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種族と個人

 突然現れた謎の男に、リーファは威嚇するように相手を睨み付ける。


 ……誰だ、このチビ……昨日、町で見かけた奴にはいない。何星人かはわからんが……頭の耳と尻尾……獣人種、それも犬族か……。


 警戒するリーファを他所に、シアはシェパーと呼んだ男に「どうしたの?こんな所で」と話しかけている。


「丁度お前んに行こうとしてたんだよ。お前に聞きたいことがあったんだけど……それよりその……そこに居るのって……」


 シェパーが恐る恐る指先をリーファに向ける。その顔は少し青褪めているようだ。

 当然そんなこと気付かないシアはニシシと上機嫌で話し始める。


「昨日からうちで暮らすことになったリーファだよ!まあ、傷が治るまでだけどね!」

「え"っ!!?」


 シアから発表された内容に、驚愕した表情でリーファを二度見するシェパー。フンとリーファはそっぽを向くが、気にせずシアは「紹介するね」とリーファに笑い掛けた。


「ノールの町で守人もりびとをしているシェパーさんだよ。兄ちゃんと一緒に俺を育ててくれた人で、町に悪い奴らが来たらやっつけてくれるんだ。だから皆もシェパーさんのことはすごく信頼してるし頼りにしてるんだよね」


 シアが紹介すれば、シェパーは恥ずかしそうに「いやぁ」と顔を赤らめて後頭部に腕を回す。


「守人なんてそんな大した者じゃねぇよ。実際、悪者退治してるのはシアが殆どだしな。俺なんて全然……ってそうじゃねぇよ!!」


 自分で自分にツッコんだシェパーは、何だ何だとキョトンとするシアに対して、キリリと表情を引き締めた。


「『家で暮らすことになった』って!お前、月猫族を保護してんのか!?ヘキムは!?あいつ、反対しなかったのかよ!?」


 焦ってシェパーが問えば、シアはムッと顔を顰める。


「月猫族って……リーファだよ、リーファ!ちゃんと名前あるから!後、兄ちゃんは反対してないよ。俺の好きにすれば良いってさ」

「あ、あいつ、相変わらずシアには甘ぇんだから……」


 顔色を悪くさせたままシェパーが呟く。シェパーの表情がコロコロ変わるのはいつものことだが、これ程余裕がなさそうな表情は初めてだ。シアは不思議そうに首を傾げた。


「シェパーさん、どうしたの?何かあった訳?」

「『何かあった?』じゃねぇよ、ったくもう!お前、まだ月猫族のことや帝国軍のこと、ヘキムから教えて貰ってないのか?言っとくけど、月猫族の滞在なんて、例え一週間だって町の人達が許さねぇぞ、絶対」


 やれやれと呆れた口調でシェパーが告げれば、シアから「えぇ!!」と不満の声が上がった。


「何で!?月猫族や帝国軍のことについてなら、さっき兄ちゃんから聞いたよ!町の人達の故郷を滅ぼしたのが、リーファの仲間だってことも知ってるけどさぁ!でも、リーファが直接やった訳じゃないじゃん!関係ないよ!!なのに、何で許して貰えないの!?」


 両手に握り拳を作り、声を荒げるシア。だが、これには逆にシェパーの方が面食らってしまった。


「何だ?何でお前、そんなムキになってんだ?月猫族のこと聞いたなら、知ってるだろ?仮に町の人達に直接手を出していなくても、そこの彼女が大勢の罪のない人達を虐殺してきた事実は変わらないんだぞ?お前、人殺しを庇うような奴じゃねぇだろ」


 訝しむシェパーに、シアは「別に」と反論する。


「会ったこともない人と、今ここに居るリーファなら、リーファを選ぶに決まってるじゃん」


 シアに折れる気はないらしい。シアの頑固さならヘキム同様、シェパーもよく知っている。

 シェパーは「はぁあ」と大きく溜め息を吐きながら、後頭部をガシガシ掻いた。


「おいおい。何なら俺は町の連中に『シアがトドメを刺せてないなら、代わりに月猫族を殺してくれ』って頼まれて来たんだぞ?危害がねぇなら、最初から殺すつもりはなかったけどよぉ、それでもノールには置いとけねぇよ」

「こ、『殺してくれ』って……な、何でそこまで……リーファが皆に何したってのさ!?確かに昨日、何か脅してたけどさ!リーファからは殺気も敵意も出てなかったよ!?皆に危害なんて、加えるつもりなかったって!!信じてよ、シェパーさん!!」


 シアが一生懸命シェパーを説得する。

 そんな中、ずっと黙って二人の会話を聞いていたリーファは、内心しめしめとほくそ笑んでいた。


 ……何だ、町に出向くまでもなかったな。これで漸く、コイツも自分の考えがどれだけ甘ちゃんだったか、わかることだろ……。


 常識知らずの温室育ちが、現実に打ちひしがれる様は最高に気分が良い。

 上機嫌なリーファの心情など露知らず、シアは必死にシェパーに詰め寄っていた。


「ねぇ、シェパーさん!リーファは悪い娘じゃないんだって!!怪我だって酷いし、治るまでくらい、一緒に暮らしたって良いじゃないか!!」

「おい、落ち着けってシア。お前も知ってるだろ?ノール星じゃ、全員の意見が尊重される。俺にだけ説得したって無意味だろ。ましてや、月猫族に関する問題だ。お前は彼女を月猫族としてじゃなく、彼女個人として見てるようだけど、他の奴らは違う。どうしたって、個人じゃなく種族として見ちまうんだ」


 諭すようなシェパーの物言いに、シアは「ウゥッ」と押し黙る。シェパーは更に続けた。


「町の人達は月猫族に故郷や仲間を奪われた。その事実がある限り、何も知らなかったお前がどれだけ『彼女は関係ない』と言ったところで、何も響かないさ。まあ、知らなかったのは俺らの責任だけどな?」


 そこで苦笑を漏らすと、シェパーは真剣な表情を浮かべ、シアの肩に両手を置く。


「良いか、シア、よく聞け。どんな奴も種族関係なく、個人として見れるお前の価値観は立派だ。人の本質なんて種族だけじゃ図れない。それでも、そんな風に見える奴なんて、宇宙中探したって殆ど居ない。何でかわかるか?皆、個人じゃなく、その種族として生きてるからだ。どんな奴だって、自分の種族に誇りを持って生きている。例え、自分が最後の一人であっても種族としての誇りは失わない。だから、自分がやっていない事でも同じ種族の奴がやらかしてれば、それは自分が犯した罪も同然だと考えるし、その逆もまた然りだ。月猫族に恨みがある以上、皆彼女のことは認められないんだよ」

「…………」


 完全にシアが沈黙する。

 シェパーの言う種族の誇りは、シアには理解できない価値観だ。

 シアには自分の出自がわからない。その為、自身の種族に関する誇りは持ち合わせていないし、物心付いた時から周りには一人たりとも同じ種族の人間が居ない。シアにとっては、個人はあくまで個人であって、種族など一つの個性に過ぎなかった。

 しかし周りはそうではないのだ。種族が一番尊重されるものであって、個人のことは二の次三の次。その点に関して言えば、町の人々の価値観はリーファと同じモノだと言える。

 それでもシアに諦めるつもりは毛頭ない。

 シアは真っ直ぐシェパーを見つめた。


「……俺さ、リーファに一目惚れしたんだよ」

「!!」


 突然の告白に、シェパーが目を見開く。構わずシアは話を続けた。


「好きなところだってまともに言えない程、リーファのこと殆ど何も知らないけどさ、それでも好きだと思ったんだ。好きな子が怪我して困ってたら、助けたいって思うのは当然でしょ?一緒に居たいって思うのは当然でしょ?だから……俺、諦めないよ。皆がリーファのこと認められないなら、認めてくれるまで俺が説得してみせる!種族の誇りは俺にはわかんないけど、皆に譲れないモノがあるように、俺にだって譲れないモノがあるから!!」


 シアが言い切る。シェパーを見据えたその瞳に、迷いは一切ない。その決意は本物のようだ。

 シェパーはフッと表情を緩めた。


「おう、お前が一度決めたことは死んでも曲げない頑固者ってことはよく知ってるよ。……俺は町の奴らの説得、手伝わねぇからな」

「!!……それって……」


 パッとシアが表情を明るくさせる。つまりシェパーは認めてくれるということだ。

 早速浮かれそうになるシアだが、シェパーが「後!」とビシッと人差し指をシアに突き付ける。


「彼女がノール星や町の人達に危害を加えたら、流石に容赦しねぇからな!お前もその時は責任取れよ!」

「はい!了解しました!」


 既に浮かれていた。

 額に片手を持っていき、敬礼を決めるシアにシェパーは「はぁあ」ともう一度大きな溜め息を溢す。だが、シアにその音は聞こえてないようで、クルリと散歩を待ち侘びる犬のようにリーファへと視線を向けた。


「リーファ、行こ!皆にリーファのこと認めてもらお!」

「…………」


 笑顔で片手を差し出すシア。その表情にリーファは理解不能と言わんばかりに眉根を寄せた。

 シェパーに突き付けられた現実に幻滅したかと期待したが、どうやら期待それは無駄に終わったらしい。


 ……どこまで、脳内お花畑なんだ、コイツは……。


 呆れ通り越して、いっそ感心する程だ。

 リーファはシアの手を受け取ることなく、プイッと顔を背けた。


「先に行け。どうせ、いきなり私が現れたら、昨日みたいにパニックに陥るのがオチだ。そんな状態で話し合いができる訳ないだろう」


 リーファが提案すれば、シアは「それもそっか」と納得する。「それじゃあ」とシアはリーファに微笑みかけた。


「絶対に皆を説得してみせるから!待っててね、リーファ!」


 そう約束すると、シアは真っ直ぐと町に向かって飛んで行ったのであった。



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