月猫族
「……は?………」
丸々一分固まっていた少女が、心底理解不能と言わんばかりの声を漏らす。
シアは構わず、少女の返答を待っていた。
「……な、何の冗談だ?第一、お前に名乗る名前などない!」
「えぇ!!君、名前ないの!?」
「そういう意味じゃない!!馬鹿か!?お前!」
「なっ、馬鹿って言う方が馬鹿なんだよ!?」
ギャーギャーと騒ぐ二人。
とそこで、部屋の扉がギィと音を立てて開かれた。
「おいおい、怪我人が居る所で騒ぐなって何度も言ってるだろ?シア」
「兄ちゃん!!」
パァッとシアが表情を明るくさせる。
淡い新緑の髪に、深いバイオレットの瞳。片方の目にはモノクルを掛け、その背には白衣。何よりの特徴は、横髪から覗く耳が小さな翼のように羽毛で覆われていることだろう。
兄ちゃんと呼ばれた青年は「シア」とシアへ笑顔を向けた。その笑みを見て、シアはサァーッと顔を青くさせる。青年の目は一切笑っていなかった。
「ところでこの壁さ……何でか知らないけど、向こうの壁まで貫通してるんだよね。夜風が入り放題になっちゃったんだけど、理由知ってる?」
「い、否、俺の所為じゃないから!この娘が起きた瞬間、光の玉で壊したんだよ!!急だったから、避けるだけで精一杯だったんだって!マジで俺の所為じゃないから、信じてよ兄ちゃん!!」
一生懸命弁明するシア。
正しくヤンチャ坊主が保護者に叱られる図な訳だが、少女はその掛け合いを訝しむように見ていた。
……“兄ちゃん”……?
眉根を寄せ、二人をジッと睨む少女。
顔立ち的にも、シアに羽毛の耳がないことも含めて、どう見たって二人が兄弟とは思えなかった。
自分を睨み付けてくる少女をどう思ったのか、青年は柔らかい笑みを返す。
「とても酷い怪我でしたけど、目が覚めたんですね。初めまして、俺はヘキム。この星で医者をしています。血は繋がっていませんけど、シアの兄ですよ」
「……その耳……お前、ヒルバド星人か?」
少女が尋ねれば、ヘキムと名乗ったシアの兄は「えぇ」と頷く。そしてそのままベッドに近付くと、様々な薬瓶の入った箱をベッド横のサイドテーブルの上に置いた。薬箱からゴソゴソと薬を選ぶヘキム。
その様子を注意深く観察しながら少女は表情を顰める。
「ここは何処だ?何故、ヒルバド星人が居る?お前らはとっくの昔に……」
少女が言葉を続けるより先に、ヘキムが「ここは」と口を開いた。
「ノール星。宇宙の最果てにある辺境の星です。元々は誰も住んでいない無人の星でしたが、故郷を失った人達の第二の母星として、様々な種族の方が身を寄せ合って生きているんです。『ノール』という名も、初めてこの星で暮らし始めた方が付けた名前だそうなので、この惑星に本来の名前はありませんよ」
ヘキムの簡潔な説明に、少女は「なるほどな」と納得した。そして、フッと嘲る。
「つまり故郷を捨てた負け犬共の傷の舐め合い場という訳か」
少女の嘲笑に、ヘキムが少しだけ表情を強張らせた。だが、ヘキムが少女に何か言う前に、シアが「んん〜?」と納得できないと言わんばかりに首を大きく横に倒す。
「どういうこと?ここに犬なんて居ないけど?」
「は?………」
シアが本気で聞けば、少女は「何言ってんだ、こいつ」と書かれた顔でシアへと視線を向けた。
どうやら、少女の嫌味はシアにとって高度過ぎたらしい。
そんなシアの天然ボケ具合に、ヘキムは強張った表情を和らげた。冷静になれたようだ。
「シア、そういう意味じゃないよ。後で教えてあげるから……ちょっと今は黙ってようか」
それだけ告げると、今度こそヘキムは浮かべていた笑顔を消して、真剣な表情を見せた。相手を射抜くような冷たい目。
いつかの兄の本気怒りを思い出し、シアは一瞬で顔を青褪めさせると、両手で口を塞いだ。
そんな弟の反応とは対照的に、冷たい視線を受けている張本人はと言えば、微塵も不安や焦りを感じている様子がない。それどころか挑発するような笑みすら浮かべていた。
ヘキムは少女の様子に、一つ深呼吸をする。
「……俺からも貴女に質問があるんですが……貴女、月猫族……ですよね?」
恐る恐ると言ったようにヘキムが尋ねる。
宇宙に存在する沢山の人間達……彼らは星によってそれぞれ進化を遂げ、様々な特徴を有していた。彼らの種は大きく分けて六つであり『魚人種』『両生人種』『爬虫人種』『鳥人種』『獣人種』『その他』と分類されている。
月猫族は獣人種の一種だ。その特徴は虎縞模様の耳と、同じく虎縞模様の長い尻尾。そして『戦闘狂集団』と呼ばれる程の、高い戦闘力と嗜虐性を持っていることである。その性質を悪用し、何百年にも渡り、多くの星々や人間達を滅ぼしてきた。正に最低最悪の種族だ。
少女はニヤリと口角を上げた。
「『そうだ』と言ったらどうする?ここで命乞いでもするか?それとも、仇打ちでも試みて無駄死にするか?」
「……」
挑発する少女だが、ヘキムは応えない。未だ一言も漏らさないよう、必死で息を潜めているシアの頭を優しく撫でるだけだ。
「否……俺は何もしませんよ。ただ、シアが連れて来た怪我人を治療するだけです」
言い切るヘキム。
言葉通り敵意も殺意も見せないヘキムに、少女は舌打ちを溢した。
訪れる沈黙。
少女の明らかに不機嫌な様子を見て、シアは頭に疑問符を飛ばしながらヘキムの服の裾を引っ張る。「もう喋っても良いか?」と言いたいのだろう。ヘキムは「良いよ」と頷くと、「ごめんね」ともう一度シアの頭を撫でた。
「プハーッ!やっと喋れる!ねぇ!そんなことよりさ!君の名前教えてよ!あるんでしょ!?名前」
全く空気を読むことなく、満面の笑みで少女の顔を覗き込むシア。これには少女だけでなく、兄も呆れていた。
しかし、当のシアは早く名を知りたいのか「ねぇねぇ」とニコニコ催促している。
「……お前は話を聞くことも、空気を読むこともできないのか」
最もなツッコミを少女が入れれば、シアは「えぇ〜」と頬を膨らませた。
「話は聞いてたよ、一応ね。まあ、よくわかんなかったけどさ。後、空気を読むってのも?俺には難しいけど……でも話の流れは大体わかるよ!要はお互いのことを教え合いっこしてるんでしょ!?なら、まずは名前を知るところからじゃん!」
「…………」
自信満々に握り拳を両手に作るシアだが、少女の方はキャパオーバーでもしたのか、数秒フリーズしてしまっていた。
ピクリとも動かない少女を不思議に思ったのか、シアが「おーい」と少女の目の前でブンブンと手を振る。ハッと我に帰った少女は、煩わしそうにシアの手を振り払い、ベッドから飛び起きた。
「あっ、まだ寝てなくちゃ……」
シアが言い終わる前に、少女は無言で窓ガラスを破壊する。
……付き合ってられるか……。
心の中で吐き捨てると、少女は壊した窓から外へと飛び去って行った。
慌ててシアが少女を追いかけようと、壊された窓枠に片足を掛ける。とそこで、ヘキムに呼び止められた。
「シア……」
「何?兄ちゃん。早くあの娘追いかけないと……」
ソワソワとその場で足踏みするシアに対して、ヘキムは少しだけ顔を俯かせた。
「シア、あの娘を本当に助けたいかい?シアは知らないだろうけど、あの娘は沢山の命を奪ってるし、きっとこれからも奪い続ける。種族で判断するのは嫌いだけど、月猫族って言うのは、そういう野蛮な種族だからだ。正直、俺が森で彼女を見つけたなら、きっとそのまま放置してる。シアが連れて来たから仕方なく治療したようなものだ。命を助けてくれたからって、それを恩義に感じるような人達じゃない。それでも、本当にシアはあの娘を追いかけるのかい?」
ヘキムの眼差しが真っ直ぐシアを射止める。シアの意見を尋ねてはいるが、本心では助けたくないのだろう。いくら空気が読めないと言っても、何年も一緒に暮らしてきたのだからシアにだってそれくらいわかる。
だがシアに迷いはなかった。
「うん!追いかけるし、困ってるなら助けるよ!あんな大怪我でこの星に落ちて来たってことは、何かあったってことだから」
全く躊躇なく言い放つと、シアはニカッと歯を見せて笑った。
シアの本気が伝わったらしい。ヘキムは眉を下げて微笑んだ。いつものヘキムの笑い方だ。
「全く、シアは本当にヤンチャだなぁ。後、頑固。うん、行っておいで。何か困ったら、遠慮なく兄ちゃんに頼りな」
「うん!ありがとう、兄ちゃん!それじゃあ、行ってきます!」
そうしてシアは少女の後を追いかけ、壊れた窓から飛び出したのであった。




