何か忘れているような6
私だけの暗闇の世界に突如闖入者が現れた。
その闖入者は自称正義の味方で自分を治しに来たと言うのだ。
突然のことで呆気に取られ、流されるままそいつの指示に従ってしまった。
「もう目を開けてもいいよ」
今度は頭に直接響く声ではなく自分の耳で聞いた言葉だ。
失っていたはずの聴力が復活したことに戸惑いつつ、もしかしてと何処か期待しながらゆっくりと瞼を開く。
光を感じる。何年振りか分からない光で最初は霞んでいた視界が次第にハッキリとしていく。
「う、嘘、また目が見えるようになるなんて」
驚きはそれだけじゃなかった、ふと自分の失った腕が視界に映る、足もある、自分の意志で動かせる。
「あら、女の子だったんだ」
自分と同い年くらいの少女が目の前にいた。そして聞き覚えのある声だった。
「その声!自称正義の味方の頭のおかしい奴!」
「恩人に対してあまりにも失礼すぎる」
「そうだった・・・」
余りにも突拍子のない出来事の連続で失念していた。
少し反省していると恩人は自分の周りをグルグル回りながら舐め回すように見つめて来る。もしかして治療箇所の確認かな?と思い動かずに待つ。
「うーん、最初と比べて随分見違えたね。銀の瞳にパステルピンクの長い髪もマッチしていて非常に可愛いね」
私の容姿の寸評をしていただけだった。
「頭のおかしい気持ち悪い奴」
「恩人に対してあまりにも失礼すぎる。まあいいや、名前は?」
「ラヴィリス」
「ラヴィリスか~、いい響きだね~」
「いちいち気持ち悪いよ」
「これもセクハラになるのか・・・。まあいいや、ラヴィリスもう時間無いから行くよ!」
緑髪の少女が自分の手を引く。
「行くって何処に?」
「迎撃」
「は?」
「これからエルフ狩りの吸血鬼共がラヴィリスの地元を襲撃しに来るんだよね、だからその迎撃」
エルフ狩りの吸血鬼とは恐らく自分達をあんな目に合わせた人間達の事を言っているのだろう。
「奴らが来るなんてよく分かったね」
「そりゃラヴィリスの過去を見てカンニングしてるからね~」
「んん?」
「じゃサクッっとアイツ等を倒して過去を変えちゃおー!」
こいつもしかして時間を!?
「え?じゃあ何?貴女、時間巻き戻して私が襲われる前に来てるって事!?」
「そ、やっぱこういうのって身体を治してもさ心の傷までは癒えないじゃん?なら過去を変えちゃった方が良くない?」
「そんな簡単に時間を巻き戻すなんて!そんなの出来る訳がない!」
「やだな~魔法があるんだから出来るに決まってるじゃん」
さも当然かのように言ってのける。
やっぱりコイツ頭がおかしい。
「過去を変えに来たのには他にも理由があって、このエルフ狩り商売ってかなり大成功しちゃってて例え虱潰しに吸血鬼共を壊滅出来たとしてもエルフの人口は激減してるらしいんだよね。なら事件発生前に潰してしまった方が良いよね。」
「確かにそうかも・・・」
少し納得した。
「じゃ後はラヴィリスが奴らを奇襲して殲滅すれば解決だね」
横ピースしながら彼女が言う。
「ちょっと待って私がやるの!?」
「当ったり前じゃん!当事者じゃない俺よりもラヴィリスが復讐した方が気持ちいし収まりが良くない?」
「確かにそうかも・・・」
今度も納得しかけたが自分の実力を思い出し慌てて反論する。
「いやちょっと待って!私、大した攻撃魔法なんて使えないし、全滅させるなんて到底できないよ!」
それを聞いた彼女は不思議そうな顔をしながら私に言ってきた。
「魔法なんて簡単だよ」
「私には出来ないの!」
「簡単だって。あ、吸血鬼共が来たよ!」
「嘘、もう来たの!?」
慌てて前を見てみると馬に乗った連中が後1分くらいで自分たちの所へ着きそうな距離にいた。
「大丈夫大丈夫、レクチャーしてあげるからやってみようよ」
「そ、それならいいけど」
彼女は頭はおかしいが実力は確か、彼女が教えてくれるなら自分でも出来るようになるかもしれないと思ってしまった。
「ガディナス、目の前にエルフと人間の女のガキがいるぜ」
ガディナスと呼ばれた無精髭を生やした2~30代の男は同じギルドメンバーの男からの報告を聞き前方を確認しニヤリと笑う。
「運がいいな俺達は!両方とも捕まえるぞ人質に使えるはずだからな!おっと傷は一切つけるなよ、エルフの方は大事な商品なんだからな」
「エルフ狩りの後、ガキはどうする?」
「使った後にでも金持ち連中に高く売りつけようぜ」
「そりゃいいな!」
ガディナス一行は笑い合いながら自分たちの商売の成功を確信していた。
そもそも彼、ガディナスがエルフの血の効能について知ったのは1年ほど前の事だった。
その日は新たに出現したダンジョンの攻略中に重症を負ってしまい、命からがらダンジョンの外に出ることが出来たがそこで気を失ってしまった。
しかし幸運なことに偶然居合わせたエルフによって治療を施され一命を取り留めた。
目が覚めたガディナスが一番最初に感じたことは自身の身体の違和感だった。
治療された身体が普段より軽く、そして以前より、より良く動くように感じた。
実はガディナスの身体は治癒魔法での治療の他に失った血液を補うべく輸血されていたのだがその中にエルフの血が少量混入してしまっていた。
治癒魔法での治療が標準医療のこの世界でも輸血を行う事はあるが、他種族への輸血は様々な健康被害のトラブルが多く禁止されていた。
だがガディナスのように、自種族の血液にほんの少しのエルフの血液の混入ならば問題はなかった。
ガディナスは自身の身体が10歳は若返ったと直感した。
この経験から彼はエルフを狩る吸血鬼へと変貌してしまったのである。
「ほーん、アイツがガディナスね」
腕を組み仁王立ちで前方の男どもを眺める。
聴力を強化する地獄耳の魔法で奴らの下劣な会話は聞こえていた。
こんなラヴィリスのような子供を性的搾取するなんて大人として断じて許すわけにはいかない。
しかし彼は忘れていた、転生後の今の自分の性別を。
そして奴らの性的搾取の対象はラヴィリスだけではないことを理解していなかった。
「じゃあラヴィリスくん魔法を使って奴らを軽く捻ってあげましょう」
「は、はい」
彼女の言う通り自分の中に復讐をしたい気持ちは確かにあった。
彼女に師事してもらい自分の力で復讐が出来るならどんなに気分がいいだろうか。
長年の恨みを晴らすために集中して彼女の指示を待つ。
「まず使いたい魔法、やりたい事をしっかりイメージします」
「例えばどんなの?」
「え?アイツ等に復讐してやる、皆殺しにしてやるぞって気持ちでいればいいんじゃない?」
「はあ」
「んで魔力を爆発させて使う!これで完璧」
成程、こいつは馬鹿だ。
「さあもう目前に迫って来てるよ!やっちゃえ!!」
もうやるしかない、怒りや憎しみ、恨みなど様々な感情を魔力と共に爆発させる。
すると自然に身体が動き右手をゆっくりと奴らに向け、魔法が発動する。
「な、なんだこの赤い霧は?」
ガディナス達の目の前に突如、赤い霧が立ち込める。
この霧はどう考えてもあの子供が起こしている、だがこの霧は何だ、何をしているんだ?
この不可思議な状況を打破すべく仲間の一人が目の前の子供に向かって突っ込む。
だが仲間は子供の元へ辿り着く前に地面に崩れ落ちる。
そして仲間が離れた位置で倒れたことでやっと霧の正体に気付いた。
霧は倒れた仲間の身体から出ていた。
「この霧は俺たちの身体から出てるのか!?」
気付いた時にはもう遅かった。霧はより一層深さを増し同時に自分の身体が干からびてゆく。
既に倒れた仲間はミイラのようになっていた。
「こ、こんなガキに!この俺が!?」
必死こいて殺そうとするがそれが叶うことはなかった。
「ひょえ~何この魔法、対人戦なら無敵の魔法すぎるでしょ」
「『ブラッド・ラヴィリス』」
「安直すぎない?」
「小言が多いと嫌われるよ師匠」
「へい」
ふむふむ、あのロリコン吸血鬼どもは全滅しているな、絵面は最悪だけど。
流石に大量のミイラを放置するわけにもいかないので死体を処理しようしたら死体は塵になって風に吹かれ消えた。
「あ、あまり人に使っちゃだめだよ」
「使わないから!」
ラヴィリスが清く正しく人間社会に貢献できるようなエルフでいてくれるように祈っておこう。
「じゃあそろそろ元の時代に帰ろっかな」
「もう行くの?」
「ここでやることはもうないからね」
自分の身体光りだす。
「あ、そういえば貴女の名前は!?」
「そう言えば名乗ってなかったね」
身体の発光を取り消す。
「それ消せるんだ・・・」
「ユリィ、またの名を・・・魔法少女クロッシングスター!!」
変身し決めポーズも取ってみる。
それを見たラヴィリスは口が開きっぱなしになっている。
「コイツ本当に何なの・・・」
どうやら滑ったようだ、悲しい。
消えてしまいたくなったので消えることにする。
「最後に聞きたいんだけど」
「何でしょうか」
「どうしてここまでしてくれたの?」
「子供が大人の私利私欲で理不尽に未来を奪われるなんてことはあってはいけないんだよ」
「ユリィも子供なのになんか大人みたいだね」
「へ、へへ」
大層な事を言ったけど実はラヴィリスに妹の姿を重ね合わせしまっただけなんだけどね。
「じゃまた未来で会おうね」
いい感じに過去を後にした。
元の世界に戻ると死体の山もラヴィリスのいた馬車もなくなっていた。
どうやら過去改変は上手くいったようだ。
「んー、いいことをすると気分いいぜー」
両腕を真上に上げて伸びをする。気持ちいいぜー。
「「「ヒィィィィヤアアアアア!!」」」
「ガキがこんなところに一人でいたら悪い大人に捕まっちまうぜ!」
「誘拐して身代金ガッポリ!」
「売り飛ばしてガッポリ!」
盗賊達に囲まれた。
こいつら過去改変したのに盗賊なのか。
そしてあの奴隷商人を襲う未来がなくなったことで俺に殺される未来がなくなったっていうのに。
「また俺に殺されに来たかああああああ!!!」