最終飛行6章
もうすぐで冬休みに入るというころ。
気温はもう、本当に寒くて、今にも雪が降るんじゃないかってくらい。
みんなコートなんかを当たり前のように着ている。
まあ、当然か。十二月なんだから。
「くぅ~寒い~」
佐村が言った。
ああ、十分知ってるさ。
「確かに、寒いな」
あいづちを打つ。
ストーブも登場しているが、それでもやっぱり寒いことに変わりは無い。
「ああ、もうすぐ授業がはじまるぞ」
担任が入ってきたのを見て、佐村が言った。
ああ、席につかなくちゃ。
国語の授業を聞きながらちらり、と窓を見る。
窓のむこうにはよそよそしい街が見える。
ひうう……と冷たい風が吹いているみたいだ。
木からはすっかりと葉が落ちた。
この前の楓との会話を思い出す。
「寒くなってきたね、貴理」
「うん。もうそろそろ公園で会う事は無理になりそうだよね」
ははは、と僕らは笑った。
ホントにかわいく笑うな、楓は。
まあ、笑い顔っていうのは大抵の人がいいものだけど。
「どうする? これから」
「そうだねぇ……」
僕の質問に楓はうーん、とうなってから、
「今日はそのことについても話したかったからね。ちょっと、家にきてくれる?」
「いいよ」
午後だから、朝よりかはまだ暖かく、それでもやはり寒い空気の中を楓の家まで歩く。
寒さのためか、世界自体が僕らに対して冷たい気がする。
空は青く、木々の葉はもうほとんど落ちている。
これから、どんどん寒くなるのだとわかる。
「ねぇ、貴理」
「なあに、楓」
楓は僕よりちょっと背が高いから、目線をこちらに下げて、
「ううん、呼んでみただけ」
「え……? なに、それは」
「うーん、なんか隣に貴理がいたから、『あ、貴理だ』と思って。それで、呼んでみた」
その気持ちは、わからなくはない。
「なんか、貴理がそこにいる、って思ったら呼んでみたくなった。 いるってことを感じたかったのかな。それとも、貴理にも、あたしを認識して欲しかったのかもしれない。世界の共有をしたかったのかも。貴理の感じられる世界をあたしも感じて、あたしの感じている世界を貴理にも感じて欲しかったのかも。 まあ、実際のところ、どうなのかはわかんないけどね。、ただ、貴理がいたから、呼びたくなっただけ」
なんか、いいなあ、と思った。
呼びたいから呼んで、呼ばれたから返事をする。
ただ、それだけなのに、あったかいと思う。
「楓」
「なあに?」
にっこりといい笑顔を浮かべて彼女が言った。
「うん、呼んでみただけ。まあ、それにあえて意味があるとするなら―――」
前と、後ろを見る。
ここは住宅地で、近くに車の音はしない。
通りには人っ子ひとりいない。
「好きだ、ってことかな」
こんなことを言うのに、近くに人や車がいたらちょっと雰囲気がよくないから、確かめたんだけど、僕の五感は正しかったようで、どこにも人はいない。
それにしても、自分で言った台詞ながら恥ずかしいな。ほっぺたが熱をおびて、冬の寒さをちょっと退けた。
「………なんか、うれしいような、恥ずかしいような……………」
へへへ……と笑って、彼女は首をかいた。
「まあ、うれしはずかしってやつだよね。ありがと」
そのあと、こっちを見て、
「あたしも、好きだよ、貴理のこと」
そう言ってくれた。
ああ、なんていうのか、とても幸せだ。
そのときの幸せを思い出して、ついほおがゆるんでしまった。
いかんいかん。思い出し笑いなんて、見つかったら危ない人に思われてしまうぞ。
黒板の前では担任の先生がしゃべっている。
中学校では、小学校と違って、担任の先生が全教科教えることはありえないんだよな。
ずっと、一人の先生と一緒にいるわけじゃないんだ。
それは、小学校のとき、楽しい先生と一緒にいる人には不幸ともいえるかもしれないし、イヤな先生と一緒にいる人には幸福と言えるかもしれない。
ただ、そんな思いには関係なく、世界は回っていく。
世界を回す歯車は、感情やら合理性やらをまぜこぜにして回っているんだろう。
この前、席がえをしたため、ストーブからはかなり離れた席になってしまった。
一番後ろだ。
極寒地獄めいていると思われるかもしれないが、ところがどっこい、そう寒すぎるというわけではないのだ。
どこであっても、ある程度は教室はあたたかいものだ。
先生が黒板に日本語を書く。
ここは日本だから当たり前といえば当たり前なのだが、先生は日本語を書いた。
それをノートに日本語で写す。
もしかしたら、こんな当たり前にノートをとれるということでも、幸せなことなのかもしれないな、と思った。
そんなことを思いながら、僕はまた、さきほどの続きを回想し始めた。
「相川くん、ひさしぶりー」
「相川くんだー、いらしゃーい」
一葉さんと双葉さんの声にむかえられて、ぼくは楓の家に入った。
「あれ? ご両親は?」
「ふたりとも仕事ー」
楓の返事に納得する。
しかし、女の子三人に男の子一人っていうのは、ちょっとドキドキするというか、緊張するなあ。これが佐村とかだったら喜ぶ余裕というか、なんというか、あるんだろうけど。
「ま、ま。とりあえず、座ってよ」
「ああ、ありがとう」
楓に勧められて、机につけられていた椅子を引いてすわる。
楓はちょっと待っててね、と言って、どこかに行った。
脚がXの字に交差した机に僕の座っている椅子はあって、その机で食事をとるんだと思う。
よいしょ、とばかりに腕を机の上に置く。
すると、てこてこと双子がやってきた。
僕の前の椅子に座る。
「相川くんが座ってる椅子、お父さんの椅子だよ」
かずはさんが言う。
へぇ。そうなんだ。
「ねぇねぇ、相川せんぱーい、お姉ちゃんとはどこまでいったわけぇ?」
この発言はふたばさんだ。
最近、なんとなく、この二人の見分けがつくようになってきたぞ……。
三、四回ほど会っていると、見分けがつくようになるらしい。
「どこまでって……ふたばさん、別に何も……」
「どーでもいいけど、ふたば、でいいよ、わたしは」
「あ、あたしもかずは、だけのほうがいいな。さんはいらない」
「………じゃ、ふたば、かずは。別に何もいってないっていうか、そもそも僕らは普通に生活しているだけで……そりゃ、会う回数は増えたけど。たくさん楓といれて、うれしいけど……」
「あ、貴理せんぱい、のろけてるー」
「愛妻家ー。ひゅーひゅー。ラブラブー」
ふたば、かずはの順で僕を冷やかしてきた。
「っていうかなんで相川くんから貴理せんぱいになってるんだ……」
「え? 別にいいじゃん。駄目ならやめるけど。ま、貴理くんでもいいね」
「いや、別になんて呼んでもいいけど……」
ふーん、じゃあ、なんとでも呼んでやろう、とかなんとか二人は騒いでいる。
けっこう賑やかな二人だな……。姉である楓はけっこうおとなしめなのに。
「ところで、楓は何しにいったんだ?」
「ホットミルクだよ」
見ると、廊下にでるところに楓が立っていた。
ちょっと様子を見に来ただけ、と言って、 「ちょっと待っててね。すぐにできるから」
「うん。了解」
にっこり笑い会って、楓は戻っていった。
「貴理せんぱい、お姉ちゃんと初詣にいくんだって?」
かずはが言った。
「え……? あ、ああそうだけど……」
なんで知ってるんだ?
楓が話したのかな。
「しっかし、お父さんもお母さんも、『友達と初詣に行く』と言ったらあっさりと許してくれたけど、『彼氏と行く』って言ったらどうだったかなぁ……?」
ふたばがつぶやく。
「確かに……僕も『友達と行く』で、まあ、いいだろうってことになったけど……相手について聞いてきたけど、上級生で、すごく仲のいい人っていったらあっさり」
「うーん、確かお姉ちゃんは、『男の子もいるから大丈夫。心配しないで』って言ってたけど、男の子―――貴理せんぱいとお姉ちゃんだけだとは思ってないよね、お父さん。まあ、お姉ちゃんの言った言葉に嘘はないんだけど。こういうの言葉のあやって言うんだよね。まったくお姉ちゃんもなかなかにしたたかだなー」
とかずはが言った。
まあ、親もちゃんと許してくれて、ひとまず、よかったよかった。
許してくれないかと思ったけど。
ただ、ちょっと気になることは、誰かやばい人にからまれたときにどう対処するかということだ。ヘタしたら責任とれないことになる。
楓が傷つくのはなんとしても避けたい。 まあ、初詣にはたくさんの人がくるので、そう危険というわけではないと思うが……。
それに世の中、危ない人ばかりじゃないし。
でも、一応、万全の覚悟で行った方がいいだろうな。
ちょっとそこらへんのことも、今、楓に聞いてみるか。
そう思っていたら、楓が戻ってきた。
「はーい、ホットミルク四人前ー」
「あ、ありがと」
机におかれたおぼんから、ホットミルクをとっていく。
楓の座る場所がわからなかったけれど、とりあえずおぼんからは取った。
楓は、僕の隣に座った。
普通は真向かいのような気もするが、こういうのも悪くない。
「ところで、楓。大丈夫なのか? 初詣。夜って危なくない?」
「まあ、大丈夫だよ。思っているほど安全じゃないかもしれないけど、それほど危険でもないと思う」
「うん……」
僕は心配性なのだろうか。
なにか起きる気がしてならない。
「心配してくれるの?」
「え……あ、うん」
突然の質問に、うまく答えられなかった。
「ありがと。でも、きっと大丈夫だよ」
大丈夫……かな。
まあ、初詣にいくということはわかっているだろうし、大丈夫……だよな。
「わかった。大丈夫だよね」
「うん。なんかあったら守ってね」
「……………守りきれるかどうかはわからないけど、守るよ」
自分でもけっこう真剣に言った。
「うわー、かんっぜんに二人の世界って感じだよねー」
「冬なのに、おあついことといったらないわね」
双子が「はーっ、まったくこの二人は……」という顔をしていた。
「あー、うらやましーっ! あたしもこんな彼欲しいー」
「同感―。ほしいーほしいー」
「貴理はあたしの恋人ってことなんだから、手を出したら駄目だからね。貴理も浮気しちゃ駄目よ」
「うん、しない」
ああ、なんて平和なんだろうか。
とても幸せな風景。あたたかい部屋に、あたたかい人たち。それにあたたかい食事。
かんぺきだ。完全だ。
世紀末だってのに、なんだか終わる感じがしない。
むしろ、始まる感じさえする。
僕はなんだか、わくわくした。
国語の授業が終わった。
「いやあ、もうすぐで二学期も終わるねぇ」
「三学期になったらすぐに卒業式だしなあ」
のほほんと佐村と会話する。
「確か、相川と俺とは同じ中学校だよな?」
「うん、そのはず」
よろしくな。といって彼は手を出した。
僕らはあくしゅをした。
「三学期ってけっこう早く終わるんだよなあ」
窓の外を見ながら佐村が言う。
「そういえば、お前、どんな部活に入るか、決めた?」
「いや」
「そうかー、俺はおそらく陸上だろうなあ」
こんなたわいもない会話が続いていく。
うん、実に平和だ。今も世界のどこかでは殺し合いとかしてるんだろうけど、ここはとても平和だ。
それがとても不公平だと思った。
でも、やっぱりここが平和だということには変わりがなくて、それはそれでとても幸せだと思った。
でも、やっぱり殺し合いとこの平和の格差は、まちがっていると思った。
冬休みに入った。
楓とのこの前の話で、初詣の待ち合わせは、あの例の公園にした。
だけれど、それまではとくにすることもないので、家であたたまっている。
ああ、本当に寒いみたいだ。
テレビをつける。
あまり面白くない番組が無感動に流れてきた。
旅番組だった。
そこの料理を誰かが紹介しているところだった。
…………面白いものか。
チャンネルを変える。
野球がやっていた。
ピッチャーが投げて、ボールになった。
…………面白いものか。
チャンネルを変える。
トーク番組だった。
誰かが何か面白いことを言ったらしく、人々が笑っている。
…………面白いものか。
チャンネルを変える。
アニメをやっていた。
ブラウン管の中で激しい戦いが繰り広げられていた。
主人公らしき子が後ろにふっとんだ。
…………面白いものか。
全て、これらは画面の中、僕とは関係のないどこかでの話。
ただ、僕らにできることといえば、傍観すること、ただ、それだけ。
それは、僕にとってあまり面白くなかった。
参加したかった。
手の届かないパーティーを見るのは、もう飽きた。
テレビを消す。
人生、まだ十二年程度しか生きていないが、すでにテレビには飽きがきた。
いや、娯楽としてのテレビという意味だけど。
情報収集源としてのテレビは、飽きが来るこないの次元の話ではなく、ただ、便利だと思う。
我が家には、こたつがない。
だから、ストーブの前にごろり、と横になる。
ストーブというのは、便利なのか不便なのか少しよくわからない機械だ。
あたたまるのはあたたまるのだが、温度が上がりすぎるときもある。
かといって消すと寒い。
毛布にくるまっているのが一番だと僕はつねづね思っているのだけど。
ぷちっ、とストーブを消す。
ちょうど暑くなってきた。
だけど、五分もたたないうちに、また寒くなってくるのだろう、どうせ。
押し入れから、毛布とかけ布団をとりだして、体にかける。
枕なしでも僕は眠れる。
たたみにねっころがってしばらくすると、僕は眠りに落ちていった。
「ねぇ、貴理」
楓が僕にささやく。
僕の小学校の、僕の教室で。
「好きだよ」
ははっ、恥ずかしいなあ。
「うん、僕も好き」
照れ笑い。
「貴理、ずっと一緒にいようね」
にっこり笑って楓が言った。
「うん、いいよ」
僕も笑い返してそう言った。
『一緒にいようね―――』
目が覚めた。
午後二時くらいから寝たみたいで、今は四時だから、かれこれ二時間程度眠ったことになる。
夢だったのか。
ひどく、幸せな夢だった。
ふぅ、と溜息をついて起き上がる。
まわりはすっかり寒くなっていた。
外の景色も夜へと移行しつつある。
下のたたみも寒い。下手したら風邪をひいてしまうかもしれない。
やはり敷き布団もひくべきだったか。
窓を見ながら思う。
夢の中、布団の中はこんなにもあたたかくやさしいのに、外気の冷たいこと、厳しいこと。
これは、これでいいのかもしれないけれど、少し寂しかった。
そしてその日が来た。
大晦日。
自転車に乗って公園へと向かう。
自転車のヘッドライトを点けて、カラカラと車輪を回しながら。
真っ暗な公園を、明かりが寒々と照らしている。
誰もいないみたいだ。
僕が最初なのかな?
とりあえず、公園内を自転車でカラカラとまわる。
そういえば、ここに自転車で来たのは初めてか。
いつも歩いてきてたもんなぁ。
今日は、麦わら帽子をかぶってきた。
冬だというのに、麦わら帽子。
赤いリボン。彼女がくれたもの。
なんだか、無性にかぶりたくなったのだ。
ただ、変なふうには思われたかも。
だけれど、そんなことはどうでもよかった。
止まって、自転車に座ったまま、しばらく空を見る。
暗い。そして夜。
興奮と恐怖を誘う、闇の時間。
僕を、人工的な明かりが照らして、まるで舞台にいるみたい。
すると、暗いどこかから声がした。
「貴理!」
ああ、彼女だ。
「よっ、楓!」
ああ、なつかしい。
彼女がこっちにやってくる。
彼女は歩きだ。
「寒いね、貴理」
「まったく」
だってもう、一月はすぐそこだから。
「じゃ、行こうか」
「うん」
楓の後ろから、自転車を降りてついていく。
暗い世界をところどころ人工的な光が照らしている。
ふと上を見ると、月が出ていて、雲も見えた。
なかなか幻想的でいい風景だ。
「ねぇ、貴理」
「ん、なに?」
「自転車もいいけど、歩くのがいいから、うちの駐輪所に止めとかない? 自転車」
「え……いいけど」
確かにちょっと邪魔かなとも思ったし。
「じゃ、家まで自転車で行こう?」
そう言って彼女はいたずらっこみたいな笑みを浮かべた。
「二人乗り、しようよ」
しばらく走る。
後ろには楓の温もりがある。
二人乗りなんて生まれて初めてだ。
しかもその生まれて初めてが女の子っていうのは、なんていうのか、幸運なんだろうか、うん。
佐村に自慢できるかもしれない。
「ねえ、貴理」
「なに?」
「……………ううん、なんでもない」
そして、沈黙。
ただ、暖かな静寂だけが、僕らの上に降りてきた。
なんだかとてつもなく幸せを感じた。
全世界の不幸とも対等に渡り合える気がした。
そうしているうちに、楓の家の近くに近づいてきた。
そして、お互いにしゃべらないまま、アパートについた。
しゃべっていないのに、とても楽しい。
「自転車、ここに置いといて」
楓のアパートの駐輪場について、そう言われた。
言われたとおりに置く。
「じゃ、神社にお参りしにいこう!」
楓が言って、僕らは歩き出した。
僕はどこの神社にいくのかは知らない。
だから、てこてこと夜の道を楓についてゆく。
なんかどきどきする。
小学校の六年生が中学校一年生の先輩と一緒に夜の道を歩くっていうのがこんなにどきどきして興奮して幸せなものだとは知らなかった。
………なんか、急に手に冷たさを感じた。
だから、
「楓。手、にぎっていい?」
「え? ……うん、いいよ」
ちょっとびっくりしたようだけれど、了承してくれた。
さしだされた右手を僕の左手が握る。
うわあ、あったかい。
ぽかぽかした何かが楓の手から僕の腕を通して心にまでしみこんでいくようで、とてもいい。
そのまま、お互いに無言のまま歩いた。
楽しい夢の中にいるみたいに、とても幸せだった。
近くの神社に着いた。
誰もいない。
やっぱり大きな神社にみんな行くんだろう。
ちらり、と腕時計を見ると、まだまだ十二時には時間があった。
鳥居をくぐって、神社のお賽銭箱にからり、と五円玉を入れる。
ご縁がありますように、という洒落みたいなものだ。
楓は五百円玉をいれていた。
太っ腹だな……。
ぐあらぐあらと鈴を振って、ぱんぱんと手を叩いてお願いをする。
そこで気が付いた。
………何をお願いすればいいんだ?
う……ううむ。そうだな……………。
ちらり、と楓のことが頭をよぎった。
――――――楓とこれからも楽しく過ごせますように。
楓がまだ行きたいところがあるというので、僕はついていく。
「貴理。もうすぐ卒業だね」
しばらく歩いてから、突如、楓が声をかけてきた。
「ああ、まあね」
「どう? 小学校最後だよ? なんか感想とか?」
そう。もう小学校最後なのだ。
「そうだなあ……不思議と何にもわかないなあ」
「そうだね。そういうもんかもしれないね」
ちょっと会話がとぎれた。
今度はこっちが話題をふってみるか。
「中学校ってさ、勉強むずかしいの?」
「いや……そうでもないかな。ちゃんとしてればわかるよ」
「でもさ、教科ごとに先生が違うから、専門的になるんじゃない?」
「いや……もう慣れちゃったから、そんなことは感じないなあ。あんまり小学校と変わらないよ」
「そっか……」
また、沈黙。
まあ、いいや。
このまま目的地まで行こう。
だけど、楓がまた声をかけてきた。
「ねぇ、貴理。二十一世紀って、どんなところだろうね?」
「ん……そうだなあ……やっぱり、こう新しく飛躍したさ、すごい世紀なんじゃないの?」
やっぱり、世紀が変わるのだから、こう何か変わってもいいと思う。
「でも、人間の作った時間の区切りだからね。何も変わらないかもしれないよ」
「でも、人間の作った時間の区切りだからこそ、人間はそれを意識して、何かを変えることができるのかもしれないよ」
「そっか……貴理は面白いことをいうね。人間の作った区切りだからこそ、人間はそれを意識して、何かを変えるかもしれないか……確かに、そうかも」
うん、うん。と納得したようにうなずく楓。
「ま、未来はわかんないけどねー」
「同感だねー」
そして二人ではははっ、と笑った。
そして、そのまましばらく沈黙。
少し歩くと、楓のアパートについた。
今度はその中に入っていく。
「楓。ここ……なの?」
「うん」
このアパートに何かあるのかと思いながら、楓の後に続いて、階段を上がっていく。しばらく歩くと、扉に着いた。
「ここ、屋上に続く扉なんだ。中からも外からも開け閉めできるんだ」
そう言って、扉を開けて、屋上へと出て行く。
僕も、出る。
「うわぁ……」
思わず、声が出た。
意外とこのアパート、高い。
七階だてだと言っていた気がするけど、ホント、見晴らしがいい。
空も明るい。
こうこうと照らす月に、その光にしらじらと浮かび上がる雲。
そしてその下に広がる僕らの街。
街灯やら家々の明かりやらが、きらきらと光っている。
すごく、いい夜景だと思った。
「ありゃー、これは予想以上だなー。ホントにきれいだ」
楓が言った。となりで、壁に背中をもたせかけて、空と街を見ている。
「ポストカードにしたいくらいだね」
そう言って、ふふふっ、と笑った。
それから、おもむろにポケットからデジタル時計を取り出す。
「明石標準時にあわせてあるんだ。まだ、この時計によると、日本は二十一世紀を迎えていないことになる」
そう言って、こっちを向いた。
「ね、貴理。キスしよ」
………………………………。
楓の言葉を理解するのに、しばし時間がかかった。
「あのね。世紀が変わる前にファーストキスしたいんだ」
ああ、O.K.
こっちは心の準備なんて何にもできてないけど、とりあえずO.K.
「じゃ、いくよ」
ぎゅ、と抱かれる。
そのまましばらく見つめあう。
彼女の方が、僕よりも少し高い。
「好きだよ、貴理」
「僕も好きだよ、楓」
そしてそのまま―――――
「まさか、舌をいれるとは思わなかった・・・」
「いや、だってディープキスだし」
他人が聞いたら絶対に笑うだろうな、この会話。
いや、しかしなんていうのか、ますます楓が好きになった気がする。
「ん……でも、なんていうのか、キスっていいもんだね」
ははは、と笑いながら僕が言うと、
「うん。わたしたちキス魔になれるかも」
そう言って彼女もははは、と笑った。
それから、ポケットからまた何かを取り出した。
紙だ。
「ほら」
『これを拾った人は幸せになれる』
と書かれてある紙。
それを折って、紙飛行機にする。
それからフェンスによじのぼって、僕を手招きした。
僕も楓と一緒にフェンスにのぼる。
足をフェンスにかけて、手をフェンスの一番上に置いた。
それからしばらくそうしていた。
楓は例の紙飛行機をジャンパーの胸ポケットに入れていた。
そのまま僕らは夜景を見つづけた。
「きれいだね、貴理」
「うん」
それから、また僕らは黙った。
追い風が吹いてきた。しばらくして、ちらり、と腕時計を見て、楓が言った。
「貴理。『最終飛行』だよ」
ちらり、とこちらに腕時計を見せた。
十一時五十九分五十秒。
軽く手を後ろに引いて、ふんわりと飛ばした。
そのまま、その白い紙は、ひゅー、と街の方へと飛んでいって―――
そのまま、どこかへと消えた。
「誰かが幸せになるといいね」
そう言って、フェンスをおりる。
僕も続く。
楓は、腕時計をちらり、と見て、こちらに向ける。
僕も見る。
十二時十二秒。
楓が言った。
「明けましておめでとう」
「こちらこそ、明けましておめでとう」
こうして僕らの年は明けて、二十世紀は二十一世紀へと突入した。