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帝国軍

 

「いったぁああああ!!!??」


 翌朝。

 シアの絶叫からその日は始まった。

 床に蹲ったシアは、涙目で頭を押さえながら、痛みの元凶を見上げる。


「もう〜!いきなり何すんのさ!!」


 シアが文句を言えば、その視線の先……顔を真っ赤にして目を吊り上げているリーファが更に肩を震わせた。


「『何すんのさ』はこっちのセリフだ!!お、お前……何勝手に人のベッドに潜り込んで来てやがる!!?」


 ビシッとリーファが指を突き付ける。

 これは昨夜のことだ。



 〜       〜       〜



「……というか、何故お前、私の隣で寝ていたんだ?自分のベッドはどうした?」


 自身の名を明かした後、握手をスルーされしょぼくれていたシアに、リーファは問いかけた。

 するとシアは、「あぁ」と立てた人差し指を天井に向けて説明を始める。


「実はさ、リーファが今朝、光の玉でこの家の壁、破壊したじゃん?それが丁度、俺の部屋の俺のベッドごと壊してたみたいでさ〜。今、俺ベッド無いんだよね。まあ、いつ容態が急転するかわかんないし、怪我人一人で寝かせる訳にもいかないから、どっちにしたって患者用この部屋で一晩中看病する予定だったんだけど……リーファの耳がピョコピョコ動いてるのずっと見てたら、ついウトウトしちゃって……」


「あはは」と呑気に笑いながら仔細を説明し終えたシア。

 何の気なしにシアは言った訳だが、リーファはと言えば、自身の耳を両手で押さえ、顔を茹で蛸のように赤く染めている。口からは「な……なっ……」と言葉にならない声が出ていた。


「あれ?どうしたの?リーファ」


 シアがリーファの顔を覗き込んだ。

 どうしたもこうしたも、怒鳴り散らしたいことがあり過ぎるだけだ。

 隣で寝てたことも、人の耳を永遠と眺めていたことも、患者よわいもの扱いしたことも。

 全て腹立たしい上に、前者二つは穴があったら入りたい程に、リーファの羞恥心を刺激した。

 だが現在深夜二時過ぎ。明確な時間をリーファが知っていた訳ではないが、それでもその日一日色んなことがあり過ぎて、一刻も早くリーファは眠ってしまいたかった。

 そんな訳で、シアをブッ飛ばしたい気持ちをグッと堪えて、リーファはフルフルと震えながら次の言葉を口にしたのである。


「看病は要らん。寝る場所がないなら、この部屋で良いからソファを使え。私のベッドに潜り込んで来たら、殺す!」

「…………まあ、良いけど」


 眠気の所為か、「殺す」と言っていた目が本気に見えたが、シアはそんなことより「一応この部屋、俺達の家なんだけどな」と最もなことを考えながら頷いたのであった。



 〜       〜       〜



 そして翌朝八時頃。

 グチャグチャに破壊された壁に、布を貼り付けて直しただけの簡易的な窓から、漏れ入る朝日にリーファが目を覚ませば、視界に広がったのは呑気な寝顔。

 確かに昨夜、シアが自身の言い付けに了承し、ソファに掛け布団を持ちながら向かって行ったのを見届けた筈だった。しかし今朝起きてみればコレである。

 一体昨日の会話は何だったのかと、リーファが激怒するのも当然だ。シアがリーファに懸想してるなら尚更、シアの常識を疑うところである。

 しかしシアは、思いきりベッドから蹴り飛ばされた時に打ち付けた頭と尻を摩りながら「もう〜」と口を膨らませていた。


「何でそんなに怒ってるのさ。ただベッドに入っただけじゃん。別に狭くなかったでしょ?」

「そういう問題じゃない!!第一お前、ソファで寝てた筈だろ!?何でわざわざこっちに戻って来たんだ!?」

「だってこの時期まだ寒いんだもん。ソファに薄い毛布一枚じゃ、寒過ぎて眠れないよ。ちゃんと起こさないように、静かに入ったんだから許してよ。朝までぐっすり眠れたでしょ?」

「だからそういう問題じゃないと言ってるだろ!!この大馬鹿野郎が!!」

「なっ!何もそこまで言うことないじゃん!!迷惑かけてないのにさ!!」

「黙れ変態!!」

「何でベッド入っただけで、変態呼ばわりされなくちゃいけないのさ!!」


 一日経っても、二人の口論は変わることなく、壁が貫通しているお陰で家全体に二人の声が響き渡っていた。

 その為、当然この騒音は家主の耳にも入ってる訳で……。


「煩い!!!」

「「ッ!!?」」


 バシンと部屋の扉が開けられたかと思えば、そこには非常に黒い笑みを携えたヘキムが立っていた。目の奥が一切笑っていないのに、表情だけは人当たりの良さそうな笑顔であることが、より一層恐怖心を煽る。

 ヘキムの登場に、リーファはともかく、シアは一瞬にしてピタリと動きを止め、額から冷や汗を流していた。


「おはよう、シア」

「お、おはよう、兄ちゃん…………」


 爽やかなヘキムの挨拶とは裏腹に、シアはヘキムの顔すら真正面から見れないらしい。震えながら挨拶を返していた。


「シア、昨夜は随分と賑やかだったね。お前に年の近い友達ができて、兄ちゃんとっても嬉しいな。夜遅くまで楽しくお喋りしてたみたいだけど、こんな朝っぱらからも元気にお喋りなんて、元気過ぎて兄ちゃん、ちょっと嫉妬しちゃうよ。弟に嫉妬なんて、ダメな兄ちゃんだね。お陰で目の下にこんな黒い跡ができちゃった」


 ニコニコ笑いながら、自身の目元を指で押さえ、隈を見せてくるヘキム。つらつらと並べられた回りくどい嫌味は、当然頭の悪いシアには全く伝わらない。それでもコレらの言葉が、兄の怒りであることはよくわかっている為、ただただシアは身体を縮こまらせて「すみませんでした」と謝っていた。

 そんな兄弟の会話を黙って聞きながら、リーファは涼しい表情かおで、「やっぱりコイツ、喰えない奴だな」とヘキムの印象を再確認していた。


「それで?朝っぱらから、シアは彼女と何を話してたんだい?」


 ヘキムが変わらぬ表情で尋ねれば、シアが「それは……」と言い難そうに言葉を濁す。悪い事をした自覚はないが、何となく言えば更に怒られる気配を察知したのだ。

 とそこで、ヘキムの圧に呆気に取られていたリーファが、ヘキムの質問で自身の怒りを思い出した。


「そうだ、お前!コイツの兄なんだろ!?女のベッドに勝手に潜り込んで来るなんて、どういう教育してるんだ!?」

「えっ……」


 リーファが問い質せば、ヘキムも怒りを忘れて唖然とした表情でシアを見つめる。

 兄の表情かおに、己の死を悟ったシアは説教回避を諦めたのであった。



 *       *       *



「本当に弟がすみませんでした!!シアには後でよく言って聞かせます!」


 あの後、リーファから詳細を聞いたヘキムは軽く三十分の説教を終えると、深々とリーファへ頭を下げた。

 三十分間、ひたすらに正座をさせられクドクドと叱られていたシアはと言えば、部屋の隅っこで体育座りを極めている。

 リーファはそんなシアの様子を見つめながら、「あれだけ言って、まだ言うことがあるのか」と己の怒りも吹き飛んで、ヘキムの発言に引いていた。

 シアがヘキムの本気怒りにあれ程ビビる訳である。目が笑っていない笑顔で永遠と詰め寄られるのは精神的にキツイものがある。終わりが見えないともなれば尚更だ。

 リーファがヘキムの認識を改める中、ヘキムは「そう言えば」と口を開いた。


「リーファさん……でしたよね?色々聞きたいことがあるんですが、その前に一つ良いですか?……リーファさんは、怪我が完治するまでの間、うちで暮らすということで宜しいですか?」


 ヘキムが尋ねる。

 昨日までは、すぐにでもヘキム達の家から出て行きそうだったリーファだが(というか実際に窓を破壊して飛び出した訳だが)、昨夜のシアとのアレコレで事情は変わった。

 怪我が治るまでこの星に滞在するということは、住む場所も受け入れてくれる人も居ないリーファはシア達と一緒に暮らすしかない。

 そういう認識で良いかという確認である。

 リーファは少し不服そうに眉根を寄せながらも、これにコクリと頷いた。


「まあ、宇宙船があろうとなかろうと、怪我も完治してない状態で戻る訳にはいかないからな」

「宇宙船、ですか?」


 ヘキムが首を傾げる。とそこで、今まで部屋の端の方で意気消沈していたシアが「そう言えばさ」と早くも復活した様子で、リーファの隣に立っていた。


「リーファは昨日、町に何の用があったの?何か俺が行った時には既に揉めてたけど」


 キョトンとした表情でリーファの顔を覗き込むシアに、リーファは内心「コイツ、復活早いな」と呆れながらも、「あー」と面倒臭そうに口を開ける。


「……宇宙船を探していたんだ。私は今持ってないから。と言っても、見たところ町に宇宙船の類は無かったがな」

「……宇宙船もなしに此処まで……つまり宇宙カプセルをお持ちなんですね?」


 ヘキムが人差し指を天井に向ければ、リーファから肯定が返ってきた。すぐにシアから「宇宙カプセルって何?」と質問が来たが、リーファはこれをスルー。ヘキムも「後で教えるから、今は待ってて」とリーファへ視線を戻す。

 笑顔を消して、真剣な表情を浮かべるヘキムは「それで聞きたいことなんですけど」と歯切れ悪く語り始めた。


「……リーファさん、えっと……貴女は()()()の戦闘員、ですよね?」

「ッ…………」


『帝国軍』……その単語にリーファは確かに反応を示すのであった。

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