脇へ正座し、老人へ頭を下げた。
「お久しぶりです。私をお呼びとは。意外な人選でいらっしゃる」
老人と対面するのは未だに緊張する竹田だが、それを表に出さない程度強かではあった。
「そんなに意外かね。そろそろ私が出てくると考えてると思ったが。……買いかぶりだったかな」
竹田はもちろん、先日の失敗のことで先輩議員が出てくると思っていた。だが、ここまで大物が自分を呼びつけるとは思わなかったのだ。先輩からせいぜい小言を頂戴し、謝罪する程度のことと考えていた。それが、どうもかなりの大波が起こっていたらしい。姿勢を戻した竹田は顔に笑みを張り付けているが、冷や汗が背を伝う。
「いえ、私の不勉強でございます。至らず申し訳ございません」
老人の意図を竹田はまだ汲みきれていないが、まずは謝罪を口に出した。




