思い出の人達
ユージュンは目の前のリーファを睨み付けると、思いきり顔を顰める。
「……邪魔だ。んなガキ、俺のチームに入れんじゃねぇ。とっとと連れて帰れ」
「なっ!おま、ユージュン!無礼のないよう言ったばかりだぞ!!」
しっしっと片手を振るユージュンに、司令官の男が青筋を立てる。しかしユージュンに言葉を撤回する気はないらしく、知らん顔だ。
続いて無精髭の男も「そういうことだ」と豪快に嗤う。
「いくら、王族に選ばれる天才少女でも、ガキは邪魔だ。俺達の足を引っ張る前にママのオッパイでも飲んでな」
「否、三歳はミルク飲まないだろ」
「ツッコむ所、ソコかよ。つか、本当に金髪一色だけか。ガキじゃなかったら、チームに入れても良いんだけどなぁ」
「どっちにしろ、女でガキだ。俺らにゃ、付いて行けねぇよ。別のチームの所へ行きな」
他四人もリーファのことは眼中にないらしい。
全く言う事を聞く気がない五人に、司令官の男は更にキレた。
「お前らなぁ!信じられねぇかもしれねぇが、既に王女は大人の上位戦士に匹敵する程の戦闘力を身に付けているんだぞ!?そもそも、俺だって命令で動いてんだから、良いから黙って王女を受け取れ!」
若干男の方もリーファに対して失礼な物言いになるが、それを気にする奴はここには居ない。
ただただ、男の発した言葉に一瞬キョトンと目を丸くして、そして大笑いするだけだ。
「ガハハ!!そんなチビが!?俺達に匹敵するって!?」
「おいおい、戦闘能力と潜在能力の数値、間違えて見てねぇか?」
「いくら潜在能力が高くっても、有り得ないだろ、それは」
「つか、こーんな小っせぇガキに追い付かれたんじゃ、最上位戦士チームの名が泣くぜ」
相手にもしない四人。
いよいよ司令官の方も我慢の限界という所で、「黙れ」とユージュンが声を張った。
ピタリと笑い声が止む。
「相手の力量も量れねぇ馬鹿共は黙ってろ。俺はこのガキが弱くて役に立たねぇと思ってるから、『邪魔だ』つってる訳じゃねぇんだよ」
言いながら、ユージュンは真っ直ぐとリーファを見下ろす。その目は、リーファの力を確実に見抜いている瞳だった。
太った男が「ゆ、ユージュン?」とユージュンの様子を伺う。
構わずユージュンは続けた。
「俺はな……ガキが大嫌いなんだよ!わかったら、さっさと帰れ!オヒメサマ」
そう言って、ユージュンはリーファに背を向けた。
五秒程間が空いて、四人の男達はそれぞれ肩を竦め合う。自分達のリーダーの自分勝手さに呆れているのだ。
しかしチームに置いて、リーダーの命令は絶対である。
話は終わったと言わんばかりに、四人の男達もユージュン同様踵を返した。
「結局、私情かよ」
「自分勝手な男だよなぁ」
「……何か言ったか?」
「「ナニモイッテマセン」」
既に平常運転で自分達の日常に戻ろうとする五人。
リーファはその後ろ姿を黙って見つめて、静かに片腕を前に突き出した。手の平の照準はユージュンの頭。
ジンシューを生成したリーファは、躊躇なくユージュン目掛けてジンシューを撃った。
「「「「ッ!!?」」」」
凄まじい勢いで横を通り過ぎて行ったジンシューに、手前四人が目を見開く。
あまりにも唐突なことで、全く攻撃に気付かなかった。
四人が声も出せず驚く中、真っ直ぐユージュンの後頭部に向かって飛んで行くジンシュー。ユージュンはまだ気付いていないのか、振り返らない。
否、気付いてない訳ではなかった。
「……」
ジンシューが当たる直前に身体を振り向けたユージュンは、焦ることなく無言でジンシューを弾き飛ばす。眉一つ動かすことなく、それも片手だ。
リーファは感情の見えない真顔から、初めて子供らしい、感心したような惚けた表情を浮かべた。対照的に、ユージュンは先程のクールさは何処へやら。ビキッと額に青筋を立て、般若も泣き出す表情を齢三歳の少女へ向ける。
「……良い度胸じゃねぇか……よっぽど俺に殺されてぇみてぇだなぁ、ガキ」
「…………」
ワナワナと拳を震わせるユージュン。そんなユージュンを前にしても怯えることなく、リーファは無言で相手を見据えていた。
その態度が更にユージュンの怒りに油を注ぐ。
「ぁあ!?何とか言ったらどうだ!?クソガキ!!」
今にも殴り掛かりそうな勢いで凄むユージュンだが、司令官の男が「おい」と制止をかけた。
「ムキになるな。王女は元々無口なんだ。喋ってるとこなんて、殆どの奴が見たことねぇよ。んなことより、大人しく王女をチームに入れろ。これは国王命令……ッ!!」
男が喋っている途中で、待つのが面倒になったのか、再び手の平にジンシューを生成するリーファ。
『無口』と言うだけあって、一言も発することなく真顔で淡々とジンシューを撃ってくる様は、とてもじゃないが子供には思えない。
リーファの放つジンシューを全て軽々と片手で弾き飛ばしたユージュンは、先程までの憤怒の表情から一転。ニヤリと愉しげに口角を上げる。
「なるほど、『無口』か……確かに月猫族なら、口で話すよりも……殴り合いの方が性に合ってるなぁ」
言いながら、ユージュンはボキボキと拳を鳴らす。
それを見て、四人の男達が「ゲッ」と顔を顰めた。
「お、おい、ユージュン!相手は一応王女様なんだぞ!?もし万が一でも殺したら、国王から仕事干されるかもしれないだろ!!」
好青年風の男が慌てて告げるが、ユージュンの耳には届いていないようだ。
フワリと宙に浮かぶユージュン。それに合わせるように、リーファも空を飛んだ。
「来いよ、オヒメサマ。天才だかエリートだか知らねぇが、上には上が居ることを教えてやる」
「…………」
これがリーファとユージュンの、初の手合わせとなったのである。
〜 〜 〜
「……これがユージュンとの出会いだ。その後、国王からしばらくユージュンの家で暮らすよう言われて、お前の母親とも知り合うようになる」
「…………」
リーファの掻い摘んだ思い出話が終わると、シアは数秒放心していた。自分の想い人と顔も知らない父親が、荒々しい出会いをしていたことに対してではない。
我に帰ったシアは「えっ」とパチクリと目を瞬かせる。
「リーファって、お姫様だったの?」
シアが寝耳に水という表情で尋ねれば、リーファは「気になるところはそこか?」と逆に呆気に取られる。
「言わなかったか?」
「言ってない!聞いてない!えっ!リーファってホントにお姫様なの!!?だからそんなに可愛いの!?お姫様が全員可愛いってホントの話だったの!?」
「ちょっと待て。何処の世界の常識だ?第一、私は養子であって本当に王家の血筋を引き継いでる訳じゃない」
「……『養子』……?」
シアがグイグイと近付けて来ていた顔をピタリと止める。
養子……つまりリーファは本当の王族ではないということだ。
漸く落ち着いたシアの様子に、リーファは一息吐きながら「そんなことより」と話題を変える。
「お前がしつこく聞いてきたから、わざわざユージュンと会った日の事を話したんだぞ?父親に対する感想は何か無いのか?」
話し損だと言わんばかりに眉根を寄せるリーファ。
対するシアは「えぇ〜」と人差し指を空に向けた。
「だってリーファの話、淡々とし過ぎて感動がないんだもん。リーファの話でわかったことなんて、初対面でリーファと俺のお父さんが喧嘩したことくらいなんだけど?もっと人柄教えてよ、人柄」
堂々とシアが文句を言えば、「チッ」とリーファが舌打ちを溢す。このまま自分の話が不評で終わるのも癪に触るので、リーファは「人柄ね……」と記憶に残るユージュンの面影を辿った。
「……無愛想で不躾で、大人気ない上に短気で他人の言う事を全く聞かない……本当、よく結婚してくれる奴が見つかったなと感心する程ムカつく男だったよ」
言いながら、リーファは目を細めた。口元には薄らと笑みが浮かんでいる。
シアはそんなリーファの表情にポカンとすると、すぐに「そっか」と笑顔を見せた。
「リーファ、俺のお父さんと仲良しだったんだね」
「はぁ!?」
シアのセリフに、すぐさまリーファが声を荒げる。
「今の話をどう聞いたらそうなる!?殆ど毎日殺し合いをしていたんだぞ!?仲が良い訳ないだろ!この馬鹿め!!」
「照れ隠しに人を馬鹿扱いしないでよ〜。だって、リーファ、俺のお父さんのこと話す表情、すっごく優しい目してたよ?好きだったんでしょ?お父さんのこと」
「あんな偉そうな自己中心男、誰が好きになるか!!」
思わず真っ赤になって反論するリーファ。あまりにもリーファが必死に言うので、シアは「え」と固まった。
「ちょっと待って、何その反応……まさか恋愛的な意味で好きだったとか言わないよね?嫌だよ?初恋のライバルが、顔も知らないお父さんなんて。どうやって超えたら良いのかもわかんない」
「だから好きじゃないと言ってるだろ!!」
「えぇ〜〜」
まだ納得してないのか、シアがジト目でリーファを見つめる。しかしリーファは頬を赤らめたままそっぽを向いてしまっていた。この分だと、ユージュンの話はもうしてくれないだろう。
仕方がないので、シアは「なら」と話題を変えた。
「お母さんは?俺のお母さん。知り合いだったんでしょ?どんな人だったの?」
仕切り直すようにシアが明るく聞けば、リーファは頬の赤みも何処へやら。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。流石にそんな反応を返されるとは思っていなかったシアも「??」と困惑した表情を見せる。
「……お前の母親の名前はユーリン。性格だけなら、お前とよく似てたよ。いつもヘラヘラ笑ってて、例え敵でも殺すことを躊躇するような……月猫族とは思えない程甘ったれた奴だった」
「優しい人だったんだね」
「……『優しい』、ねぇ…………」
シアの言葉を復唱すると、リーファは明後日の方へと視線を向ける。だが映しているのは森の風景ではない。
……あ、また優しい表情……。
リーファの表情を見て、シアが今度は心の中だけで呟いた。
シアにはリーファが何を思い出し、何を想っているのかはわからない。
それでも確実に今思い返しているのは、シアの両親との思い出の日々だ。
「……良いな……」
つい心の声が口から出てしまう。
小声だったが、リーファにも聞こえてしまっていたようで、怪訝な表情でシアへと視線を投げていた。
シアは誤魔化すように「あはは」と後頭部へと腕を回す。
「何か、俺はリーファに告白すら信じて貰えてないのに、俺の両親はリーファと仲良しで羨ましくなっちゃった!でも、違うよ!?いくら覚えてないって言っても、実の両親に嫉妬なんて……」
やましい事を考えた訳ではないのに、何故か言い訳くさくなっていき、シアは「あれ?あれ?」と頭が混乱してきた。
だがリーファはそんなシアの様子を気にも留めず、グルグルと目が回りかけているシアに近付き、サッとシアのハチマキを取った。
途端にピョコンと現れる虎の耳。
「リーファ?」
マジマジとシアの顔を見つめるリーファに、ドギマギしながらシアが首を傾げる。
すると、リーファは急に「お前の両親は」と脈絡なく話し始めた。
「どっちも、周りの月猫族達から慕われていた。同種であっても、それこそ家族や恋人ですら平気で殺せる……身内意識が薄い種族であるにも関わらず、いつもあの二人の周りには、温かい何かがあった」
「…………」
リーファはシアの頬に片手を添えた。
「種族の本質関係なく、周りの奴らを惹きつける……そういうところは両親にそっくりだ」
悪態を吐くような言い方だが、その口調は何処か柔らかい。
そんなリーファを前に、シアは一言。
「……やっぱ前言撤回」
「は?」
唐突なシアの言葉に、リーファが頭に疑問符を浮かべる。
構わず、シアはヘラッと笑った。
「嫉妬しちゃうよ、こんなの。お父さんもお母さんも、リーファと仲良くてズルい!」
「だから仲良くないと……ッ!」
……「言っているだろ」とリーファが言いかけたところで、シアが自身の頬に添えられているリーファの手を握った。
「だからさ。いつか絶対、俺のことも好きにさせてみせるから!覚悟してよね、リーファ!」
そう宣言してウィンクするシアに、リーファは呆然としながらもフッと口角を上げるのであった。
「気安く触るな」




