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00.隠れ里の異質な子(1)

 その集落には神が下りる神域(しんいき)があった。


 異世界のことではない。今よりちょっとだけ昔。バブル崩壊などと言われていた時期の日本がこの話の始まりの時間軸だ。


 古からこの日本という国は八百万(やおよろず)の神が信じられてきた。その後、ちょっと海外の文化に影響され、便利な文明の利器の恩恵で「神」や「仏」から「妖精」「妖怪」といったものは、勝手に「存在が怪しまれるもの」に一括りにして考えないだけのこと。


 その人の大事な場面や人の生死にかかわる時など、勝手に思い出して勝手にお願いする。それが最近の日本人だ。


 ただ、集団の上に立つものにとっては、未だ人知外(じんちがい)の力に敬意を表す姿勢が残っている。現代でも秒単位のダイヤを運行している鉄道会社や、ETCなどの電装機器を行使した最新の高速道路の事務所には神棚があり、毎朝水を替え責任者が柏手(かしわで)を打っている。都心部の一等地に居を構える大企業が、自社ビル建立でご迷惑をかけてしまうお稲荷さんをなくさず、屋上に社殿を作ってお移りいただいている例もある。彼らは人の力の及ばない事で、少しでもそこに関わる者たちの運を授かって良い方に向かいたいのだ。


 それは国などの機関にも言えることで、「政教分離」が現代国家で当たり前になっているのだが、アメリカ大統領は宣誓する際に聖書を手に誓うように、宗教団体が国家の決定に横槍を入れる権限をなくすだけのことで、精神安定のために心の片隅に人知の及ばないものへの何かしらの信心はあるようだ。


 日本の国でもそれは未だに信じられている。現人神(あらひとがみ)が人間宣言して政治や宗教の権限を行使しなくなって久しいが、特殊なケースで人ならざるものの意を確認したかったり、普通の人ではたどり着けない秘密を手に入れたかったり、占いなどと言い換え得てして人は神というものを利用したがる。


 古よりそういう需要に応えてきたその集落は、未だに「隠れ里」として存在していた。


 集落の名は「夢先杜地区(ゆめさきもりちく)」。夢先神社(ゆめさきじんじゃ)という神社のある小山を囲む盆地で、代々神社の神子(みこ)を輩出する「夢先の杜十二家ゆめさきのもりじゅうにけ」とその分家のみが住んでいる。十二家は神社の周囲を干支十二方位(えとじゅうにほうい)に区切り、盆地の外縁近くにそれぞれ本家があり周囲の分家を取りまとめていて、彼らの年長者が「長老会」という意思決定機関を取り仕切っていた。


 この「夢先神社」の神子は、その辺の神社の一般人がバイトでやる巫女さんなどとは違う。本当に神から何かしらの力をもらったスキル持ちだ。だから「長老会」は神子が権力者に連れ去られたり、いいように利用されることを警戒して、神子と外の者が勝手に会うことがないように管理した。


 そして、十二家とその分家に生まれたが神子にならなかった子ども達は、神子を守る盾になり、また依頼が今いる神子にできるかを判断する調査員として、「密偵」の修練(しゅうれん)を受けていた。その適性もない子ども達は、十二家の表の仕事である集落の仕事や外の仕事に就き、そうやって集落は回っていた。


 ***


「まったく。台風1つ移動させるのだって大仕事なのよ。簡単そうに受けてくるけど」


 そう文句を言いながら、夢先神社の中央祭殿(ちゅうおうさいでん)で集中していた気をふっと抜き、アラ還ぐらいの年の女性が儀式を終わらせていた。細面で整った顔立ちの彼女は辰巳(たつみ) 眞白(ましろ)。巻き癖のある短く整えた髪の色は名前の通り真っ白だが、この色は生まれつきの色で、肌の色も染み1つなく白い。瞳の色も色素が薄いからか赤っぽい色をしていて、華奢な体格と相まって集中している時は人外の者のように見えた。今は集中を解き、普段の話しやすい女性に戻っている。


 神子の力は古来(こらい)なぜか体色が薄い者に宿ってきた。彼女の姿は神子の典型的な色味で、特に強い力を宿した者の色だ。彼女のフォローに入っている中年男性の神子は、髪色が薄茶で瞳の色も茶色。台風に近い場所へ行っている若い神子「代行者」から「遠見(とおみ)」の力で情報を得て指示を出すのだが、彼女より神力は弱かった。


 明るくきっぷの良い眞白は長老会の男衆から「お天気屋」などとからかわれているが、天候を変えるほど気圧に影響を与えられる力の強い神子だった。元寇(げんこう)の頃にも同様のスキル持ちが協力した記録が集落にある。彼女の能力は「神風(かみかぜ)」だ。


 今回は台風が思ったよりも日本列島に多く訪れそうなため、農業に打撃をこれ以上与えたくない上の方からの依頼で、台風の進路を1つ()らす仕事だった。彼女の苦言に苦笑しながら、様子を見守っていたフォロー役の神子が飲み水と汗を拭くタオルを差し出したので、眞白は受け取りタオルに顔をうずめてため息をついた。


「夢先の杜十二家」は、先の大戦でも国の裏方からほぼ強制的に協力を求められ、まだ子どもだった眞白も参加していた。広島に前代未聞の爆撃があった後、小倉などの軍の重要拠点上空へ雲を流したが、残念ながら次の実行阻止はできず今の歴史がある。眞白にとっての嫌な思い出だ。もう戦争などに手を貸したくはない。日本の国が憲法で戦争を放棄していることがありがたかった。

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