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少女の名

 少女が目を覚ましたのはその日の深夜だった。


 ……ここは……。


 暗闇の中、しばらくすると目が慣れてくる。ぼんやりと見えてきたのは、見覚えのある天井だ。

 今朝も見上げた、シア家の天井である。

 戻ってきたのかと、少女は落胆の息を吐いた。


 ……またこの家か……あのガキに『好きだ』と言われて……それで……()()()のことを思い出して暴走したのか……。


 気を失う前の記憶を辿り終わった少女は、心底不愉快そうに顔を歪めた。

 身体中がズキズキと痛むが、両腕両足共にちゃんと有る感覚から、少女は「あれ?」と首を傾げる。


「……ッ!?」


 左腕を持ち上げようとして、あまりの激痛に少女が眉根を寄せた。痛みに耐えながらも布団から腕を出せば、新しく包帯が巻かれ、開いた傷口がちゃんと処理されているのが見て取れる。


 ……包帯……とりあえず手はある……何でだ……?


 心の中で少女が呟く。

 暴走による攻撃の威力は少女が一番よく知っていた。少なくとも身体から力が抜けている気絶状態で喰らえば、たとえ一発だけだとしても身体に風穴が開くことだろう。腕や足に当たったなら、当然刺肢の数が減る。

 にも関わらず、少女の身体は五体満足のまま、何処にも穴らしきものは開いていなかった。


 ……身体中の痛みは恐らく傷口が開いた所為だ……なら本当に攻撃を喰らわずに済んだのか……?


 そんなこと本当に可能かと、半信半疑で少女は何の気なしに首を横に倒した。強いて言うなら、先程から右手だけやけに温かいことが気になったからだ。


「……………」


 そして見えた視界に絶句する。


「ん〜……兄ちゃ、ご飯…………」


 手前には、一回り大きな手に握られた少女の右手。その奥には、呑気な寝言を漏らしながら気持ち良さそうに眠っているシアの顔があった。うっかりしていたのか、服は寝巻きにも関わらず、頭のハチマキは変わらず巻かれている。


 ……なっ!!?


 ここへ来て、更に訳のわからない事が増えた。

 何故シアは少女の右手を握りながら、隣でスヤスヤと眠っているのか。しかも余程強い力で握っているのか、全く振り解けそうにない。

 反射的にシアの身体を突き飛ばしそうになった少女だが、身体全体に走る鋭い痛みに何とか踏みとどまる。


 ……な、何でコイツが……否、此処はコイツの家なんだ。当たり前か……と言うか、そもそも何で私は此処に居るんだ?好きだ何だとかしていたが、あれだけ色々暴言吐かれて攻撃受ければ、愛想も尽きた筈だろ。ベッドに寝かして、その上治療って……何を考えてるんだ……?


 自問自答を繰り返しながら、とりあえず気を落ち着かせる少女。

 改めてシアの寝顔を見つめれば、童顔が更に際立って赤ん坊に見えることよりも、寝巻きの間から覗く包帯に目が行った。


「…………!」


 よくよく見れば、両腕もミイラのようになっており、髪の毛の隙間からすら包帯が見え隠れしている。

 何がどうして、そんな大怪我を負ったのかなど考えるまでもない。


 ……コイツ、まさか……全弾受け切ったのか……。


 少女が愕然とする。

 少女が気絶する前、暴走して放った無数の光の玉。アレが原因としか思えない。

 そして、それをシアが全て受けたとなると……少女にはわかっていた。自分の攻撃をあれ程余裕で避けることができるのだ。いくら油断していたとしても、光の玉の急襲など精々一発掠める程度で、これ程ダメージを受けるには故意に当たりにいくしかない。

 ならば何故、わざわざ死に急ぐような真似をしてまで、シアが光の玉を全弾受けたのか。

 考えつく限り一つだ。


 ……庇ったのか?……この私を?……意味がわからない。何で、コイツは……。


 少女が顔を顰める。

 庇っただけなら、まだ目の前で人が死ぬところも見えない腰抜けだと思えた。しかし、シアは少女を家に運んで、わざわざ手当てまでしてくれている。

 元々命に関わる程の大怪我だったのだ。傷口が開いた状態で放置されれば、確実に少女は死んでいた。

 いくら目の前で人が死ぬところが見えないと言っても、見殺しにすることくらいはできるだろう。相手が敵なら尚更だ。

 それでもシアは少女を助けた。


「…………」


 少女がシアを見つめる。

「町の人間を馬鹿にした」と怒ったと思えば、少女が町の人々の仇の仲間だと知っても、関係ないと言い切る。

 命の恩人に対して感謝すらなければ、平気で襲い掛かってくるような少女に対し、「一目惚れだ」と言って笑う。

 身体中包帯を巻かれる程の大怪我を負っていても、たった一人見捨てることすらできない。

 シアという人間は、到底少女に理解できるモノではなかった。少女とは何もかもが違い過ぎる。


「……ん……んん?……」

「ッ!」


 とそこで、シアの目が半分開いた。ビクリと肩を震わせた少女だが、シアは気付かずふにゃりと笑う。


「あ、起きたぁ?」


 完全に寝起きの覇気のない声。

「むしろお前が今起きたんだろ」というツッコミを喉奥に仕舞いながら、少女は返事代わりにシアから視線を逸らした。

 シアはと言えば、無視されたことを悲しむでもなく、「ふぁああ」と大きな欠伸を溢している。


「んん〜……いつの間にか眠っちゃってたんだ……おはよう。気分どう?」

「……何で助けた?」


 相変わらずシアの質問に答えることなく、少女が脅すような口調でシアに投げ掛ける。


「傷口が開いた筈だ。放っておけば死んでいた。何でわざわざ家に運んで治療した?」


 ずっと疑問に思っていたことを少女が尋ねれば、シアの方が意味不明と言いたげにキョトンとした表情を浮かべる。


「??……否、だから放っておいたら死んじゃうからだけど?」


「一体何を言っているんだ」と言わんばかりの呆れ表情がおで答えるシア。

 少女はすぐに「そうじゃない」と痛みも何処かへ吹き飛んで上半身を起こし、ビシッと人差し指をシアへ突き付けた。


「何故見殺しにしなかったか聞いてるんだ!!私が死のうが生きようがお前には関係ないだろ!!」


 少女が叫べば、シアは「えぇ〜」と同じように上半身を起こして、後頭部に左腕を回す。ポリポリと頭を掻きながら、「否さぁ」と口を開いた。


「君に一目惚れしたって言ったじゃん。好きな子、見殺しにする奴が何処に居るのさ」


 正論である。

 いっそ、好きな娘にそこまで甲斐性なしと思われている事実に、シアは剝れていた。

 だが、当然少女はそんな答えでは納得できない。

 そもそも好きになった理由も、好きでい続けられる理由もわからないのだ。


「頭おかしいのか!?殺されかけて、何でまだそんな世迷言が言える!?そもそも私は!町の人間の……お前が大切だって言ってた奴らの仇なんだぞ!!敵を好きになって助けるなんて、おかしいだろ!!」

「だから、君が直接やった訳じゃないんでしょ?関係ないってば!」

「直接手を下した奴も居るかもしれないと言っているだろ!?何度も同じことを言わせるな!!」

「それなら君だって!何で『好き』って信じてくれないの!?人が一世一代の告白を真剣にやったら、自分諸共捨て身攻撃なんて酷過ぎじゃない!?俺が咄嗟に庇わなきゃ、君死んでたからね!?」

「だから見殺しにすれば良かっただろと何度も言ってるだろ!!」

「そっちこそ、好きな子見捨てられる訳ないって、何度も言ってるじゃん!!」

「それは何度も言ってないだろ!!馬鹿め!!」


 まだ出会って一日も経っていない二人だが、既にお馴染みになりつつある口論が部屋中に響く。

 深夜であることも忘れて、二人は互いに目を逸らすことなく、子供のようにギャーギャー言い合っていた。


「あーもう!君って超〜頑固!人が人に優しくするのも、人が人を好きになるのも、理由なんてどうでも良いじゃん!」

「それはお前の価値観だろ!他人の善意も好意も必ず裏があるのが当たり前だ!後、頑固はお前に言われたくない!」


 両腕を投げ出してベッドに頭から突っ込むシアに対して、少女はフンとそっぽを向く。

 どうあっても、少女はシアの好意を素直に受け取る気はないらしい。というか受け取れないのだ。純粋な好意を向けられたことが今までの人生で一度もない。

 だからこそ、シアの言動が全て意味不明で理解不能なのだ。

 このまま何を言ったとしても、少女には届かない。それを悟ったシアはガバッと顔を上げ、真っ直ぐ少女を見つめた。

 訝しむ少女。構わずシアは口を開く。


「君さ〜……めんどくさいね?」

「……は?…………」


 突然の悪口に、少女が思わず間抜けな声を漏らす。


「顔に似合わず、お転婆だし短気だし、頑固だし、口悪いし……その上超〜めんどくさい!」

「喧嘩売ってるのか?」


 散々な言い様に、少女はピキリとこめかみに青筋を立てた。だが訂正することも謝罪することもなく、シアは話を続けていく。


「『人の価値観、自分に押し付けるな』とか言う割には、自分の価値観曲げる気ないし……だからもう降参!」


 言いながらシアが両腕を頭の上に挙げた。


「何言っても、俺の『好き』は信じられなくて、君を助けた理由も納得できないんでしょ?だったらもう良いよ。君が理解できるようになるまで……俺の『好き』を信じてくれるようになるまで……俺が俺の愛情かちかんをいっぱい君に教えてあげる!!」

「!!?」


 ニッコリと満面の笑みで告げるシアに、少女は思いきり頭の上に疑問符を浮かべた。

 何がどうしてそんな発想に至ったのか。まるでわからない。

 盛大にハテナを飛ばす少女の様子に、ニコニコ笑いながら、シアは「後さ」と少女の手を取った。

 すぐに手を引き抜こうとした少女だが、シアは逃がさないとでも言うように、力を込めて相手の手を握る。


「『何処を好きになった?』って、聞いてきたよね?あの時は答えられなかったし、今も正直そうなんだけど……」


 そこで言葉を区切ると、シアはフワリと微笑んだ。今まで見せていた子供っぽい表情じゃない。ドキリとするような大人の表情かおだ。

 少女も顔に熱が集まっていくのがわかる。


「少なくとも、今知ってる君のことは全部可愛いなって思ってるよ。見た目だけじゃなくて、お転婆なところも短気なところも、頑固も口が悪いのもめんどくさいのも……全部可愛く思えちゃうんだよね。だからもっと知りたい。『理由を付ける』のが好きなんだよね?だったら付けてあげる!君を庇ったのも、手当てしたのも、君のことが好きだってわかったのも……全部君のことが知りたいからだよ!名前も好きな食べ物も嫌いな事も……全部知っていきたいな!だからほっとけないし、ついつい構っちゃうんだよね!」


 ニカッとシアが歯を見せて笑う。

 到底理解できる理由ではなかったが、流石に少女にもわかっていた。

 シアと少女とでは根本的な所が違うのだと。これまで生きてきた環境が……価値観が違い過ぎる。

 だからどれだけ言葉を重ねられても不可解なだけ……。


 ……でもコイツは教えると言った……。


 シアは確かに告げた。


 ……『俺が俺の愛情かちかんをいっぱい君に教えてあげる』


 押し付けるのではなく、長い時を重ねて、互いの事を知っていくことをシアは選んだ。

 ならいっそのことである。

 根本が違うからと言って、理解できないまま放置するのはストレスの元だ。実際、理解不能のシアの動機は、どれだけ説明されても少女の苛立ちを増やす燃料にしかならなかった。

 この苛立ちを解消するには、シアのことを理解できるようになるしかない。

 少女は決めた。


「…………リーファ………」

「え?」


 長い沈黙の後、少女がボソッと呟く。あまりに小さな声だった為、シアが聞き返せば、少女は顔を真っ赤にしてキッとシアを睨み付けた。


「リーファ!私の名前だ!どうせ怪我が完全に治るまで、身動きは取れないんだ!なら、その間でお前の価値観を教えられるものなら、精々頑張って教えてみろ!!」


 半分逆ギレである。

 だがしかし、シアは少女……もといリーファの物言いに呆れるでも文句を言うでもなく、今までに見せたことない程の輝く笑顔を浮かべていた。


「リーファ!!」


 感極まって、思わずリーファに抱き付くシア。すぐに「離れろ」と、リーファから身体を突き飛ばされるが、シアは嬉しそうにシシシッと表情筋が緩みまくっている。


「これから宜しくね!リーファ!」


 今朝のように、リーファへ右手を差し出すシア。


「フンッ……変な奴……」


 結局そっぽを向いたリーファは、シアの右手を取ることは無かったのである。

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