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ミラの恋

 ミラは駆け足になっていた。

 アレクサンダーがどこにいるかはわからないが、気が急いて走り出してしまっていた。

 こんなふうに誰かを探して走るのはいつぶりだろう。子どもの追いかけっこの時か。恋する相手を探して駆け回るのは、どちらの人生でも初めてのことだ。伯爵令嬢としては恥ずかしい行動であることはわかっていたが、足は止められなかった。

 アレクサンダーの教室へ行くが姿はなかった。

 自分の教室は……と思考を巡らすが、それはあり得ないことだろうも思い直す。

 図書室、自習室、中庭、思い当たる場所を順番に探すもアレクサンダーはおらず、走り疲れたミラは渡り廊下で座り込んだ。

 走ったり廊下に座り込んだり、怒られる事しかしていないなとミラは苦笑する。ここまで長く走ったのも久しぶりなので、肺が苦しかった。

 息を整えながらアレクサンダーはどこにいるのか考える。ゲームでアレクサンダーが好きな学内の場所はどこだっただろうかと古い記憶を探ろうとしたが、もう前世の記憶に頼るのはやめようとゲームのマップを思い出すのをやめた。

 今世で出会ってからのアレクサンダーとの会話を思い出してみれば手がかりがあるかもしれない。

 それなのに、恋人になるとすぐに砕けた口調にして欲しいと特訓されたり、お互いの好きな食べ物を食べに街へ行ったりしたことを先に思い出してしまった。つい二ヶ月ほど前のことだ。そんなに時間が経っているわけでもないのに、もっと前の事のように思える。寂しさが込み上げてきて膝を抱えた時だった。

 

「ミラ、どうした。具合が悪いのか?」


 駆け寄る足音とともに聞こえた声。

 ミラは、はっと顔を上げた。


「アレクサンダー」


 声の主はアレクサンダーだったのだ。彼はミラに駆け寄るとそばに膝をついた。アレクサンダーは自身の手をミラの額に当てる。


「熱はなさそうだな」

 

 ミラはこんなところでアレクサンダーに会えるとは思わず驚く。

 別れ話をした後なのに、座り込む姿を見て心配して駆け寄って来てくれるとは思わなかった。ミラの以前の体調不良に関しては全て話してあったのだ。それを覚えていて、心配してミラの様子を確認してくれた。

 

 (本当に優しい人)


「アレクサンダー、ごめんなさい私」


 どう気持ちを伝えようか、探しながら考えていたのに。アレクサンダーの顔を見た途端に考えていた台詞は全て飛んでしまった。咄嗟に口から出たごめんなさいの言葉にミラは今の気持ちのまま伝えようと心に決めた。


「アレクサンダーに私の気持ちを押し付けていたことに気がついたの。言われるまで全く気が付かなくて。それをどうしても謝りたかったの」


 ミラは涙が込み上げてくるのを我慢した。声も手も震える。けれどここできちんと伝えられなければ、この先彼に気持ちを伝える機会はないだろうと握った手に力を込めた。


「あなたが好きなの、あなたのことを諦められない。優しいアレクサンダーに甘えてしまっていたんだと思う。本当にごめんなさい」


 勢いのまま伝えたが、ミラはアレクサンダーの顔を見ることができなかった。もしかしたら、と期待をしてしまって否定の言葉が返ってくるのが怖かった。

 

「謝るのはオレのほうだ」


 帰ってきた言葉は、予想していたもののどれでもなかった。アレクサンダーの顔を見上げる。アレクサンダーは真っ直ぐにミラを見ていた。その顔は、自分と同じで今にも泣き出しそうだった。

 

「どうして」

「ミラをわざと傷つけた。ごめん」

「わざとってどういう事……?」

「ミラを幸せにできるのは俺じゃないって考えたらどうしようもなくなって。八つ当たりみたいなもんだった。反省してる」


 ミラは混乱してどう返事をしたら良いのかわからなかった。何も言わないミラの握りしめた手をアレクサンダーが優しく包んだ。


「ミラはいつも俺の話を聞いてくれて、ミラを連れていきたいところにも一緒に行ってくれるから本当に嬉しかったんだ。だけどたまに悲しそうに笑う時がある。俺はそんな顔をさせたかったわけじゃない。友だちといる時みたいな笑顔にしたかったんだ。ミラの笑顔が好きだから。でもできなかった……」


 アレクサンダーの言葉に、ミラは思い当たる節しかなかった。草原での落ち込んだ自分の態度。ゲームと目の前の彼との違う行動や発言が気になってしまったこと。後悔し反省していたが、本人から伝えられた言葉はミラの胸に突き刺さるようだった。アレクサンダーをそこまで傷つけていた事にようやく気がついたのだ。


「アレクサンダーを先に傷つけていたのは私だったのね。今さら謝っても遅いけれど……本当にごめんなさい」


 大切な人を無意識で傷つけていた自分は、果たしてヒロインと言えるのだろうか。ヒロインとして過ごしてきたつもりはなかったが、ヒロインという立場に無意識に胡座をかいていたのではないだろうか。ゲームの様な学生生活を送れなくても、友人の隣にいて恥ずかしくない人間であろうとしていたのに。

 堪えていた涙がひとすじこぼれ落ちた。


「私こそ、あなたを幸せにできる人間ではないのかもしれない」


 好きだけど。好きだからこそ幸せになってほしい。キャラクターというフィルターを取っ払って、目の前のアレクサンダーをきちんと見たいというのは最初からしなければならなかったことだからこそ、もう遅すぎたのかもしれない。

 それならば、自分は親が決める相手と家のための結婚をしたほうが良いのではないか。

 簡単に諦められるかどうかはわからないけれど。


 そんなことを考えているミラの頬に流れた涙を、アレクサンダーは指で掬い取る。


「でも俺は離れたことが間違いだったって気がついた。遠くから笑顔が見られるならそれで良いと思った。でも座り込むミラを見て、また体調が悪くなって学園に通えなくなったらこっそり見守ることもできない。誰よりも先に俺がミラの心配をしたいし、俺がそばで寄り添いたい。会えなくなるなんて絶対に無理だ」


 苦しそうな瞳が涙で揺れた。


「ミラのことが好きだ。何があっても離れたくないんだ。ミラのいろんな顔が見たい。馬鹿な俺を許してくれないか」


 ミラの頬にまた涙が流れた。先ほどとは違う涙だった。


「アレクサンダーは何も悪くないのに。真っ直ぐなあなたを真っ直ぐに見なかった私がいけないのに……。アレクサンダーを苦しめた私を許してくれる?」


 アレクサンダーはミラを抱き寄せて笑った。


「俺たち似たもの同士じゃん!」


 それから額を合わせる。二人の視線が交わった。

 ミラは慣れない距離に頬を染める。


「俺は許す。ミラは?」

「私も、許す」

「じゃぁ仲直りだ」


 アレクサンダーは目を細めて笑った。眩しい笑顔だった。至近距離のその笑顔にミラは心臓が痛くなった。


「ミラ、好きだよ」


 アレクサンダーが真面目な顔になって言った。おでこがくっついている状態で、ミラはこの甘い空間に耐え切れずゲーム内で真面目な顔をしていたスチルを思い出そうと必死に記憶を探る。


(違うそうじゃない。そういうのがダメなんだ、これは絶対キスするやつ……!! そういう経験がなくてもわかる)


 記憶を探るのをやめ、この先に何が起こるのか考えると怖気付いたが、まずは自分も気持ちを伝えようと身体中の勇気を振り絞る。


「私もアレクサンダーが好き……」


 口から出たのは蚊の鳴くような声だったが、アレクサンダーの瞳が喜びに満ち、熱を帯びていくのを見ると、これが正解だったのだとミラは感じた。

 その瞬間に唇が重なった。離れていくアレクサンダーの顔はどのスチルでも見たことのない、けれどもとても愛おしく誰にも見せたくない顔だった。


「これからはお互いの気持ちをちゃんと伝え合おう。悲しそうな笑顔の理由も教えてくれ。ミラの気持ちを知りたいんだ」

「そんな顔、これからはもうしないわ。アレクサンダーの好きな笑顔でいたいから。私を許してくれてありがとう」

 


***

 

 


「とまぁ、そういうわけで仲直りできました。これもエスメラルダ様にお話を聞いていただいたおかげです。本当にありがとうございました」

「いえ、わたくしはただミラ様に幸せになっていただきたかっただけですから」


 ミラは照れくさそうに笑いながらエスメラルダにお礼を伝える。そっと差し出したのは、手作りのクッキーだ。


「エスメラルダ様に手作りのクッキーなど……と思ったのですが。お口に合うかわかりませんが、感謝の気持ちです。よろしければ」

「まぁ! お友だちからの手作りクッキーは初めていただきました。嬉しい。ありがとうございます。大切に頂きますわ」


 嬉しそうにエスメラルダは微笑む。大輪のバラが開いたような微笑みだった。


「エスメラルダのそんな笑顔が見られるなんて妬けるなぁ」


 ひょいとエスメラルダの後ろから顔を出したのはルイスだった。ミラは突然のルイスの登場に体をびくりと強張らせた。エスメラルダの婚約者とはいえ、二人きりだと思っていたところに王子が急に来られるのは驚いてしまう。


「ルイス様。そう突然入り込まれるとわたくしもミラ様も驚きます。少し遠くから声をかけていただければこちらも心の準備ができますのに」

「なんで心の準備が必要なの?」

「だ、だって。ていうか近いですっ」

 

 エスメラルダの顔が朱に染まる。先ほどの花開くような微笑みはどこかへ行ってしまっていた。しかしその朱に染まった頬がまた彼女の愛らしさを際立てる。


「昨日のことを思い出してしまう?」


 にやにやしながらルイスはエスメラルダの耳元で言った。小さくともミラにも聞こえるように。


(あぁー、神よ。ありがとうございます)


 詳しくは知らないが、エスメラルダの様子を見るに何か密着するような事があったに違いない。例えばキスとか。

 と心の中で神に感謝をしていながら浮かんできたキスという単語にミラ自身も思い出し赤面をする羽目になった。


「ルイス様のいじわる」


 エスメラルダは真っ赤な顔をぷいっと背けた。そんな仕草が愛おしく、ルイスはエスメラルダの髪を撫でた。


「エスメラルダが可愛すぎるからいけないんだよ」


 ミラは完全に空気と化した。推しカプが目の前でいちゃついているのだ。アレクサンダーとキスをした事を思い出したとしても、今は空気になる事が自分の役割だった。


「お待ちください。わたくし、ミラ様とお話し中です。ルイス様とのお時間はその後です」

「良いじゃないか。ミラ嬢も良いよね?」


 突然声をかけられたのでミラは空気から伯爵令嬢のミラに戻る。


「えぇ、もちろんです。むしろ私がお邪魔なので申し訳ない限りです。エスメラルダ様に感謝を伝えられましたので、私の要件は終わりました。どうぞお二人でお過ごしください」


 推しカプのキスは見たいけれど、自分とアレクサンダーのキススチルが出たら恥ずかしい。そしてあんな顔のアレクサンダーを絶対に他の人には見せたくない。私だけのものだから。そう思うと、エスメラルダとルイスのキスシーンも二人だけのものだから見てはいけないなと思うミラだった。

大変お待たせしました、これにて完結いたします。

3話で完結のはずだった物語でしたが、その後が書けて良かったです。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

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