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沈黙の連携


森の奥、葉擦(はず)れの音すら途絶えていた静謐(せいひつ)な空間では、今や骨の乾いた足音と獣の低いうなり声が交錯していた。


嗣春(つぐはる)は、巨木の陰に身を潜めながら、その光景を見ていた。


スケルトンの小隊は五体。すでに戦闘態勢だった。


重厚な大楯を構えた戦士、鋭い長槍を握る槍使いが前列に立ち、後方には弓兵とローブをまとった魔法使い。


そして――隊の中心には、ペンダントを首にかけた剣士。

その手に握られた剣は、夜の闇を切り裂くような銀色で、鏡面のような刃がわずかな光を拾いながら静かに揺れている。


両足をゆるやかに開き、構えている重心は低い。

その姿は、まるで優れた剣士の動きをそのまま焼き直したかのように洗練されている。

ペンダントの赤い石は、戦いの予兆に呼応するように、ぼんやりと淡い光を宿し始めていた。


対峙する黒い塊――魔猪(まちょ)とでも呼ぶべき異様な巨体は、全身が黒々とした剛毛に覆わていた。


鼻息は熱を帯びて周囲の空気を揺らす。

ねじれながら上向きに突き出した牙は凶器そのものであり、鉤爪(かぎづめ)のように鋭い。


その巨体が、突如として弾けるように地を蹴った。


――突進。

砲弾のような質量が地を割って駆け抜ける。苔が捲れ、湿った土が爆ぜたように舞った。

迫りくる黒々とした塊。その中で赤黒く光る目。


即座に盾を構えたスケルトンが前へ出る。

両腕を突き出し、全身で衝撃を受け止めにかかる。

しかし、次の瞬間、その体は宙を舞っていた。

戦士は背後の巨木に叩きつけられ、激しい衝撃音が森に響く。


骨が砕けるような響く音――だがその骨は崩れ落ちることなく、淡い輝きを帯びながら再びゆっくりと立ち上がり始めた。


(……あれほどの衝撃でも壊れないのか?)

驚きのあまり嗣治はおもわず潜んでいた木から身を乗り出す。 


小隊を突き抜けた魔猪は突進の勢いを止める。


だがその突進直後の隙――

その一瞬をついて横から別の影が跳ねる。

槍使いが横から踏み込み、獣の脇腹に鋭く槍を突き立てた。


獣が怒りの咆哮を上げ、反射的に首を横に振る。

そのまま猪は首を引き、地面に接するように頭を下げる。


――牙の突き上げ。


魔猪の巨大な牙が、槍使いの胸部を粉砕しようと迫る。


しかしその寸前、風を裂く一本の矢が魔猪へ飛来した。

魔猪の右目の縁を鋭くかすめ、ほんの一瞬だけ、巨獣の視線が逸れる。


槍使いはすぐさま槍を抜き、身を引いた。

背後へと跳ね、間合いを取る。


一拍の静寂。


骨と骨が擦れる音。魔猪の荒い呼吸。

無言のままの睨み合い。


誰も叫ばず、名も呼ばず。

それでも確かに――スケルトンの隊列は再び整う。

先ほど巨木に叩きつけられた盾の戦士も、何事もなかったかのように前衛へ戻り、再び盾を構えている。


魔猪が後ずさった。


(逃げるのか……?)

しかし、すぐに嗣春の予想は裏切られる。


魔猪は片脚を踏みしめ、頭部を地面に伏せた。


――その瞬間、周囲の空気が濃く沈んだ。

赤紫の紋様が魔猪の眼前に浮かび上がり、魔法陣として形作られる。


(……まさか、こいつまで魔法を……?)

瞬間、空間を震わせるような音が走った。


同時に放たれたのは、濃縮された熱。

炎とも光ともつかぬ、収束されたエネルギーの奔走が、前方へと貫くように放たれる。


スケルトンたちは瞬時に反応し、剣士と槍使いは左右へ散開。

盾の戦士は正面で受け止めるが、その勢いに弾かれる。


その直線状に並んでいた弓兵と魔法使いが、一瞬逃げ遅れた。


熱線が弓兵の腕をかすめ、骨の関節から下が吹き飛ぶ。


魔法使いは咄嗟に、自身の前に薄い光盾を展開。

直撃は防いだが、爆風で吹き飛び、地面を滑るように転がった。


しかし、すぐさま盾の戦士が再び立ち上がり、今度は距離を詰めながら防御姿勢を取りつつ魔猪を牽制する。


その間に、無言のまま他の者たちも動き出す。

咆哮も、掛け声も、戦術的な命令もない。

それでも確かに、隊列は再び整い始めていた。


(すごい。どうしてこれほどまでに連携できるんだ……?)

嗣春は目を細める。

隊列の中心にはいつも剣士。その首に下がるペンダントの赤い石は今も淡く輝いている。


盾の戦士の背後にいた剣士が疾走する。

骨の足が地を叩き、剣が閃く。

次の瞬間には高く飛び上がり、鮮やかな剣筋が走った。

横腹をなぞるような斬撃。


切り口は浅い。


だが、それでよかった。

魔猪が剣士へ意識を向けると同時に、その反対側から槍使いが再び突撃していたのだ。

時間差の挟撃。


獣は咆哮し、体を揺らしながら剣士を吹き飛ばす。しかし、槍は左前脚の腱を正確に貫いていた。


巨体が崩れる。

体が大きく傾き、地響きと共に魔猪の動きが止まる。

支えを失った獣が地面を抉りながら、左足を引きずるようにして起き上がろうと上を向く。


しかしその頭上、既に魔法使いが杖を静かに掲げ、倒れた巨獣へ向けていた。

杖の先端から撃ち出されたのは、光とは言い難い、虚ろな焔だった。


冷たく、沈んだ熱。

それが、魔猪の開いた口腔に、吸い込まれるように入っていく。


次の瞬間――


爆発。


くぐもった破裂音と共に魔猪の巨体が跳ね、そのまま力なく崩れ落ちる。


巨体がずるりと横へ流れ、鼻先が地面に触れる。

最後に片脚が痙攣するように引きつったのち、完全に沈黙した。



骨たちは、何も言わなかった。

ただ、何事もなかったかのように整列し直す。


片腕を失った弓兵は、淡々と地面に落ちた自分の腕を拾い上げ、元の場所に無造作に嵌め直した。


(こいつらは……本当に、なんなんだ……)

崩れて、立ち上がって、協力して、倒す。

戦術ではない。命令でもない。

けれど、明確な連携がそこにあった。


嗣春は無意識に剣士に視線を移し、さらにそれをペンダントに向けた。


ペンダントの淡い光は失われている。

胸の奥で、小さな好奇心の火が静かに灯り始めていた。

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