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揺れる赤

嗣春(つぐはる)は、あの赤い石に目を奪われていた。

スケルトンの小隊———その剣士の胸元で揺れていた赤いペンダント。


基本的に、小隊の骸骨たちは、剣や盾などの武具、それに簡素な防具といった装備しか身につけていない。

だが、剣士だけは違っていた。ただ一体、彼だけが――その首に、赤く光る石をぶら下げていた。

なぜ、それだけが装飾品として許されているのか。あるいは、ただの装飾ではないのかもしれない。


気がつくと、スケルトンたちが再び動き出していた。

まず動くのは、やはりあの剣士。


その初動はいつも他の者たちよりもわずかに早い。

まるで、その動きが起点となり、他の骸骨たちが後に続いているかのように見える。


この森に入った直後、小隊がこちらに気づいた時も。

これまでの規則的な足跡を急に変え、森へと進路を曲げたその時も。

その動きの起点は、剣士だった。


「あれが、何かの印なのだろうか」


――そこまで考えたその時だった。


魔猪(まちょ)の巨体が、びくりと跳ねた。

黒い毛皮の下で肉が不自然に盛り上がり、波打つように(うごめ)く。

即座に空間に魔法陣が形作られ、その瞬間、閃光とともに爆風が森を(はし)った。


「――っ!」

咄嗟に嗣春は身をかがめ、木の陰に飛び込む。

熱風が木々の枝葉を薙ぎ払い、枯葉と灰を巻き上げて突き抜けていく。


爆風が通り抜けるとともに、視界の端で何かが光った。

――赤いきらめき。


剣士の首にかかっていたペンダントが、爆風に吹き飛ばされ、宙を舞っていた。

嗣春は、無意識にその軌跡を目で追っていた。


輝きは弧を描いて飛び、彼のすぐ数メートル先に落下する。

地に落ちたペンダントに光はない。


嗣春の好奇心が(うず)く。

少しの逡巡。


振り向くと、爆風で吹き飛ばされたスケルトンたちが、地に散らばっていた。

皆肢体をもぞもぞと動かしているが、すぐには起き上がれないようだった。


だが、一体――盾を持った骸骨の戦士だけが、かろうじて立ったまま揺れていた。

盾が爆風を防いだのか、姿勢は揺れているが崩れてはいない。

そして、その空洞の眼窩(がんか)はまっすぐ――ペンダントを見据えていた。


ぎし……と、骨の節が軋む。

盾の戦士が、一歩、こちらへと足を引きずるように踏み出す。

ゆっくりと、だが明らかにペンダントへと向かってくる。


嗣春は――反射的にペンダントに手を伸ばしていた。


取らなければ、取られてしまう。

これ以降このような機会は訪れないかもしれない。

その思考が形になるより先に、身体は勝手に動いていた。


骨の手がペンダントを拾い上げる――その瞬間、ペンダントが、またふわりと光を帯びた。


その刹那、背後の音が消えた。

世界がぴんと静まり返ったかのような感覚。


嗣春は、はっとして振り返る。

スケルトンたちが――まるで時が止まったかのように、その場で静止していた。


倒れていた弓兵、槍使い、魔法使い、剣士。そして、盾の戦士までもが、ペンダントの方を向いた状態で硬直している。


嗣春は思わず身を引いた。


目などあるはずもない頭蓋骨たちの顔面――しかしそれでも、”見られている”としか言いようのない、奇妙な圧力が、彼の全身に注がれていた。


手元の赤い石の光が強まる。

嗣春は、持っていたペンダントを見下ろした。

それは、今までの石の光よりも、強く――けれど柔らかく、胸の内に染み込むようだった。


同時に、不思議な感覚が走る。何かが――自分の内部に繋がってくる。


線が結ばれ、全身につなぎ合わされるような――

全身に張り巡らされた細い糸に、熱と重みが流れ込んでくるような感覚だった。


その直後、倒れていたスケルトンたちが、ゆっくりと立ち上がり始めた。

ぐらつきながらも、各々が自分の武器を拾い上げる。

骨の節が軋み、僅かに骨が地を踏む音が森に広がる。

静かに、慎重に、だが確かに整然と。


しかし嗣春は逃げようとも、ローブで隠れようともしなかった。


――嗣春は感じ取っていたからだ。

彼らの“感触”が、嗣春の内側に入り込んできていた。

彼らの動きの――踏み込みの圧、骨が軋む手応え――それらが、言葉にならない“感触”として、身体の内側に流れ込んでくる。


明確な視覚でも、聴覚でもない。

離れながらにして、すぐ隣に居るかのようにスケルトンたちの状況や感触が五感として直感的に理解できる。

ただ、ペンダントを通じて、“自身の身体に入り込んできた”としか言いようのない感覚だった。


そして、こちらに来るその歩みの感覚に、嗣春への攻撃の様子は感じられなかった。


嗣春は、そっと胸元にペンダントをかけた。


冷たい石が肋骨の間に触れる。


気づけば、スケルトンたちは再び隊列を整えていた。

しかし、その中心にいたのは剣士ではなく――嗣春だった。



***



森を歩く。

腐った葉の湿った匂い、折れ枝を踏みしめる音。

季節も時間もわからない静かな森の中を、六体のスケルトンが嗣春を中心に、隊列を成して進んでいる。


先頭には、片手剣を構えた剣士。その左右に、分厚い盾を掲げる戦士と、しなやかな長槍を構えた槍使い。嗣春はその後ろ――ちょうど隊列の中心に位置し、その背後には弓兵とローブをまとった魔法使いが続いていた。


嗣春は、歩きながらも胸元のペンダントに時折視線を落とす。


(これ……本当に、俺が率いてるのか?)


何かを命じたわけではない。ただ、自分が歩くと彼らも動き、立ち止まれば静止する。

方向を変えれば、そのまま全体がずれるように動く。

たしかに、ペンダントを身に着けたことで自分が“起点”になったようだ。


だが、それ以上に奇妙だったのは、身体の内側に流れ込んでくるような――説明しがたい“感覚”の存在だった。


嗣春はふと歩調を変えてみた。


すると、その瞬間、背後の二体が軽くつまずく感触が、まるで自分の足に乗り移ったかのように伝わってくる。

誰かの歩幅の変化や、足場の不安定さ、骨が軋むような微かな圧――

それらが、視覚や聴覚ではなく、嗣春の身体にじんわりと染み込んでくる。


(……共有されている)


(でも……それだけで、あの連携ができるのか?)


思い返すのは、あの戦闘。

あれほど巨大な猪の怪物と、わずか五体で互角以上に戦い、勝利した。


全体としての動きは明らかに洗練されていた。立ち位置、タイミング、攻防の切り替え……それは偶然では説明できない精度だった。


(俺が今のように単に五感を共有されても、同じ動きはできそうにないな……)


まるで全員が、もっと深く何かを共有していたかのような――


その時。

森の奥で、かすかに金属の軋むような音がした。

「……!」

嗣春の足が止まる。


そして胸元のペンダントが、光った。

短い点滅。


ペンダントが光るとともに何かが“届いた”ような気がした。

いや、届きかけた、と言った方が正確だろうか。


言葉も映像もない。ただ、重たい圧のような感覚だけが、ペンダントから体を通り頭の中にかすめた。誰かが“何か”を投げかけてきた――そんな感触。


それが体を流れ全身を駆け巡った。

けれど――それはすぐに、するりと滑って消える。


(……今の、なんだ?)

嗣春の中で受け止めきれず、空振りしたように虚空へ消えていった。

何かの“接続”が、一瞬だけ成立しかけたが、うまく噛み合わずに滑っていった――そんな感覚だった。


その時、再び同じ方向で音がした。


風が揺れ、木々がわずかにざわめく。

獣の咆哮。地面を蹴り上げるような衝撃音。なにかが暴れている音が、風に乗って届いた。


森の奥。視界の先で、黒い塊が木の間を押し分けて姿を現す。


(また……魔猪!?)


スケルトンたちは、何も言わず、ただ静かに佇んでいる。

思わず背後に手を回し、剣の柄を探る。脚に力が入り、体勢を整える。


――ペンダントが再び、淡く光った。その光は今までにない熱を帯びていた。

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