仇か家族(ヒーロー)か
最初に殺された男同様、たった一言すら発することなく、男が塵と化す。
「…………」
思わず唖然とした表情を浮かべて、リーファから手を離したシアはムッと顔を顰めた。
「殺す必要ないって言ったじゃん!」
「甘ちゃんも大概にしておけと言った筈だが?」
ムムムと睨み合う二人。
だが、今回は珍しくシアの方が折れた。まあ、既に男は殺されてしまっているので、折れるしかなかったと言った方が正しいが。
「はぁ……まぁ良いや。あの人達、悪い人だったんでしょ?なら因果応報だしね」
溜め息の後、後頭部を掻きながら、シアはあっけらかんと告げる。
とそこで、ずっと事の成り行きを黙って見守っていたシェパーが「シア」とシアの隣まで飛んで来た。
「シェパーさん、どうしたの?」
「『どうしたの?』じゃねぇよ。そろそろ町の連中にも意識を向けてやってくれって」
「ほら」とシェパーが指指す先、町の人々が未だ何とも言えない複雑な表情でシアのことを見つめていた。
どうして町の人達がそんな表情をしているのかわからないシアは、シェパーに「皆、どうしたの?」と答えを求める。シェパーは「はぁーー」と大きく溜め息を吐いた。
「お前が“月猫族”だって知って、混乱してんだよ。今まで見てきた“町の英雄”としてのシアか、ずっと憎んできた“仇の仲間”としてのシアか……頭の中でぐちゃぐちゃになって、どう接すれば良いかわかんなくなってんだ」
「俺は俺のままなのに?」
心底意味がわからないとシアが首を傾げる。シェパーは「ああ」と頷いた。
「それだけ月猫族に対する恨みが強ぇってことだ。どんだけ外野があーだこーだ言ったって、一度植え付けられた憎悪はよっぽどのことがなけりゃ……それこそ死ぬまで消えやしねぇよ」
シェパーが言いながら、チラリとリーファを見やる。視線に気付いたリーファはフンとそっぽを向いた。
それに気付かず、シアはまだ納得できてないのか「うーん……?」と一人唸っている。
「というかシェパーさんと兄ちゃんって、やっぱり俺の種族知ってたの?」
「まあな。初めて会った時、赤ん坊だったお前は、当然耳も尻尾も隠されてなかったし……虎の獣人ってなったら、月猫族くらいしか思いつかねぇからな」
シェパーが肯定する。
リーファは黙ってそれを聞きながら、「やはりな」と内心思った。
いつ何処でもシアにハチマキを巻くよう教えていたのはシェパーとヘキムだ。明らかにシアが何の種族かわかっていたからこその判断だろう。
そうなると、今までシアに月猫族や帝国軍の知識を教えてこなかった理由も違う見方ができる。
……コイツに自分が月猫族であるということを隠す為か……。
リーファは「おい」とシェパーに話し掛けた。シェパーが「はい?」と少し身構えながら振り返る。
「お前もヒルバド星人も、コイツが月猫族だと知っていて、何でわざわざ拾ったんだ?お前達の仇でもあるだろ」
リーファが瞳を細める。
シアもそれに倣ってシェパーを見つめるが、対するシェパーはポリポリと後頭部を掻くだけだ。
「……俺とヘキムは、そんなに月猫族に対して恨みがねぇんだ。確かに故郷を滅ぼされたけど……それ以上に色々あったからな。しかも、見つけたのは赤ん坊。いくら月猫族でも赤ん坊に罪はねぇよ。そんな訳で殺すことも捨て置くこともできず……でも、他の連中は赤ん坊だろうが何だろうが月猫族を拒絶してる。なら、正体隠して育てるかってヘキムが言い出したんだ。それで今に至るって感じだな」
「……そうだったんだ……」
シアがボソリと呟いた。初めて聞かされた真実だらけで、感情が追い付かない。
だが、初めての事実に驚愕しているのは、何もシアだけじゃなかった。
「おい、今の話は本当か!?シェパー!!」
「月猫だと知ってて拾うなんて、おかしいだろ!!?」
「故郷滅ぼされて恨みがないなんて、どんな神経してんだ!?」
「月猫族を受け入れるなんて……一緒に暮らしてたなんて信じられない!!」
町の人々が一斉にシェパーを罵る。
言われた当人も側で聞いているリーファも「当然の反応だな」と達観している中、シアだけは「……え……?」と思考が止まっていた。
「……お前らの言いたいことはわかるし、今すぐ理解して欲しいとも受け入れろとも言わねぇよ。騙す形になっちまったのは事実だし、そこは謝る。悪かった。言い出しっぺはヘキムだけど、あの時アイツはまだガキだったから、責任は大人にあるんだ」
シェパーが謝る。シェパーの言い分は……町の人達の視線は、まるで月猫族を拾ったことが悪いことだと思っているかのようだった。実際、町の人達は月猫族を助けるなんて有り得ない話だと思っているし、助けたシェパーとヘキムを非難している。
それがシアにとっては衝撃的なことだった。
種族が違っても、皆仲良く協力し合って暮らしているのがノールの人々だ。故郷を失ったり、行く当てがなく彷徨っていたりと、何らかの事情でノール星に辿り着いた移星人を、今までだって誰一人として見捨てたことはない。偶にやって来る賊ですら、温情をかけ、反省するなら一緒に暮らさないかと打診する程だ。
物心着く前から、そんなノールの人達に囲まれて暮らしているシアにとって、他種族同士でも仲良くできるのは当たり前のことで、今回月猫族をどうしても受け入れることができないと、目を吊り上げる町の人達の言動は、逆に信じられないことであった。
……月猫族ってだけで、俺のことも受け入れられなくなるんだ……。
シアが町の人々の表情を見る。
怒りや戸惑い、もっと深く重い何かが見て取れる。
……リーファの言ってた通りだ。月猫族の味方って、本当に居ないんだ……。
初めて受ける拒絶と、種族間の壁を突き付けられて、シアの頬を汗が一筋伝った。身体がピクリとも動かなくなれば、声を発することもできない。
この時感じた感情こそ、生まれて初めての絶望だったのかもしれない……とは後でシア自身が気付いたことだ。
だが、シアは独りではなかった。
「でも」と強い眼差しで、シェパーが町の人達を見据える。
「俺もヘキムも、シアを拾って育てたことに、後悔なんて微塵もしてねぇよ!シアと出会えたこと、シアの家族になれたことは俺達の誇りだって、胸張って言える!」
「ッ!!」
シェパーの言葉が、負の感情に沈みかけていたシアの意識を引っ張り上げる。
「今は初めて聞いた情報に頭が混乱して、『月猫族』って種族に心が勝手に拒絶しちまってるかもしれねぇが、お前らにとってシアは何だ?憎むべき仇じゃない。愛すべき家族で、孤独から救ってくれた『英雄』だろ!?」
『英雄』……その単語に、何人かの人々がハッとしたようにシアへと視線を向ける。
シアが月猫族であることが事実なら、町の人々がシアに救われたことも紛れもない真実であった。
しかし、シアの頭に付いている虎の耳が町民達の忘れられない負の記憶を呼び起こす。
憎むべき仇か、愛すべき家族か。
相反する感情に、町の人達の心はぐちゃぐちゃだ。
とそこで、シアが一歩前へ出た。シアを庇うように前に立ってくれていたシェパーを越えて、町の人達と対峙する。
「俺さ……」
シアがゆっくりと口を開く。
ゴクリと、誰かが唾を呑み込む音が聞こえた。
「皆にお願いがあるんだよね」
そう言って、シアはニコッと笑った。




