02.穢れの洗礼(2)
夢先杜の集落は夢先神社の氏子ばかりだが、江戸時代から続く習慣でカムフラージュのために、遺体の葬儀は仏式で行うようにしていた。御霊送りは既に神子が行った後だからこれは形式的な葬儀なのだが、辰巳家と門馬家の当主同士の様々な取り決めの話し合いの場でもある。
門馬家は家業が旅館だが分家も管理していない領地があり、それを隣の辰巳家へ農地として貸している。そこから何割かを辰巳家へ渡し翌年分の米を得ていて、その取り決めは眞白が嫁いだ時に決めた物だったことから、今後の契約を話し合うのだ。
大きな座敷の中に大勢の辰巳家に関わる人々が詰めていた。その末席辺りに葦人と玄弥は、時人達大人と離れて座った。やはりどれだけ故人と縁が近いかで席順があるのだ。
その隅っこにいても、玄弥は嫌な視線をたくさん感じた。
「あれでしょ、あの黒い髪の」
「ホント、本家筋なのになんで色味が濃いわけ? 気味が悪い」
「眞白様もどうしてあの子ばかりかわいがったのかしら。確かに顔は整っててかわいいけど。分家筋にも構って欲しがる子ども達がいるってのに」
「そうね~。あの子が構われたがってたのかもね~。だって親たちが無視してるって噂じゃない?」
口に出して嫌みを言うのは女たちだ。男たちはただ、一度視線をよこして、そして無視を決め込んだ。
玄弥はお焼香の間は耐えた。お経をあげる僧侶の近くはまだ息ができて耐えられたが、そこから末席へ戻るまででどんどん気分が悪くなり、たどり着いたところでくずおれた。
「玄弥!」
とっさに隣を歩いていた葦人が玄弥に手を伸ばし、頭を打ち付けるのを防いだ。葦人が時人の方を見ると、時人は頷き2人に先に出るのを促した。時人のいとこにあたる門馬旅館の女中頭、松子が近くの席からやってきて、玄弥を抱きかかえると葦人と共に辰巳本家から出た。玄弥を幼少期から世話してくれていた松子は、やはり心配して見ていたのだ。
「とりあえずおうちの子ども部屋へ運びましょう」
松子が言い葦人が頷いたとき、苦しそうに玄弥が言う。
「だめ。……お母さんの調子が……悪くなる……」
母の弥生は今妊婦なので旅館の留守を見つつ自宅にいる。本館へ戻ってすぐ、時人と弥生はこれまでが嘘のように打ち解けるようになって、半年ぐらい前に妊娠が分かった。玄弥には今の不調は、どうやら周りの悪感情のせいで、自分が何かを抱えてしまったと分かっていた。だからその悪い物が自宅で周りに出て、また弥生に悪いことが起きることを恐れていた。
「あのね、眞白おばあちゃんが言ってた……、うちの旅館の離れに……」
玄弥の言葉にはっと気づいた松子が頷く。松子は葦人に説明しながら足を進めた。
「葦人さん。従業員でも本家から離れている家の者は知らない者がほとんどですが、ゲンちゃんが言う離れは、時々神子の方々にお貸ししているんです。神力の使い方の練習に人目があると困る時とか」
「わかった。そこに玄弥を運び込もう。父さんには僕が言う」
旅館の離れは旅館の中庭の反対側、裏門に近い所に植木に隠れたようにある。葦人と松子は玄弥をそこへ連れて行き、布団に寝かせた。松子は玄弥の着替えや飲み水などを取りに、本家の自宅の方へ行った。
その間葦人が玄弥を見ていたのだが、玄弥の手を見て彼はぎょっとした。玄弥の爪が薄く黒くなっている。
「玄弥。大丈夫か? まだずいぶんキツそうだけど」
葦人のかけた声にうっすらと目を開ける玄弥。
「兄ちゃん。……外神殿の神子と……話さないと」
玄弥の急な話しに、理解できない葦人。
「ど……どうして? 外神殿に行くのは長老会が認めなかったんだろ? 僕には知り合いの神子ったって丑山家の涼太ぐらいだし……」
玄弥はしばらく迷ったいる様子だったが、不調を押して葦人に話し出した。
「あのね……これは神子以外の人たちは……知らない話だから、……兄ちゃんは誰にも言わない……でほしいんだけど」
「そんな重要な話し? 俺、聞いていいわけ?」
「うん……兄ちゃんは……悪いことに使わない……と思うから……」
玄弥は唇を軽く舐めてから、重要なことを話した。
「神子はね……覚醒の夢のほかにも……大事な夢を見るんだ。……誰かが十五夜の夢を見た……次の夜にね、神子のみんな……にお披露目の……夢があるんだ。だから……僕は神子のみんなと……知り合いだよ」
「じゃあ、長老会が無視して外神殿へ行けなくても、神子様たちは玄弥を知ってる?」
「そう……大人の神子様が言ってたよ。……夢を見たって長老会に言うのはね、……外神殿に誰が住むのか教えるため……だって。……神子は夢に頼らなくも……覚醒前でもなんとなく……わかるんだって」
「だから、眞白おばあちゃんは玄弥に色々教えてたのか……」
眞白は陽一のひ孫である葦人と玄弥に、分け隔てなく優しかった。が、それ以上に玄弥が両親や祖父母に教えてもらえなかったことを分かって、フォローをしてくれていた。
それが、辰巳家の一族からは「やりすぎ」に見えてしまった。それが今日のあの鬱陶しい嫌みや悪意のある視線だったのだ。葦人は今さらだが、両親や祖父母の「これまでと違うこと」を勝手に悪いと感じた頭の固さに、なんとも言えずうんざりした。
玄弥が5歳で覚醒した報告をしたことで、時人が玄弥と話をするようになり、弥生が本館へ戻ってきたら、少し玄弥と話すようになった。だが子ども心に遅すぎたと葦人は思う。
「じゃあ玄弥。今、どんな様子なのか知らせるだけでいい?」
話を聞きながら、1つ連絡する方法を思いついた葦人が、玄弥に訊く。玄弥はうなずく。
「……わかった」