シアの父親
特訓開始から二時間。
「ハァッ!!」
「…………」
何度目かもわからないジンシューが、リーファの横を通り過ぎる。既に何十発ものジンシューを放っているシアだが、未だ一発たりともリーファに掠りすらしていなかった。しかし、それでも段々とコツは掴んでいるようで、徐々に狙いも定まってきていた。
「ハァ!ハァ!……ッ!」
すっかり荒くなった息を整えて、シアが頬を伝う汗を拭いながらリーファを見据える。
一度ゆっくり深呼吸をしてから、シアは再び腕を真っ直ぐ前に伸ばした。手の平をリーファの正面へと向ける。
「ハァッ!!」
勢いよく、掛け声と共にジンシューを放つシア。
「!」
永遠と当たらないジンシューに眠気眼になりかけていたリーファの瞳が、ハッと見開かれる。
シアが放ったジンシューの軌道は、逸れることなくリーファの真正面を捉えていた。順調にリーファの心臓部を狙って進んでいくジンシュー。
「えっ、行ったんじゃない!?行ったんじゃない!?……えっ、でもちょっと待って、これ!ここからどうやって、コントロールするの!!?」
漸く成功した事に喜んだのも束の間。このままではリーファに激突してしまう。
しかし、焦るシアとは対照的にリーファは「否」と非常に落ち着いた様子で口を開いた。
「お前、ずっとそうだが……手の平からジンシューへのエネルギーの流れを、ジンシューを撃ったと同時に切ってるだろ。それじゃあ、撃った後からコントロールなんてできるものか。やり直しだ」
「否、今言う!?ソレ!!ずっとそうなら、もっと先に教えてくれない!!??成功した後に言わないでよ!!リーファ、避けて避けて!!」
アッサリ言い放つリーファにシアがツッコむ。
シアの言い分は尤もな訳だが、リーファに気にした様子はない。
それどころか避けようとする意思すら感じられなかった。
ニヤリと口角を上げると、リーファはシアの放ったジンシュー目掛けて片腕を突き出す。
……試してみるか。
心の中で呟けば、リーファは小さなジンシューを一つ生成して、軽く放った。直線を描きながらシアのジンシューにぶつかったソレは、呆気なくシアのジンシューに吸い込まれていく。
大して驚くことなく、リーファは先程よりも少し大き目のジンシューを作り出し、また撃った。またもやリーファの作ったジンシューは、シアのジンシューの勢いを弱らせることなく、その中に吸い込まれていく。
そうして少しずつ威力を上げながら、リーファがジンシューを生成すること五発目。やっと、シアのジンシューを相殺できたようで、空中で二つのジンシューが大爆発を引き起こした。
しばらく周辺が土煙で覆われる。
「リーファ!大丈夫!?」
視界がクリアになってから、シアがリーファの元へと駆け寄って来た。
だが、完全無傷のリーファはと言えば、シアの心配など毛程も興味がなく、自身の右手の平を見つめては、握っては開いてを繰り返している。
そして、満足げに口元に弧を描いた。
「リーファ?」
不思議そうにシアが首を傾げる。
リーファは気にせず、シアの顔を見つめた。シアの方が身長が高い為、必然的にリーファが上目遣いになる。
ドキッと、シアの心臓が高鳴った。
……やっぱ、リーファってすっごく可愛いなぁ……。
頬を少し赤らめて、惚けながら内心シアが思えば、リーファがフッと柔らかく微笑み、ソッとシアの左頬に片手を添えた。
「やっぱりお前、ユージュンの子だな」
「………へ?」
突然のリーファの行動に頭が軽くパニックになっていたシアは、予想だにしていなかったリーファの台詞に間抜けな声を返す。
だが、混乱で上手く回らない頭でも、『ユージュン』という名に聞き覚えはあるようで、「えっと」とシアは人指し指を空に向けた。
「『ユージュン』って、確か……リーファが最初、俺と間違えた人の名前、だよね?その人の子供って、俺が?えっ、リーファ、俺の家族のこと知ってるの!?」
シアがグイッと身を乗り出す。
リーファは「ああ」と頷き、シアの頬から手を離した。
「お前の父親の名はユージュン。お前の父親のことなら良く知ってるよ。お前の母親は乳母みたいなものだったしな」
「…………」
シアが沈黙する。
無理もない。赤子の頃、ヘキム達に拾われたということは、シアに両親の記憶などある筈ないのだ。
急に自身の親のことを話されても困惑してしまうのは当然のことである。
しかし、シアは「へぇ」と少し俯けていた顔を上げると、照れくさそうにはにかんだ。
「じゃあ俺、初対面で間違われる程、お父さんに似てるんだ」
「否、全然似てない。髪と目の色だけだな。性格も雰囲気も全く似てない。どちらかと言えば、母親似だ」
すぐさまリーファに否定され、シアが「あれ?」とズッコケる。
「なのに間違えたの?」
シアが苦笑して尋ねれば、リーファはフンとそっぽを向いた。そのまま黙ってしまったリーファに、シアは「なら」と距離を詰める。
「教えてくれない?俺の両親の事。リーファにとって、どんな人達だったのかさ」
顔の前で両手を合わせ、目配せをするシア。それに対して、リーファはジトッと眉根を寄せた。
「そんな事、今更聞いてどうする?お前の父親も母親も……既に死んでるんだぞ?そもそも月猫族の証である耳や尻尾を平気で隠すような、種族の誇りも持ってないお前に、話す義理なんてない」
ピシャリとリーファが一蹴すれば、シアから「えぇ〜」と不満が上がった。
「固いなぁ、リーファは。自分の家族を知りたいって思うのは当然のことじゃん。それに……俺が知りたいのはさ、俺の両親のこともだけど……一番はリーファの事だよ。リーファが俺の両親と……月猫族の仲間とどんな風に暮らしてたのか聞きたい。ねっ、ダメ?」
そう言って、シアはあざとく小首を傾げた。
リーファは少し悩む素振りを見せたが、近くの岩に腰掛ければ、溜め息の後「お前の両親に会ったのは」と話を始める。
「私が三歳の時だ。イタガ星では、五、六人でチームを作り、仕事仲間と一緒に他星を侵略しに行く。腕があれば、当然子供も大人のチームに混ざって仕事をするが……ユージュンは、私が配属されたチームのリーダーをしていた男だった」
〜 〜 〜
十七年前。今は無きイタガ星。
惑星の約五割を占めている戦闘訓練場の中でも、最も成績の優秀なチームしか使えない広大なフィールドに、司令官の男が一人の少女を連れてやって来た。
「……と言う訳で、本日よりお前達のチームに配属されることになったリーファ姫だ。一応言っておくが、無礼のないようにな」
そう言って、男は恭しく腰を折り、まだ齢たった三歳のリーファへと道を譲る。
リーファはクリクリと大きな瞳で、自分より遥かに体躯の良い、五人の男達を見上げた。
無精髭の男に、好青年風の男。縦にも横にもデカい男に、女のような美形の男。容姿は皆バラバラの中で、それでも四人に共通しているのは髪色である。
それぞれ金色ベースに所々黒のメッシュが入った髪色をしていた。
そんな中、黒一色……漆黒の髪を持った男が唯一人。
目付きの悪さを引き立たせている吊り目は琥珀色で、黒髪は癖っ毛らしくあちこちに跳ねている。一部分だけ伸びた後ろ髪を白のリボンで雑に結んでおり、黒髪の中でやけにリボンだけが目立っていた。左頬から首にかけて大きな傷跡があるが、だからと言って弱々しさは微塵も感じない。
この男の名こそ、ユージュン。シアの実の父親であった。




