ノールの町
シアの家から飛び去って十分程。少女は小さな町を見下ろす高台で着地した。
高台は約二十メートルくらいの高さしかないが、すっぽりと町の全体が視界に入っているのを見ると、余程小さな町らしい。
どうやらこの町が、故郷を失った人々が築いた町のようだ。シアとヘキムの家は何故か町から離れたところに建っているが、この星に逃げ込んだ生き残り達は大抵この町で暮らしているのだろう。
少女は町の様子を見下ろした。
ヘキムの言う通り、様々な種族の人間が買い物をしたり、会話をしたり、畑仕事をしたり、穏やかな日常を過ごしている。二、三軒が並ぶ、ほんの小さな市場もあるようだが、出ている店は作物を売っているものや布地を売っているものだけで、洋服や料理などの既製品を売ってる店はない。必要最低限のものだけで、自給自足の暮らしをしているみたいだ。
……小さな町だな。しかも、ろくな店がない。まあ、全員が移星人なら、宇宙船の一つくらいあると信じたいが……。
少女が顔を顰める。
少女の狙いは宇宙船だった。
少女がノール星に墜落した時覆われていた虫の卵のような膜は、宇宙カプセルと呼ばれる物で、要は緊急時用の脱出アイテムである。カプセルを作動させれば宇宙空間を移動することはできるが、あくまでも緊急脱出用。目的地を設定し、そこに辿り着けるようなプログラミングはされていない。どの星に着陸するかは運次第であった。
つまり少女は何やかんやあり、宇宙カプセルを使って元居た場所から緊急脱出したは良いものの、戻る為の手段が手元にない状態なのである。
という訳で宇宙船を調達しに、シアの家から飛び出した訳だが、少なくとも見える範囲に宇宙船を売ってそうな店も、機械の部品類を取り扱ってそうな店もなかった。と言うか視認できる限り、店に限らず、町の何処にも宇宙船の類が見当たらない。
とりあえず様子を見ているだけでは埒が明かなさそうだ。
「……町に降りるか」
一言呟くと、少女は軽い所作で二十メートル程の高台からピョンと飛び降りた。
* * *
町の入り口は質素だった。ただ細長い木の枝を二箇所に立て、枝の先と先とを紐で繋ぎ、そこから看板を垂らしただけの簡易的な門があるだけである。看板にはただ『ノール』と彫ってあった。
門から見える景色も、高台から見下ろしたものと何も変わらない、正に貧乏な町という印象である。それでも町で暮らしている住民達は皆笑顔で明るい。
少女は早速門をくぐり、町へと入った。
……近くで見ると、ますますチンケな町だな。とりあえずそこら辺の人間に宇宙船の事を聞いて……あるなら奪う。無いなら、別の星から移星人が来るのを待つしかないか……。
という訳で、早速少女は一番近くにあった露店に近付いた。
店員のおっさんが一人、客の女が一人。並んでいる野菜の一番美味い料理法などを談笑しながら買い物しているようだ。
「おい」
少女は遠慮なく、二人の会話に割って入った。
会話を中断させられながらも、二人は笑顔で振り返ってくれる。
だがしかし……。
「聞きたいことが……」
「キャアアアア!!!!!」
少女の声は、女の悲鳴に掻き消されてしまった。流石に耳元で急に叫ばれれば、少女もビックリしたようで、少し肩を上下に揺らしたかと思うと、目を皿のように丸くして女に顔を向けた。
だが、女はと言うと、まるで化け物でも目にしたかのように顔面蒼白でガタガタと震えている。それは店のおっさんも同じで、椅子から落っこち、腰を抜かして身体を震わせていた。
当然、あれ程大きい悲鳴が上がれば、小さな町の端から端にまで届く訳で、住人達は「何だ何だ」と悲鳴の出所へと視線を向ける。そして皆一様に表情を固めると、その一秒後には「ウワァアアアアア」と叫声を上げた。
「月猫族だぁあ!!!」
「逃げろ!!皆逃げろ!!!」
「子供達を安全な場所へ!!」
一瞬にして、少女の周りから人々が消え去った。近くに居るのは余りの恐怖で足が動かなくなった哀れな者達だけである。
少女は「あぁ」と何の感情もなく納得すると、どうでも良さそうに丁度逃げ遅れた近くの女に目を向けた。
そのまま女に近付こうとして、一つ銃声が上がる。
少女は静かに発砲元へと首を回した。
「つ、つつ、月猫族ッ!!な、何しに来たッ!!?その、じ、女性からッ!離れろッ!!」
いつの間にか逃げていた住民達は女子供を除いて、全員武器を手に戻って来ていた。
先程の発砲はただの威嚇かそれともノーコンなだけか、少女から離れた地面を抉っている。
どちらにせよ、少女を討つ機会を一度棒に振る時点で、闘い慣れた人間はこの場に居ないようだと少女は判断した。
少女はニヤリと怪しく笑む。
「別に?お前らが大人しく私の言う事を聞けさえすれば、何もしないさ。当然少しでも逆らう動きを見せれば……」
そこで言葉を区切ると、少女は右手の平に光の玉を生み出し、女へ向けて撃った。凄まじい勢いと速さで女の頬を掠めたソレは、露店を貫通して町から数キロ離れた地点で大爆発を引き起こす。
その現実離れした威力に、町の人間は皆唾を呑み込んだ。
「……ああなるがな。死にたくなければ黙って、言う事を聞け」
「な……あ……ぁ、あ……」
言葉も発せないようである。今の一撃で、住民達は闘う意志を削がれたようだ。
少女は「これで良し」と内心呟けば、「早速答えて貰おうか」と口を開く。
「宇宙船は何処に……」
「ちょっとちょっと!何やってんの!?」
またもや少女の声に被さって、別の声が町に響く。
聞き覚えのある声に、少女は「チッ」と舌打ちを溢した。対照的に住民達からは「シア!」と笑顔が溢れる。
空から飛んできて、少女の邪魔をしたのはシアだった。
あいも変わらぬとぼけた表情で少女を見てくるシアに、少女は「またお前か」と低く漏らす。
「シア!ああ、よく来てくれた!あの月猫族を追い返してくれ!!」
「頼むわ、シーちゃん!あの悪魔から町を守って!」
シアの登場に、まるでヒーローが来てくれたかのような声援を飛ばす住民達。
だがシアは不思議そうな表情を浮かべるだけだ。
「何かよくわかんないんだけど、君何してたの?ていうか、ダメじゃん!怪我酷いのに、起き上がったりしたら!傷口開いたらどうすんのさ!」
「……………」
住民達に代わり、今度は少女が黙る番だった。
どう見たって少女が町の人間を脅しているこの状況で、敵である少女の身を心配する発言がよく出るものだ。余りの空気の読めなさに、まるで言葉が出てこない。別の意味で恐怖一杯である。
だがシアの発言に驚いたのは何も少女だけではない。
「な、何言ってるんだ!?シア!ソイツは月猫族だ!敵の心配をしてどうする!?」
住民の一人がシアに投げ掛けた。シアは全くピンと来てない様子で「月猫族?」と上半身ごと首を傾げる。
「そう言や、兄ちゃんも言ってたなぁ。その月猫族って何?この娘の種族の名前なんだろうけどさ、何でこの娘が敵になるの?」
「……シア、よく聞きなさい。ここに居る我々ノール星の住民達は、知っての通り難民だ。故郷を、家族を、友を……同じ種族の仲間を失って、この星までやって来た。その原因を作ったのが……俺達の星を滅亡まで追いやり、沢山の同胞達を手にかけたのが……月猫族だ!!そこに居る女の仲間だ!!我々の殆どが月猫族に母星を滅ぼされている!!」
「!!」
シアが目を見開き、少女へバッと顔を振り向ける。少女は否定することなく、フッと鼻で笑った。
「フン、くだらん。自分の故郷すら守れん負け犬が、吠え方だけは一人前だな」
「な、なんだトォ!!」
少女の火に油を注ぐ物言いに、町の人達の憎悪が一気に膨れ上がる。
「ふざけるな!!人の故郷をめちゃくちゃにしやがって!!」
「私の家族を返して!!皆を返してよ!!」
「悪魔の種族め!!いつか絶対に殺してやる!!」
町の人間の憎しみや怒りを一心に受けながら、少女は何とも感じていないようだ。それどころか少し楽しそうですらある。口元に弧を描きながら、少女は更に人々を煽った。
「ハッ。そんなに憎けりゃ、いつかと言わず、今すぐ向かってくれば良い。一瞬で懐かしの家族や皆とやらに遭わせてやる」
「「「ッ〜………!!」」」
悔しさに皆奥歯を噛み締める。
どれだけ憎くても、襲い掛かる勇気が持てない。それだけ月猫族というのは圧倒的な戦闘力を生まれながらに持っていた。
だがしかし、ただ一人……シアだけは少女に臆することなく、少女のすぐ目の前まで足を進めた。その表情は少女が初めて見た時の朗らかさが微塵もない。
少女が町の人々の故郷を滅ぼした元凶の仲間と知って、幻滅したのか。はたまた少女の手当てをし、その容態を案じてしまったことを後悔したのか。
どちらにせよ、漸く空気の読めないお花畑脳が消えたかと、少女が気分良さげに嗤う。しかし、気分も次の瞬間に最底辺まで叩き落とされた。
パチンと乾いた音が空気中に溶ける。
ビンタだ。シアが少女の頬を右手で叩いたのだ。
全く予想だにしていなかったシアの行動に、状況を読み込めていない少女がパチクリと目を瞬かせる。
「……君の言ってることはさ、難しくて俺にはよくわかんないけど……皆を馬鹿にしてるなってのは何となくわかるよ。でも、皆の苦労も気持ちも全然知らない君が、皆を馬鹿にするのは絶対ダメだ!!だから謝って!」
「…………」
シアが珍しく真剣な表情で少女を見据えている。
しばらくフリーズしていた少女は小さく身体を震わせ始めると、一気に殺気を爆発させた。
「……何だと……お前、誰に向かって口を聞いている……故郷を捨てた裏切り者の分際でッ……誰に向かってそんなことを言っている!!?」
少女は両手に光の玉を作り出すと、怒りのままにシアに向けて玉を投げた。
シアが避ければ、玉は住民達や町を破壊してしまう。シアは表情を引き締めると、グッと身体に力を込めて、片手で光の玉を空へと弾き飛ばした。
だが、光の玉が効かないことは想定内だったのか、シアが玉に気を取られていた一瞬の内に、シアの懐に入り込んでいた少女が思い切りシアの顎目掛けて蹴りを入れる。咄嗟に背中を反らせたシアだが、少しだけ喰らってしまったようで、「グッ」と顔を歪めた。
そのままバク転で一度距離を取るシア。
口の中を切ったらしい。口端から血が垂れたのを、シアがグイッと右腕で拭う。
「頭の悪い餓鬼が!お前こそ、この私を侮辱したことを詫びて今すぐ死ね!!」
「先に君が町の人達に謝るまで、絶対に謝んないもんねーだっ!」
少女の暴言に対して、「ベーッ」と舌を出すシア。
完全にキレたらしい。
少女は青筋を額に立てると、一気にシアと距離を詰めた。常人では目で追うことすら不可能な速さで、蹴りやパンチを入れてくる。
……やっぱ強いな、この娘!ちょっとマズイかもッ……しょうがない……。
このままじゃ町を壊してしまうと判断したシアは、相手の猛撃の合間を狙って一度少女を蹴り飛ばした。当然簡単に腕で防御していた少女は大して身体が揺らぐことはない。だがその隙に、シアは森の方へと飛び去っていた。
少女は舌打ちを溢す。
「逃すか!!」
シアを追い掛けるように、少女も思い切り地面を蹴った。
あっという間に見えなくなった二人の背中を見送って、残された住民達は異次元の戦闘に呆気に取られていたのであった。




