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宇宙の支配者

 重い空気が流れる。


「………」


 僅かに顔を顰めて、リーファが口を閉ざす。

 帝国軍……それは、ある一つの軍事国家のことを示していた。

 ヴァルテン帝国……別名『宇宙帝国』とも呼ばれている巨国で、国と言うより一つの巨大な軍隊に近い。宇宙に散らばるならず者達や、皇帝ウニベルによって力づくで支配させられた者達で構成されたこの国は、ノール星のように様々な種族の人間が存在している。国民は科学者や医者を除いて、皆戦闘員として他星に送られ、土地や財産の略奪、優秀な人材の拉致、また帝国に逆らう者達の抹殺などを行っている。数多の星々を侵略している帝国は、既に宇宙に存在する五割の星を支配下に収め、二割をその地に生ける全ての生物と共に消滅させた。今この宇宙に、ヴァルテン帝国と皇帝ウニベルの名を知らない者は存在しないだろう。正に宇宙の支配者であった。

 そして、帝国軍の戦力のおよそ四割を占めていたのがリーファ達、月猫族である。

 ノール星に暮らす人々の故郷ほしも、月猫族がと言うより、月猫族に命令して皇帝ウニベルが滅ぼさせたと言った方が正しい。

 リーファの表情をどう捉えたのか、ヘキムは更に言葉を続けた。


「月猫族と言えばその昔、月猫族の母星イタガ星が謎の大爆発で()()し、その殆どが()()するまでは、帝国軍一の戦力を誇り、その名を轟かせていました。今でもほんの僅かの生き残りが、帝国軍の戦闘員として名を馳せています。そんな悪名高き月猫族リーファさんが、一体何があって宇宙カプセルを使う羽目になったんですか?」


 宇宙カプセルとは緊急脱出用の最後の手段である。何処の星に辿り着くかは不時着するまでわからない為、滅多なことでは使われない。主に使われるタイミングは、隕石の衝突などで星が幾許もなく消滅する時であったり、侵略者達によって宇宙船を壊され、星から逃げる手段が宇宙カプセルしか無くなった時など、やむを得ない事態に陥った場合のみである。

 当然、星を侵略する側であるリーファが宇宙カプセルを使うなど、余程の事だ。

 ヘキムはどんな話が返ってきても良いように、身体を身構えさせた。


「…………」


 リーファがしばらく無言を貫く。その表情は限りなく“無”に近く、心情が図れない。

 五分程沈黙が場を支配した後、リーファは「別に」とそっぽを向いた。


「侵略しに行った星の住民が、自分達の死を悟って、星ごと自爆しやがっただけだ。あっという間に火に囲まれて、宇宙船の所まで戻れなかった。それだけだ」


 淡々と話された内容は「はい、そうですか」と納得できる程単純なものではない……だが、あの月猫族リーファが緊急脱出せざるを得ないとなれば、それくらいの事情はあって当然なので、ヘキムは不思議に思うことなく「なるほど」と理解した。

 と、黙って二人の会話を聞いていたシアが「ねぇねぇ」とリーファの肩を指で突く。


「そんなことよりさ、リーファの故郷って消滅してるの?仲間も殆ど居ないって本当?」


 流石空気を読めない男シア。

 いくら気になると言っても、母星や同種の仲間達が滅んだ話を当人に聞くなど、気分の良いものではない。それについてはヘキムも同罪だが、失礼とわかって発言しているヘキムと違い、シアには全く悪意がないのがより一層性質(タチ)の悪さを煽る。

 だが、リーファは別の意味でシアにジト目を向けていた。


「だったら何だ?と言うか、何故お前はそんなに宇宙の常識を知らないんだ?月猫族のことも宇宙カプセルのことも知らずに、今までどうやって生きてきた?」


 コレである。リーファが呆れているのは、シアの空気の読めなさもあるが、一番はこの常識知らずな部分であった。

 ヴァルテン帝国が名を揚げる前から月猫族の悪名は宇宙中に知れ渡っていたし、帝国軍が月猫族を配下に入れ侵略行為を激化してからは、命を守る為に宇宙カプセルなど緊急脱出用アイテムが義務教育レベルで各星々に伝えられてきた。情報が無ければ『死』に直結するからだ。

 弱い種族なら尚更、しかもここノール星は難民の星である。誰よりもそう言った情報に機敏でなければおかしい。にも関わらず、何も知らないシアの存在は、リーファにとっては呆れを通り越していっそ不気味であった。

 しかしシアは、馬鹿にされて「えぇ〜」とぶう垂れるだけである。


「そんなこと言われたって、誰にも教えられなかったんだから、しょうがないじゃん。俺だって、宇宙中の星の事や種族の事、もっと知りたいよ?自分が何処から来て、何の種族かもわからないんだからさ」

「!」


 シアが不貞腐れながら呟けば、リーファも僅かに目を見開く。


 ……言われてみれば……。


 リーファは改めてシアの容姿を確認した。

 漆黒の髪に、琥珀色の瞳。肌は薄橙色で、毛皮にも羽毛にも覆われていなければ、鱗が浮き立っている訳でもない。唯一気になるとすれば、本来顔の横に付いてる筈の耳が見えないことか。月猫族のように頭に耳が生えている種族も居るが、シアの頭にはハチマキが巻かれているだけで、耳らしきものは見当たらない。髪で隠れる程小さいか、もしくは本当に耳が存在しないか。どちらにせよ、そういう種族は少なからず存在する。

 見た目の特徴だけでは、シアが何の種族かわからなかった。

 ヘキムの話では、シアは幼い頃この星にやって来て、そこをヘキムや町の人間に拾われ育てられている。それが赤ん坊くらいの話なら、シアに自身に関する情報が何も無くても不思議じゃない。

 こんな辺境の星で細々と生きている難民達だ。同じ種族が居ない限りシアの種を知る者は居ないだろう。

 成程。シアは自身の出自を知らないのだ。

 確かにそれは歯痒い話かもしれない。シアが剥れるのも無理はないだろう。

 だがしかし……。


「……知りたければ、聞けば良いだろう。知識なんざ、自分から知っていかなければ何も増えん。教えて貰うのを待つだけなんざ、甘ったれてる証拠だ」


 リーファが告げる。厳しい口調だが、正論だった。

 本当に知りたいなら、本を調べるなり周りの人達から色々情報を集めるなりすれば良い。それをせずに「教えてくれないからしょうがない」と言うのは、確かに甘ったれだ。

 しかし、シアはムッと更に頬を膨らませると「俺だって」と口を尖らせた。


「兄ちゃんに聞いたよ!自分の事とか、皆の事とかさ!でも兄ちゃん、『いつか教える』ばっかりで全然教えてくれないんだもん!町の人達に聞いても、はぐらかされるだけだしさ!言っとくけど、こんなに兄ちゃんが俺の前で色々話してくれるの、生まれて初めてだからね!?リーファばっかりズルい!そして兄ちゃんは酷い!」


 両手に握り拳を作って、子供のように憤慨するシア。それに対して「知るか」と冷たく突き放すリーファと違い、ヘキムは罪悪感があるのか「あはは」と苦笑いで応える。


「ごめんね、シア。ノールは辺境にある星だし、無人星だと思われてるから帝国軍に狙われることもない。知らずに生きていけるなら、その方が幸せだと思ったんだ。確かに話すべきだったよね?下らないエゴを押し付けてごめん。町の人達はそんな俺のエゴを優先してくれただけだから、怒らないであげて」


 シアの頭を撫でながら、ヘキムは素直に謝った。シアもそこまで怒っていないのか、頭を撫でられて嬉しくなったのか、「別に良いよ」と笑顔を見せている。

 そんな二人の様子を見て、居心地悪くリーファは「フン」と目を逸らした。


「おい、ヒルバド星人。聞きたいことはそれだけか?ならもう行くぞ」


 リーファがヘキムに視線を送れば、ヘキムが何か言う前にシアの方から「えっ」と声が上がった。


「『もう行く』って何処に行くのさ!また傷口開いちゃうよ!?怪我が治るまで、うちで暮らすんじゃなかったの!?」


 必死にリーファを引き止めようとするシア。リーファは「えぇい、うるさい」と声を荒げる。


「リハビリに行くだけだ!こんなところでずっと寝てたんじゃ、体力が落ちる!」

「否否、リハビリするには早過ぎでしょ!!昨日傷口開いたばっかじゃん!ていうか、身体痛くないの!?」

「この程度の痛みで根を上げる訳ないだろ!!」

「そういうの痩せ我慢って言うんだよ!今度傷口開いたら、本当に死んじゃうかもしれないんだよ!?」

「知るか!どうでも良い!!」

「どうでも良くないよ!!」


 お決まりの口論だ。

 目の前で繰り広げられる低レベルな言い争いに、ヘキムはやれやれと溜め息を溢した。

 このままでは話が進まないと、仕方なく二人の言い合いに割って入るヘキム。


「まあまあ。リハビリについてはシアの言う通りまだ早いですけど、昨日みたいに激しく暴れなければ良いんじゃないですか?それよりも、聞きたいことはもう一つあります」


 ヘキムが告げれば、「何だ」とリーファが目線だけで促す。

 ヘキムは「えっとですね」と話し始めた。


「怪我が治って、宇宙船が手に入れば……リーファさんはヴァルテン帝国に帰る……んですか?」


 ヘキムが希望も込めてリーファに尋ねる。

 リーファが帝国に帰るという事は、帝国軍の武力が増強されるのと同義だ。それはつまり、罪のない人々や惑星がより多く殺され滅ぼされてしまうということ。

 逆に言えば、リーファが帝国に戻らないと決めることは、軍にとって多大なる戦力の一つを失うという事だ。これ程宇宙中にとっての朗報はない。

 シアは特に何も気にしてないが、このまま怪我が完治し、リーファが帝国軍に戻るくらいなら、薬と毒を入れ替えた方が世の為人の為になるとヘキムは本気で思っている。


 ……ヴァルテン帝国には、皇帝ウニベルの強大な力の前に、無理矢理言う事を聞かされている人達が多く居ると聞いた。もし、リーファさんも本当はウニベルの言う事を聞きたくないなら……。


 ヘキムは内心ドキドキしながら、リーファの返事を待った。

 リーファは数秒間を置くと、一つ舌打ちを溢す。明らかに苛ついている表情だが、何を思って機嫌を悪くしているのか、ヘキムにもシアにもわからない。

 と、リーファがフッと口角を上げた。


「……戻るに決まってるだろ」

「!…………」


 リーファの浮かべた表情に思わずシアは目を見開いた。

 自嘲めいたその表情は悲痛に満ちているように見えて、何故かシアは自分のことのように胸が痛くなる。


「……リー……」

「それじゃあな」


 シアが何か言いかけたところで、さっさとリーファは壊れたままの窓から外へと飛び去ってしまった。


「ちょっ!待ってよ!!……兄ちゃん、行ってきます!」


 慌ててシアもリーファの後を追いかける。

 昨日と全く同じ光景に、ヘキムは「はぁ」と深い溜め息を吐くのであった。

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