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不思議な魅力

「皆にお願いがあるんだよね」


 次の瞬間、シアは笑った。いつもと同じ、こちらまで釣られて笑ってしまうような、「しょうがないなぁ」と張っていた力が抜けるような、そんな人懐っこい笑顔だった。


「俺、リーファに一目惚れしちゃったんだ」

「「「!!??」」」

「……だからさ、皆にリーファがここで暮らすことを認めて貰いたいし、リーファ自身のことも受け入れて欲しい。……まあ、さっき帝国軍のおじさん二人が来る前に言ってたこととおんなじなんだけどね?」

「「「…………」」」


 思わず全員が口を閉ざす。

 確かにリーファに関する説得は、帝国軍が来る前から、シアが町の人達にお願いしていたことだ。だがこの状況なら、リーファのことよりも、まずはシア自身に関する説得なりお願いなりをするべきだろう。

 しかし、シアの優先事項は『リーファとの事を町の人達に認めて貰う』……ただ一択だった。


「皆にとっての俺がどんな存在なのか、今ははっきりわかんないけどさ。でも俺にとっての皆は……大切な家族だよ。血の繋がりもなければ、種族も違うけど……兄ちゃんとシェパーさんに拾われて、皆に今日まで育てて貰った。その思い出は絶対に消えたりしない。だから俺は皆のことが大好きだし、そんな皆に初めての恋を応援して貰いたい!」

「シア……」

「シーちゃん……」


 町の人々の心が揺らぐ。

『大切な家族』だと思っていたのは何もシアだけじゃない。

 それでも認められない人間も居た。


「ふざけるな!!」


 一人の男が叫ぶ。昨日リーファに発砲した男だ。黒い翼に目の周りを覆う独特の黒い模様。鳥人種……それも烏の鳥人だろう。名をクウロと言った。


「クウロさん……」

「認める!?受け入れる!?できる訳ないだろ!!いくらシアだって、月猫族なら話は別だ!!月猫族おまえらが俺達に何をしたと思ってる!?町を焼かれた!!家族を殺された!!故郷ほしを奪われた!!許せる訳がない!!俺だってシア(おまえ)が良い奴なのは知ってるんだ!!それでもその姿!!忌々しいその姿が目に入る度、恨みと憎しみでどうにかなっちまいそうになる!!敵なんだ!!月猫族は俺達の!!どうやったって、相容れないてきなんだ!!!」


 言いたいことを叫ぶだけ叫び、クウロが「ハァハァ」と肩で息をする。町の人達だけでなく、シェパーも視線を逸らして何も言わないのは、クウロの言い分がわかるからだ。


「……別に良いんじゃない?それで」

「ッ!?」


 己の耳を疑うように、クウロが目を見開く。

 あっさりと言い放ったシアは構わず続けた。


「クウロさんの意見に間違いはないよ。ていうか、人の感情にそもそも間違いなんてある訳ないしね。酷いことされたんだから、許せないって怒るのは当然のことだし、そこまでのことをしておいて、月猫族が許されるべきだとも思えない。悪いことした人が報いを受けるのは当たり前だと思うよ」


 シアはクウロを否定しない。

『どんな事情や価値観を持った人間も否定せずに受け入れる』……ノール星で育ったシアが、町の人達と一緒に過ごすことで、自身の身体や頭に自然と刻んでいったことだ。


「ま、だからって俺やリーファが直接やった訳でもないことについて、ツケを払わされる気なんて更々ないんだけどね。やっぱ理不尽だって思うし。要は月猫族だって認識できなきゃ良いんでしょ?」


 言いながら、シアは明後日の方へ歩き出した。スタスタと足を進める先にあるのは、リーファがジンシューで撃ち切ったハチマキである。

 シアはハチマキを拾うと、結び目を解いて、丁度耳が隠れるように、新たにハチマキを頭に巻き直した。


「ね!これで良いでしょ!?流石に十五年間、頭にハチマキ巻いて過ごしてきたからさ、何にもなかったら逆に違和感凄いんだよね〜。元々自分が何者なのか知りたかっただけだし、月猫族だって皆にバレたからって、ハチマキはこれからも巻くつもりだよ。これなら今までの俺と一緒でしょ?」


 名案だろと言いたげに、シアが胸を張る。

 確かに虎の耳が隠れているお陰で、一見月猫族だとは思わない。尻尾も耳と同様隠しているのだろう。何処からどう見ても月猫族……どころか獣人種にすら見えなかった。

 クウロを始め、町の人々が何も言えず、呆然と立ち尽くす。

 そんな町民達の心情など露程も気付かないシアは、リーファの元へと駆けて行った。


「という訳で、リーファも耳と尻尾、隠して隠して!」

「ふざけるな!私はやらん!というか、お前!ずっと思ってたが、尻尾を何処に隠してる!?」

「ん?えっとねぇ、まず腰に尻尾巻いて、服着るでしょ?それだと服が盛り上がってバレちゃうから、その上に腰帯巻いて誤魔化すんだよ。簡単だし、ずっと続けてたら慣れるよ。だから、ね?リーファもやろ?」

「だから『やらん』と言ってるだろ!耳と尻尾は月猫族の証だぞ!?それを簡単にッ……!」


 町民達そっちのけで、ギャーギャーと二人が騒ぐ。

 唖然と二人の言い争いを眺めている町の人々は、シアの行動に言葉も出ないらしい。

 虎の耳と尻尾……月猫族の姿が町の人達のトラウマなのは間違いないが、だからと言って、見えないように誤魔化せば良いという問題でもない。

 それでも……。


「ぷっ……あははは!!!」

「「ッ!!?」」


 突然の笑い声に、シアとリーファが同時に振り返る。見れば、シェパーが涙目になりながら腹を抱えて大笑いしていた。

 瞬時にシェパーが笑っている原因に思い至ったリーファと違い、原因の張本人であるシアは、何故シェパーがいきなり笑い出したのか見当もつかない。


「??シェパーさん、急にどうしたの?頭ぶつけた?」

「違ぇよ!ホントに失礼な奴だな!……そうじゃなくて、シア(おまえ)らしい行動に笑ってんだよ」

「……『シア(おれ)らしい』……?」


 シアが意味不明と言わんばかりに首を倒す。シェパーはそんなシアの頭にポンと手を置いた。シアを見つめる、細められたシェパーの瞳は慈愛で満ちている。


「真っ直ぐ育ったな、シア」


 優しく呟けば、シェパーは再び町の人達と向き合った。そしてガバリと頭を下げる。


「月猫族のことを隠してた責任は俺が取る!だから、シアのこと、月猫族としてじゃなく……俺達の家族シアとしてもう一度見てくれないか!?この通りだ!頼む!!」


 頭を下げ続けるシェパー。堪らずシアが「俺も!」と一緒になって頭を下げた。


「リーファのこと認めてください!!お願いします!!」

「「「…………」」」


 数分、沈黙が場を支配した。

 シアとシェパーはまだ頭を上げない。


 ……無理だろ。いくら耳と尻尾を隠したところで、シア(アイツ)が月猫族であることに変わりはない。今までどんな関係を築こうと、全部無駄だ……。


 リーファが黙って成り行きを見守りながら、内心吐き捨てる。

 理屈じゃないのだ。遺伝子レベルに刻み込まれた、月猫族に対する憎悪の感情……それを打ち破り、シア個人として受け入れ、願いを認めるなど有り得ない。

 だがしかし……。


「…………『大切な家族』……か……本当、シーちゃんは変わらないのね」


 一人の女性が、眉根を下げて少し歪に微笑む。


「変だな……ハチマキを巻いただけなのに……月猫族であることに変わりはない筈なのに……その姿を見てると、本当にただの、俺達の家族シアだ」


 また一人、別の男が呟く。


「わかってる。わかってるよ。シアはシアのまま。空気が読めなくて、悪戯っ子で、頑固で……でもとっても純粋で、いつも真っ直ぐな……私達の家族ヒーロー

「そうですね。シアはいつだって、僕達の抱える負の感情を祓って、元気をくれる。前に進む勇気をくれる」

「同じ種族の仲間を失って、孤独に押し潰されそうになってた俺達を、シアはたった一言……『皆、大切な家族だよ』って笑って救ってくれちまった。種族関係なく、俺達を家族にしてくれた」


 一人、また一人と町民達がシアを見つめる眼差しを変えていく。町の人達の目が映しているのは、憎むべき月猫族かたきの姿じゃない。十五年間、ずっと見守り育ててきた、変わらない家族シアの姿だ。


 ……そんな、まさか……。


 リーファが目を見開く。驚愕のあまりか、頬には冷や汗も見えた。

 固まるリーファをよそに、だんだんとシアの周りに町の人達が集まって来る。


「シアのお願いなら、仕方ねぇよなぁ〜」

「甘やかし癖、付いちゃってるもんね」

「しょうがねぇさ。シアは俺達のたった一人の家族ヒーローなんだから」

「!!皆……ってことは……」


 シアが頭を上げ、パァッと表情を明るくさせる。


「シア」

「クウロさん……」


 クウロがシアの目の前に立つ。クウロは右腕を持ち上げると、ゆっくりとシアの頭に手を置いた。そのまま感触を確かめるように、シアの頭を撫でる。

 一頻り撫で終わると、手を離してシアの瞳を見据えた。


「クウロさん?」


 キョトンと小首を傾げるシアは、クウロの記憶にある幼き日のシアと変わらない。

 クウロはフッと口角を上げた。


「でかくなったのは、身体だけだな」

「いつかクウロさんの背も追い抜くよ!」


 ニッとシアが歯を見せる。その笑みに、クウロもまた釣られて笑った。

 いつものことだ。シアの笑顔は周りの人間も一緒になって笑ってしまうのである。


「月猫族は憎いままだ。今はまだ……お前の本来の姿も含め、受け入れられそうにねぇ。だが、他の誰でもねぇ家族シアの願いだ。……しょうがねぇな。あの月猫族がノールで暮らすこと、認めてやるよ。今はこれだけで満足しとけ」

「ホント!!?」


 シアが瞳をキラキラと輝かせて聞き返す。

 クウロだけじゃない。町の人達も皆、にこやかに頷いていた。


「但し!あの月猫族が何かしでかせば、ちゃんと責任は取れ。良いな?」

「はいッ!了解です!ありがとう!!!」


 ビシッと敬礼と共に、満面の笑みでお礼を言えば、シアは「あっ、でも」と人差し指を立てる。


「『リーファ』だから!『あの月猫族』じゃなくて、ちゃんと名前で呼んでよね!」

「「「…………」」」


 町の人々が再び無言になる。

 やはり甘やかし過ぎたかと頭にぎる人達だが、既にシアは「リーファ」とリーファに意識を向けていた。


「ねっ!言った通りでしょ!!」

「…………」


 誇らしげにピースを突き出すシアに、リーファは返答することもできず惚ける。

 シアやシェパーの言う通り、本当に説得してしまった。存在を受け入れることはできなくても、一緒の星で暮らすことを認めて貰っただけで、信じられない事態である。


 ……『シアには『こいつなら』って思わせてくれる不思議な力があるんだ』


 人を惹きつけ、無条件に信じてみたくなる不思議な魅力ちから

 リーファはかつて一緒に過ごした、シアとよく似た不思議な魅力を持っていた男のことを思い出していた。


 ……やっぱりお前の息子だな……ユージュン……。

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