ローラとミラ ーヒロインか、はたまた悪役令嬢の取り巻きかー
ルイスとエスメラルダが会場の中心でクルクルと踊っている。
ふたりの姿はまるで周りに妖精でも飛んでいるかのようにキラキラと輝き、誰も入り込む余地のない空気を纏っていた。
会場は、微笑み合いながらダンスを踊るふたりをうっとりと眺める生徒ばかりである。
そんな中、壁の花となるローラとミラ。
「ねぇ、なんでアタシがここにいなきゃいけないわけ? どうしてオリヴァーと踊ってないの? アタシもあそこにいて然るべきじゃない? おかしくない?」
ぶつくさとローラは文句を言い続けている。
ミラはローラがお酒でも飲んでいるのかと疑った。
話題に出たオリヴァーはルイスの護衛だからとローラの誘いを断り、きちんとルイスを見守っている。
心配性というか、エスメラルダを溺愛するルイスのせいで、会場には例年より護衛騎士の人数が多いと言う。
ローラは自分のせいだという事――エスメラルダが破滅するなんて話をしてしまった事が原因なのはわかっていたが、だからといってオリヴァーが自分の誘いを断るとは夢にも思わなかったのだった。
「オリヴァーにエスコートされてダンスしたかった!!!!!」
地団駄を踏むローラにミラは頭が痛くなる。
(自業自得に私を巻き込まないでほしい)
今日は、ミラがヒロインのゲームでエンディングを迎えるはずの卒業パーティーである。ミラ自身は卒業まであと2年だが、攻略対象には3年生もいることから、エンディングはこのタイミングなのだろう。
残念なことに、ミラは攻略対象との恋愛などできずじまいな1年生となってしまった。
ミラはローラとエスメラルダが仲良くしている現場に遭遇した日が登校初日であったが、そのせいでミラの続編ヒロインという設定がルイスの耳に入ることとなった。
そのおかげでミラは翌日から王子の婚約者の友人の枠に強制的に入る事となり、自由な行動が取れなくなったのだった。言うなれば、ルイスに見張られているという事である。
ミラの学園生活は、やはりゲームのイベントなど全く起きない学園生活となったのだった。
前世を抱え生きてきたミラにとって、前世の話ができるローラの存在は心の孤独を消してくれた。が、共にいる時間が長くなればなるほど、ローラの性格が面倒に感じることが増えてくる。ミラはローラと会話することが減っていった。ゲームのヒロインとは違い、奔放すぎるローラが悪いと思うミラなのであった。
(エスメラルダ様は寛大で優しすぎると思います、こんなこと言えないけど)
ミラが前世の記憶を思い出したのは13歳の頃だった。
伯爵家の長女としてこの世に生を授かり、家族に愛され元気に明るく健やかに育っていた。13歳になったばかりの時に流行病にかかり、高熱にうなされながら前世の記憶を思い出したのだった。それからというもの、ミラは微熱が続く日々に悩まされるようになってしまった。熱が下がってもしばらく元気に過ごしているとまた発熱し体が怠くなる。高熱ではなく微熱なのに体が怠いというのが何よりもミラには辛かった。ベッドと仲良しになってしまい、3年もの間部屋の外にいるよりもベッドで過ごす日の方が多くなってしまったのだった。
おかげで考える時間はたっぷりあった。前世のこと、この世界のこと、ゲームのこと、自分の未来のこと。
ミラは前世、社会人として働いていた。恋人はいなかったが、乙女ゲームに癒され仕事を頑張る日々だった。それが雨の日階段を踏み外し空が見え景色がひっくり返った所までは覚えているので、その後頭を打ち死んでしまったのだろう。この時の痛みなどを全く覚えていないのはラッキーだったのだろう。
前世のことを思い出すと悲しくなる。前世の家族への、自分の死によって家族を悲しませてしまったという後悔は消えることはなかった。
この世界のことは少し混乱したが、前世よりも今世の楽しくあたたかい記憶のおかげでわりとすんなり受け入れられたように思う。
一番心配だったのは、今後どうゲームのシナリオに自分が巻き込まれていくのかということだった。
内容は知っているわけだから、事件が起こる前に気をつけることはできる。推しキャラ――同じ委員会で仲良くなるアレクサンダーという赤髪の2年生の先輩である――と知り合いにくらいはなれたらいいなと思う。
本来であれば皆と同じ入学式からこの学園に通うはずであった。しかし入学式の前日からいつもの微熱が続き、さらに頭痛にも悩まされることとなり登校日が遅くなってしまった。ミラはそれもゲームの強制力なのではないかと疑っている。結局ミラがゲームの続編が始まる時期まで登校することは無かった。
続編が始まるのは、エスメラルダが破滅――国家反逆罪として国外追放され、その道中、事故に遭い死亡する――の後エンディングを迎えた夏の終わりである。
時期的に前作のイベントがひと通り終わったであろう頃に、突然医師から良い薬が手に入ったと言われ、それを飲むとたちまちミラの慢性的な微熱と頭痛はなくなったのだ。そこから体調はすこぶる良いままだ。体の怠さなどどこへやら。
ゲームでは、ミラは病弱であったが良い薬に出会い体調が回復したため学園に行けるようになる、というところから始まる。家で療養中に、学園に通うことをどれだけ夢見ていたか。プロローグではその楽しみな心情がつらつらと書き連ねてあった記憶だ。
ここまでは確かにゲーム通りに進んでいるようだった。しかし"王子の婚約者が国外追放"などというニュースは全く聞かなかったので、前作のストーリーが現実ではどうなっているのかわからずに不安な日々を過ごした。
ミラには学園に通う、文通をする間柄の友人などいなかったのである。
自分はゲームの開始時期と同じ時期に入学して、周りに受け入れてもらえるのだろうか?
友だちが作れるのだろうか。
ゲームのストーリーも重要だが、せっかくの学園生活を楽しく過ごしたい気持ちでいっぱいだった。
前作のエスメラルダの死が悲惨であったため、『制作チームでは、続編はガラリと趣向を変え"楽しい学園生活で青春を謳歌しよう"というテーマで作られた』とインタビューに書いてあった。一作目とは全く路線の違う作品となったのもこのためだったようだ。
イベントは体育祭やテスト、校外学習など前世の学校生活で経験する、いわゆる普通の学校でのイベントばかりだった。その中で攻略対象キャラたちとの恋愛模様が楽しめる。ミラには、サスペンスありの一作目と違い、ほのぼの学園生活が待っていたはずなのである。それが、王子に監視される日々になるとは誰が予想したか。アレクサンダーとは同じ委員会に所属できたが、学年が違うため全く話す事もなく顔見知り程度の存在のままとなる。
しかし王子の監視を耐えつつ、エスメラルダとローラと共に過ごす日々はとても勉強になるものだった。伯爵家令嬢として淑女教育はそれなりにやってきたつもりでいたが、エスメラルダの仕草や行動は他の令嬢を抜きん出ており、さすが王太子の婚約者だと感動すらした。学業はもとより、魔法の技術もクラスでトップを争うほどだった。
そんな人物と一緒にいれば、ミラも自然と頑張らなければという気持ちになる。その点、ローラは自分が主人公だからと怠けているようにミラには見えてしまい反感を覚えることもあった。
エスメラルダと過ごしていると、ルイスがエスメラルダをとても大切に思っている姿を見ることが日常になった。最初は推しカプでもなんでも無かったルイスと悪役令嬢だ。実は一作目のミラの推しカプはオリヴァーとローラだったので、純粋にローラには頑張って欲しかったが、ゲームのローラと現実のローラの差が激しすぎて推せなくなってしまったのだった。
その点、隙あらばエスメラルダを甘やかしエスメラルダに触れたがるルイスと、それを拒みつつ喜んでいるエスメラルダの姿――恥ずかしがっているが、あれは絶対嬉しいと思っている顔だとミラは信じている――が可愛くて癒されるミラは、毎日ルイスとエスメラルダが一緒にいるところを間近で見られることに幸せを感じていた。いわば、今の推しカプはルイエスなのである。
エスメラルダの金魚のフンとか陰で悪口を言われようとも、私は悪役令嬢の取り巻きとして今世を楽しく生きていこうーー。ミラはそこまで思うほどにルイスとエスメラルダが共に過ごすところを少し離れたところから見守るようになっていた。
ダンスを終えたルイスとエスメラルダが、ローラとミラのもとへとやってくる。
「オリヴァーは一旦護衛から外してアタシと踊ってもいいですよね?」
ローラがルイスにおずおずと聞いた。
ローラは結局ルイスが怖いままだ。
「それはオリヴァーに任せるよ」
ルイスは涼しげな顔で言うと、みんなの視線がオリヴァーに注がれる。オリヴァーも涼しげな顔で「何が起こるかわかりませんのでこのまま護衛を続けます」と答えた。
「もうエスメラルダの破滅は無いはずって言ったのに全然聞いてくれない!」
ローラは地団駄を踏んだ。ヒロインがする事か? とミラは思わず引いてしまう。
「そんな不安要素だらけの君の言葉には振り回されないからね」
ルイスはエスメラルダの方を見てニコリと微笑む。
エスメラルダは、「わたくしは振り回されましたから……」としょんぼりした。そんな姿も可愛くて、ルイスはエスメラルダの頬にキスをする。
「しょんぼりするエスメラルダも可愛いな。あ、違った。いつもしっかり者の君が不要意な発言に振り回される事もある事実が本当に可愛い。ぼくのいる所でなら全く構わないよ」
「ルイス様……みなさんが見てますわ」
エスメラルダは顔を赤らめる。
「赤くなるエスメラルダも可愛い。もっと見せて」
「も、もうご勘弁を……!」
「いやマジで幸せなのは嬉しいけど、ふたりでやってくんない!!!!!」
ローラは我慢ならず叫んだ。
ミラはローラを放っておき、推しカプがいちゃついている現場に立ち会えた事を神に感謝している。
オリヴァーは誰にツッコむわけでもなく、眉をひそめることもせずにルイスを見守っている。
そんなカオスな場を、周りの生徒はいつもの王子周辺の出来事だと気にも留めない。
その輪の中に果敢に入って行く男子生徒がひとり。
赤みのかかった髪はしっかりと後ろに撫でつけられ、左耳には輝くゴールドのピアスが光っている。
「失礼」
ミラは声をかけられ振り向いた。そこにいたのはミラの推しキャラーー今となっては遠くから見つめる憧れの先輩ポジションであるーーアレクサンダーだったのだ。
「あっはい」
顔見知り程度の私に何の用だろう、と考えていると、アレクサンダーはサッと手を差し出した。
「良ければあちらで話さない?」
「ヒェ……! も、もちろん!」
ミラはまさか声をかけられるとは思わなかったので動揺のあまり変な声が出てしまった。そんなミラにアレクサンダーはにこりと笑いかける。ぽーっとしながらミラは差し出された手に自身の手をのせた。
アレクサンダーに手を引かれてミラはその場を離れて行った。
「えっ、ちょっ、なんてアタシだけ上手くいかないのぉ!!!」
晴れの日の空にローラの叫びが響く。
あらあらと心配する様子のエスメラルダの横で、この先も事件など起きない平和な日々が続くようにと願うルイスであった。