第六十二話 侯爵領へ10
馬車に揺られること、5日。
もう、耐えられそうにないわ。
だって、外を眺めたり、話をしても、まだまだ時間が余るのよ。
たまの獣たちも、あっさりと、片付けられて、出番なし。
ひらひらした、服で戦闘は駄目といわれて、持ってきた戦闘用ならと言ったら誰を護送していると思っているんですか、と言われて怒られてさ。
もう、どうしたらいいのよー。
「アンジェ様、そんなにむくれないで下さい。
御身を、案じての事ですから。」
「分かっているわよ。でも、この時間は中々に耐えがたいわね。」
「んふふ。それでしたら、これはいかがですか?」
ミリーが、手にしたものは、ハンカチに糸と針。
ここで、刺繍かー。
「まって、ガタッとかゴトッって、揺れたりするのに、針なんて使ったら、チクッとかブスッってなるんじゃないの?
ねえ、どうなの、指が痛くなる未来しか想像できないわよ。」
「そんなことは、ございません。
では、私がお手本を見せてあげます。」
・・・チクッ・・いっ・・・チクッ・・いたっ・・・ブスッ・・・いったーい!
「ほら、ごらんなさいな。
針が刺さるでしょ、しかも、縫い目も雑じゃない。
無理なのよ。」
ミリーの指から血が、小さな点のようにじんわりとにじみ出る。
「ちょっと、刺さった所から血が出てるじゃないの。」
「これくらい、大丈夫です。」
「駄目よ。見せて!」
はむ・・チュー、ペロペロ・・
ミリーが、私の額を押して引きはがす。
「どうして、止血してるのに。」
「アンジェ様が、する必要はございません。
それに、・・何か、良からぬことをされている様に感じましたので。」
「ちっ。」
私たちのやり取りを見て、モーラもエルも顔に手をあてて恥ずかしそうにしていた。
んー、かわええ。
(んっ、私ってこんな、性癖でもあったか?嫌ないよっ!
ふっふっふ。どうよ、アンジェよ、俺たちなりの気分転換は。
ノブ~。なんか、静かだと思ったら、何をした。
俺たちの、欲求をただ単に、アンジェの思考に聞かせていただけだ。
くだらないことばっかりして、どうするのよ。)
「アンジェ様は、そ・の、女の子が好きなのですか?」
モーラが思い切って、問いかける。
「ええそうよ。ハッ。
ち・違うのよ。そんなことは、あるような、無いような。
んー、そうよ、お友達や家族に対する好きと同じって事よ。」
ミリーも皆は、じとーっとした、目で私を見て来る。
心から、いたたまれない気持ちでいっぱいだ。
「アンジェ様は、男性にあまり興味を持たれないよね。」
エルの、鋭い突っ込みに、一瞬だけ怯んでしまった。
「セトは、そうアルベルト様はどうでしたか?」
「セトは、やっぱり友達の好きかなー。
アルベルト様には、恋する感じは思いつかないわね。
でも、キアは、可愛いわよね。」
「やっぱり、そっち系じゃないの。」
モーラのひと言に、
「はっ。違うのよ、私って兄弟がいないじゃない。
だから、その、そういうことなのよ。」
「分かったわよ。そういうことにしておくわ。」
「全然、分かってないでしょう。」
「なんですか。もっと、追及されたいのですか。」
「いえ、分かりま・し・た。」
くー、悔しいやらなんとやら。
私は、3人に屈してまった。
ミリーが、何やらもそもそしてる。持ち物の確認でもしてるのかな。
まあ、少しは気もはれたし、暫くはおしゃべりでもして、過ごそうかしら。
「アンジェ様、これなんてどうでしょう。
針も使わないですし、時機的に早いかもですが。」
私に、見せたのは、毛糸に編み針だった。
「ミリーさん、もしかして、私に、編み物をしなさいっていうのかしら。」
私は、不器用じゃない。裁縫は出来る方だと思っている。
しかし、編み物は別なのだ。段や目を数えるのが苦手で歪んでしまうのだ。
「これでしたら、痛くも無いし、好きな物を編むことも出来ていいじゃないですか。」
「そうね、編んでほどくの繰り返しをさせる気なのね。
ところで、ミリーは、こんな時期から編み物の用意をするなんて、誰にあげるのかしら?
沢山作るのかな?それとも、手の込んだ物を、気持ちを込めて編むつもりなのかしら?」
「そうなのミリーさん。ねえ、誰なの。」
「そうですよ。ミリーさんは、お手本として、誰に何を送るのか教えることも大事だと思います。」
エルは、興味津々な様子で、モーラは、分かっているのに言わせようとしているようだ。
「そ そんなこと、言えるわけないじゃないの、それに、みんなで編むことに、関係ないじゃなの。」
「そうね。もう、ミリーはハンスのお手つきだし、今更になって、そのような無益な事で詮索なんてしないわ。」
「アンジェ様、何を言ってるんですか!またですか、そんな言葉を使って、どこで覚えて来るのです。淑女として、恥ずかしいと思わないのですか。」
ミリーも、スイッチが入ると止まらなくなる。
仕方ない、ここは大人しくいうことをきいておくかな。
「皆で、編み物でもしましょう。折角、ミリーが用意してくれたし ねっ。」
私たちは、編み物をすることで、ミリーをなだめ、早速、糸を選ぶところから始める。
今から、夏がやってくるのに、もう冬支度なの。早すぎるだろー。
いや、暇だと言ったのは、私だけど、みんなの選んでくるものが、おかしくないかと思いつつ、糸を手に取る。
「みんなは、何を編むのか決めたのかしら。」
「定番は、手袋かしら。この糸じゃ、靴下は合わないと思うの。
マフラーもいいかもね。」
「なんで、男性に合わせているようなセレクトなのかしら?」
「そんなことは、ありません。
みんな、普通に使うことが多いものでしょ。」
「そうね。黒のマフラーなんてハンスにピッタリよね。」
私が、にこっと笑顔で返すと、皆も笑い出す。
「もう、違うんですってば。」
「あれ、水色にピンク色も、もしかして、赤ちゃん様に準備しているの。」
「まだ出来ていません。はむ。違うの、違うんですってばぁ。」
ミリーが、自爆したところで、また、話が膨れる。
いい話題を、提供してくれた、ミリーには、後で褒めてあげないとね。
私たちは、予定より2日遅れでウィルビス侯爵領のヘリアンサス城郭都市へ着いた。
「デカいわね。」
「ええ、デカいです。」
「デッカいの。」
みんなの、感想が一致した。前の要塞の城といい、バルムが小さく見えるのは、間違いじゃない。
今度は、どんな形をしているのかしら、丸くないし、四角、三角?
外の門は、紹介状もあるし、今度も並ばずに入れたが、城が遠くに見える。
「アンジェリカ様、良いですね。挨拶は大事なことです。
私たちは、あくまでも、リヒタル子爵家の者です。バルムで、よかったことも、ここでは、無作法になりますから、ご注意くださいませ。」
「もう、ミリーは、心配症だなあ。
セルシ伯父様の所でも、大丈夫だったのよ。」
「それですっ。伯父様じゃなくて、ハイド伯爵様ですよ。」
「分かってるって、大丈夫だから、ね。」
それにしても、街が綺麗で清潔感があるわね。やっぱり、皆の記憶にある街と違う。
舗装された道に、ガラスの窓がたくさんあるのよ。
今度、街に出てみたいわ。
これは、また大きなお城ね。
馬車が止まった、前にある大きな城は要塞の城と同じくらい大きくて高い。
「それじゃ、行ってきますね。」
謁見の間へ、私と、エリアとミリーが入っていく。
少し待っていると、侯爵様が入って来た。
私は、セルシ伯父様の時と同じように挨拶をする。
「よく来たな、アンジェリカよ。
みな、遠い所、よく来てくれた。今日の所は、疲れを取り、明日にでも晩餐会を開くことにする。」
「おそれながら、侯爵様へお手紙を預かっております。」
何故か、エリアが手紙?誰が?何所で? 分からないけど、大伯父様に渡してるわ。
「そうか、分かった。こちらも、善処しよう。」
「では、また夜に。アンジェリカよ、何か食べたい物はあるか?」
「でしたら、リンゴが食べたいですわ。」
「わかった、用意させよう。」
ご機嫌な、侯爵は、立ち上がると、忘れていたのか。
「アンジェリカよ、其方の祖母にも、知らせを出しておくゆえ、近いうちに会いに行っておやりなさい。」
王国歴188年6月12日
アンジェリカ、侯爵領へ無事到着した。
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