リーファとシェパー
言うが早いか、シアは一気にスピードをマックスまで上げて、町まで飛んで行ってしまった。
取り残されたリーファは、同じく取り残されたシェパーへと顔を向ける。
「……何故本当のことを言ってやらない?お前もヒルバド星人同様、残酷な奴だな」
ニヤリと意地悪く笑むリーファに、シェパーは警戒心を強めながら「どういう意味だ」と尋ねる。
「アイツが本当に町の連中を説得できると思っているのか?無理に決まってるだろう。そういうのは最初から教えてやるのが『優しさ』ってもんだ」
リーファが答える。
ヘキムが過保護から、シアに月猫族や帝国軍のことを何も教えていなかったように、シェパーもまた同じだと嗤っているのだ。心配性も結構だが、傷付く前に厳しい現実を教えてやるのも一つの優しさには違いない。
だがしかし、シェパーはリーファの煽りに対して、意味深に口角を上げるだけだ。
リーファが訝しむようにシェパーを睨み付ける。
シェパーは口を開いた。
「リーファ……だっけか?お前、シアが説得できねぇと思ってんのか?」
「気安く呼ぶな。舐めてると殺すぞ」
言いながらリーファは右手をシェパーに翳し、ジンシューを生成する。慌ててシェパーは「うおぉ、舐めてないから落ち着け」と両手を前に突き出した。
情けないシェパーの反応に少しは気分を良くしたのか、リーファは手を下ろして腕を組む。
「発言には気をつけろ。私はアイツが言うような甘い奴じゃない。気を害せば、町の連中だろうが、お前だろうが、アイツだろうが!いつでも殺してやる」
まるで威嚇するように、目を吊り上げるリーファ。シェパーは「だろうな」と反論することなく頷いた。
「月猫族の恐ろしさは俺もよく知ってるよ。知らねぇのはシアだけだ。でも……」
そこで言葉を区切ると、シェパーはニカッと歯を見せる。何故今笑う必要があったのか意味がわからず、リーファは頭に疑問符を浮かべた。
「シアはさぁ、スッゲェ空気読めない奴だろ?悪意なく失礼なこと言ってくるし、無自覚だけど結構自分勝手だし、言わずもがなとんでもねぇ頑固者だし……良い奴には違いねぇけど、まあアレだ!所謂問題児って奴だ」
シェパーが断言する。その意見にはリーファも全面的に同意だが、どちらにせよ今言うべき内容だとは思えない。
話の脈絡が掴めず、リーファは苛々しながら「だから何だ」と低い声を出した。
「つまりさ、いつ君に殺されててもおかしくないって訳だよ。昨日からシア達の家に居るんだろ?シアに苛ついて殺すタイミングならいくらでもあった筈だ。でも、シアは今も生きてる」
シェパーがニッと笑った。
「それはアイツが攻撃を避けるからだ」と言いかけて、リーファは口を閉ざす。避けられたなら、当たるまで何度も攻撃すれば良いだけの話だからだ。昨日森で殺り合ったように(一方的にリーファが攻撃してただけだが)。しかし、リーファはそれを止めた。ムカつくことがあっても、シアへの怒りはいつの間にか勝手に鎮火される。
言われてみれば不思議なことだ。今まで、そんなことはただの一度もなかった。
シアは確かに空気の読めない失礼な男だ。だが、それだけじゃない。何故か憎めない、人を惹きつける不思議な力を持っている。
シアを殺そうとしていたリーファが、結局絆されて、シアの元で世話になることを選んでしまったように。
「俺には『気安く呼ぶな』って言ってたけど、シアは『リーファ』って呼んで良いんだろ?気分を害した奴は殺す筈なのに、シアのことは許しちまったんだろ?そういうことだよ。シアには『こいつなら』って思わせてくれる不思議な力があるんだ。だから多分、説得できると思うぞ?他の誰でもない、シアはこの町の人達にとって『英雄』だからな!」
「『英雄』……さっき言ってた賊退治の事か……」
呟きながら、リーファは「そう言えば」と昨日の町での出来事を思い出す。
シアが町にやって来ただけで、恐怖で怯え切っていた町民達の瞳に光が戻った。まるで“英雄の登場”のようだとリーファは思ったが、実際に英雄もどきのことをしているらしい。
「まあ、それもあるけど……一番はあいつの生い立ちだよ。あいつは赤ん坊の頃にこの星にやって来て、そこを俺とヘキムが拾って、町の人間全員で面倒見てる。だからあいつは皆のことを他星人としてじゃなく、本当の家族として見てくれるし、種族じゃなくて、個人として接してくれる。それは故郷や仲間を失って、独りぼっちになった奴らにとって救いだ。いくら同じ星で暮らして年月が経っても、皆やっぱり他種族同士って感覚が抜けねぇんだよな。だから心は独りぼっちのままだった。その寂しい心をシアが救ってくれたんだ。だからあいつは『英雄』なんだよ」
嬉しそうに穏やかな表情で語るシェパー。
リーファは面白くなさそうにそっぽを向いた。
「くだらない」
種族という絶対的な枠組みを取り払って、一時の孤独感からの解放を望むなど、愚の骨頂だとリーファは嫌悪する。それこそ『負け犬同士の傷の舐め合い』だ。
吐き捨てるリーファだが、シェパーは「そうでもねぇさ」と笑って返した。
「シアには俺達には無い力がある。これからシアと一緒に暮らすんだろ?いつかきっと、わかる日が来る筈だぜ?」
「…………」
シェパーの強い眼差しに、リーファは眉根を寄せたまま無言になる。構わず、シェパーは一つ伸びをすると、「そんじゃま」と町へ身体を向けた。
「シアが無事説得できてるかどうか、確認しに行こうぜ?」
どのみち町には行く予定だ。
宇宙船の有無をはっきりさせたい。
リーファは「ああ」と不機嫌に頷こうとしたところで、しかし言葉を喉奥に仕舞い込んだ。
「「!!」」
突如、二人の姿を巨大な影が覆う。リーファ達は同時に顔を上へ向けた。
瞬間、視界に広がったのは自身の身体の何倍も大きな船。
宇宙船だ。
……この宇宙船は……。
心当たりがあるリーファが目を見開く。
シェパーも「あ……ぁあ……」と言葉にならない声を漏らしたかと思えば、一気に顔色を悪くさせた。
「て、帝国軍!!?」
シェパーが身体を強張らせる。
二人の真上を通り過ぎて行った宇宙船は間違いなく、ヴァルテン帝国が使っている宇宙船だった。
「何でここに帝国軍が」と、焦るシェパーとは対照的に、リーファは非常に落ち着いた様子で口元に指を持っていき、考え込む仕草をする。
……無人星だと思われてる辺境の星にわざわざ来るということは、資源の調達が目的か?それとも……まさか私を探しに来たとかじゃないよな……。
考えながら、リーファは後者の可能性にウゲッと顔を顰める。身体の状態然り、戻った後の厄介事然り、今帝国に戻るのは非常にマズい。仮に帝国軍がノール星にやって来た理由が後者だった場合、見つからないように町民達を(脅しで)口止めして、姿を隠すしかない。
……だが折角こんな辺境の星にやって来た宇宙船をみすみす逃すのもアレか……次が来る保証はどこにもないしな……。
どうするべきかと悩むリーファ。
だがそんな呑気なことを考えている場合ではないシェパーは蒼い顔で宇宙船の向かった先を見送った。
「マズイ!町の方へ行くッ!」
と、その直後「ドカーン」と轟音が鳴り響いた。
帝国軍が船に付いているレーザー光線を町に向けて撃ったのだ。その証拠に町の方から爆煙が立ち昇っている。
「クソッ!!」
舌打ちを盛大に溢すと、シェパーは怒りを露わに町の方へと飛び去った。
あっという間に見えなくなった背中を見送り、リーファは変わらぬ涼しい表情で一つ息を吐く。
「……とりあえずは様子見だな」
一人呟けば、リーファも町へと向かうのであった。




