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緑淵の深林(2)


森の中に、ぽっかりと穿たれた静寂の窪み。

そこに、遺されたように佇む古の建築――石造りの神殿。


嗣春(つぐはる)は、前を行くスケルトンの一団の後を追うようにして、神殿へと近づいた。

神殿の中心部、苔むした石材の床の先には、地下へと続く階段が口を開けていた。


階段の入口には門扉(もんぴ)は存在せず、遮るものもない。


ただ、明らかに無防備ではなかった。

神殿の外縁を描くように広がり、わずかに淡く鈍く輝く魔法陣によって空間がわずかに歪んでいるのが嗣春にもわかった。


それは、侵入者を拒むための防衛術式。

すでに森全体が結界として機能しているこの場所において、神殿の外周は、最終的な“境界線”だった。


嗣春は、その詳細を明確に感じ取ることはできない。


しかし、その見るからに異様な雰囲気が、何かを拒んでいることは理解できた。


スケルトンの小隊が、ためらうことなくその魔法陣の縁を越え、階段の入口へと向かっていく。


(……通れるのだろうか、俺も)


躊躇いながらも、嗣春は一歩を踏み出す。

神殿の輪郭に沿って描かれた円形の魔法陣、その外縁を跨ぐ。


一歩。


骨のかかとが、神殿の床に触れた。


音は――しなかった。

拒絶も、警告も、何も起きない。

ただ、古びた石床(いわとこ)が静かに嗣春の重さを支えた。


(……やっぱり、通れる)


そこに違和感はなかった。


彼は、短く、空気を吸い込む――ふりをした。

肺はない。

だが、その仕草だけが、まだ自分が「人間だった」という事実を確かめる最後の儀式のように思えた。


そして彼は、自らに言い聞かせるように背を伸ばした。


(……これまで俺は、ただ逃げてきた)

“死なないために”だけ思考し、“生き延びる”ことだけに全てを費やしてきた。


だが、今は違う。

神殿の奥にある何か――それが仮に危険であるとしても、彼は足を踏み出そうとしている。


情報を得るために。理由を探すために。

怯えがなかったわけではない。

それでも――彼は踏み出すしかなかった。


このまま流されるだけでは、自分が何者なのかすら、永遠に知ることはできない。


そして、嗣春は一歩、また一歩と、闇の階段を降りていった。

息遣いはない。

ただ、沈黙に淡く響く足音が、深淵へと沈んでいく。


彼の前では、スケルトンたちが、機械のように階段を降りていく。

彼らに迷いはなかった。振り返ることもない。

その動きは静かで、正確で、滑らかだった。


やがて、階段の先にひらけた空間が見えた。

広場のように開けた地下空間は、天井も高く、柱が等間隔に並んでいた。

光源は見えないのに、空間全体はかすかに緑がかった光に包まれている。


その奥には大きな黒い扉が、石壁にめり込むように立っていた。

巨大な黒曜石のような輝きを放つ扉は、荘厳な造形でありながら、魔王城と同質の禍々を湛えていた。


外の神殿が風化と腐朽に晒されていたのに対し、ここは時間の侵蝕を免れているかのようだった。

美しさすら感じられるその扉のを、数体のスケルトンが周囲を警戒するように巡回していた。


(……まるで、警備だな)


嗣春は改めて考え直す。


――森のスケルトン。彼らは野生などではなかった。

この扉を守るため、配置された“衛兵”だ。


嗣春は恐る恐る扉に近づき、手を添える。

石の表面は意外なほど滑らかで、冷たかった。


――動かない。


力を入れても、押しても引いても反応がない。


(……開かない……)


何らかの術式で封じられているのか。

それとも、ただのスケルトンである嗣春には力が足りないのか。

あるいは、そもそもこの扉を開くには何かの資格が必要なのか。


空間の辺りを見回しても扉以外のものはなく、手がかりはなさそうであった。


しばらく地下の広場を警備していたスケルトンの小隊が、やがて階段へ引き返し、地上へと戻っていった。

嗣春もその後を追うように地上へと歩を進める。


夜の森は相変わらず沈黙の帳に包まれていた。


地面を見やると、苔を押しのけるように、スケルトンたちによって刻まれた小道が続いている。

それらは奇妙なほど正確に、まったく同じ軌道を通っていた。

一歩たりとも外れず、何度も何度も、同じ道をなぞってきたのだろう。

スケルトンの進む先にはなおも、その道は続いている。


――しかし突如、小隊の一体が急に方向を変えた。


それまで真っ直ぐに進んでいたはずの軌道を、逸れるように、斜めに曲がる。


急に道なき道へと踏み出すその動きは、それまでの彼らの行動と明らかに違っていた。

それを追うように4体も、まるで連動するかのように続いた。


(……あれ?)


意表を突かれ、嗣春は思わず足を止める。


それまで完璧なまでに同じ道を繰り返していた彼らが、ずれたのだ。

その動きには、計画性というよりも、即応的な反応が感じられた。


スケルトンたちは小道とは異なる方向で、再び森の奥に向かっていった。


嗣春は、物音を立てぬよう、慎重にその後を追う。


森の奥、木々の陰がさらに濃くなったあたりで――

不意に、金属と硬いものが衝突するような甲高い音。


その衝突音は続く。


嗣春はより一層息を潜め、慎重に歩みを進める。

そして嗣春の視界に映ったのは、スケルトンと戦う黒い塊。


4足歩行の、猪に似た獣。

だが、その体躯はあまりにも巨大で、嗣春の知る猪とは大きくかけ離れている。

二本のねじれた牙が生えており、それだけで嗣春の腕ほどの長さだった。


獣は静かに呻き、その瞳は赤黒い輝きを放っていた――

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