最終飛行5章
ひさかたぶりの公園。
季節は十月へと移り、だんだんと気候も秋らしくなってきた。
公園の木々は色づいて、ひらひらとその葉を落としている。
ベンチに僕はいて、彼女を待っている。
魔法使いの彼女を。
来るかどうかも分からない人を待つのは、これで何回目だろう。
この前来た時よりずいぶん間が開いてしまった。
散歩がてら来た。宿題は終えているから大丈夫。
もし、このままこなかったら、家に帰ってインターネットでもしていよう。
めがねは外してケースの中にいれてある。
そういえば、自分の服も、もう秋らしい。
風も少し冷たいかもしれない。夏が遠のいていく。
それでも僕は彼女からもらった麦藁帽子をかぶっている。
元気がでるよ、と赤い色のリボンがついた麦藁帽子。
最近、ヒマさえあればここに通うようになった結果、楓との遭遇回数が飛躍的に向上した。なぜかしら、彼女に会いたくなっている。週に二三回は会っていると言うのはちょっと異常かも。
まあ、いいや。話していると楽しいし。そう思ったとき、
「わっ!」
「うわぁぁぁ?!」
あはははは……と笑う楓がうしろにいた。
「はっはっはー。しょうりー。」
何が勝利だろうか。
それにしても、あー、びっくりした。
いきなりうしろから大声出すんだもんなぁ……。
「もし、人違いだったらどうするのさ?」
「え? ああ、遠くから見たら貴理だったし」
そういえば、この人はコンタクトだったな、と思い出した。
そうか、コンタクトをつけていると僕の顔まではっきりと見えるのか。
どこから見ていたのかは知らないけれど……。横からかな?
ふと、ひらめいた。
「そうだ。このまえ、僕がめがねかけたときと外した時、見たでしょう? 僕も楓のめがねかけたとき見てみたいんだけど」
「ん? あ、……あたし?」
「そ。あなた」
めがねを渡す。
「んー、ま、いいか」
かちゃ、とかけた。
「……………………」
ふむ。
なんかいたって普通な気がする。
個人的には……
「外したほうが、いい……かな?」
「あ、そう? わたしも、もともと裸眼が好きなんだよね」
外して僕に渡してくれる。
眼鏡ケースにいれる。
「いやあ、すっかり秋じゃない? 楓」
「そうだね。すっかり秋だね」
ふっ、と笑って麦藁帽子に片手をかけて、彼女は笑った。
彼女も麦藁帽子をかぶってきていてくれたのだ。
彼女の黒いコートがふんわりと秋の風になびく。
「なんか、秋ってさ。もうすぐ終わりだよ、みたいに思わない?」
唐突に。
彼女は言った。
「……同感」
まったくもってそう思う。
ただ―――、ただ気になることが一つだけ。
「ただ―――、一体、何が終わるんだろうね?」
「さぁ―――?」
一体なにが終わるんだろう。
終わり、の感じはあるのだ。秋だから。
生命……たぶん、僕らが感じている終わりは、それなんだろう。
いのちの、終わり。そんな感じが秋には確かにある。現に、冬には終わりの感じは感じられない。『終わった』感じはあるが。
ただ、いのちの他にも終わる事はある。秋に終わるわけではないが、未来に終わる。小学校……そうだ、確かに僕らは六年生だから、もうすぐ終わりだ。
こんなにも世界が終わりの香りをただよわせていると、自然と未来の小学校生活の終わりに考えが及ぶ。ただ、『終わった』感じの冬にも、まだ僕らは小学生なのだが。
「いやなことが、終わればいいね。そう、思わない?」
楓が聞いた。
「うん。そう思う」
あのさ、と楓が言って、僕の隣に座る。
「世界って、色々な問題をかかえてるよね」
「うん」
風が吹いて、葉が落ちる。
「なんかさー、それってやだよね」
「やだねえ」
秋の空気は冷たくて、澄んでいる。
雪が降っていないので、水分は無く。
「なんとかできないものかな?」
「できることなら……したいけど」
いったい、僕らに何ができると?
「だから、魔法使いになりたいんだよね」
「ああ……」
ああ……なるほど。
そういうことか……。
魔法使いか。確かに魔法使いならなんとかできそうだ。
「まったく……世の中ってさ、なんか……やだよね」
「ああ……やだね。僕らもあんな風になるのかな」
「さあ……わかんない。なりたくないけど。そういえばさ、昔、小さかったころは、世界がすばらしくみえて、なんでもできそうに思わなかった?」
「あ、思った思った!」
これにはいたく同感した。
僕が小さかったころには、なんだか色々なことがなんでもできそうに思えたものだ。 東大にだってその気になれば入れる気がしたし、世の中はきっと上手くいくように思えたし、世界は光につつまれていたような気がする。
「結局さー、結界の中にいたような気がするんだよね」
結界……か。
「結」ばれて先のない世「界」の中は、世界が小さいがゆえに、確かにそれは薔薇色だろう。
薔薇色にするのは簡単なのだ。結界世界は小さいのだから。
ただ、結界は年をとるごとに崩れ去っていく。
だんだんだんだん世界は広くなり、見えていなかった部分をみせはじめる。
結界の中以上にきれいなものなんて、存在しないのかもしれない。
「わかるよ。その表現は」
誰かが意図的に張っていた結界じゃないんだろう。
そうじゃなくて、僕らがただ、小さい世界にいただけだと思う。
ただ、まだその結界は完全に破られたわけじゃないだろう。
いや、そもそも結界というのは僕自身が僕自身にかけている部分もあるんだと思う。
僕らの言う結界とは、そういうものだ。
他人もかき、自分もかく。そうして僕らを限る。
無限になれない僕らが有限である理由は結界のためだ。結界は、僕らを僕らたらしめているもののひとつ。
さまざまな形をとり、僕らを制限する。たとえばそれは、体であったり、心であったり、あるいは、見られる世界であったり。
でも、有限な僕らは無限にはなれないから、何かでしばらないで生きているなんてことはありえない。
「ふー、それにしても、青いね、空」
彼女が言った。
「そうだね」
本当に空が青い。
きれいだ。
「いやあ、それにしても疲れるね」
今度は僕が言う。
「そう?」
「うん」
たわいもない会話だけれど、僕は楽しかった。
楓と一緒だから。
「ちょっと、寒くない?」
「うん、ちょっとね」
「手、にぎっていい?」
どき、とした。
「うん、いいよ」
すっ、と手がかさねられる。
なんだか、ふんわりあたたかい。
思ったより緊張しなかった。
「あったかいね、楓の手」
「貴理の手は、冷たいぞ。待たせちゃったからかな? ごめんね」
そうだ、終わっているといえば、唐突に思い出したことがある。
「ねえ、楓。終わってるって言い方、昔、はやらなかった?」
「終わってる? ああ、『あいつ、終わってるねー』みたいな?」
「そう、その『終わってる』」
「ああ、流行った流行った」
終わってる……もう、救いようが無いな、みたいに思えることやものにつける表現だ。
「それで……それが、どうしたの? 貴理」
「うん……この世界、終わってるかなと思ってさ」
「確かに、終わってるかもしれないね。でも、まだ大丈夫かもしれない……よく、わかんないけど。そういえばさ、貴理」
楓は、首をこちらに向けて、僕の目を見た。
けっこう近い位置に顔があって、ちょっとどきどきした。
楓の顔だ、と思った。
「初詣、一緒にいかない?」
「初詣?」
あの、正月にいくあれ?
「そう。あの、正月にいくやつ」
「………むーう」
いつも、親と一緒に過ごすわけだから……了承、とれるかな?
ちょっと不安ではある。
「了承が取れるか不安なんだけど……いちおう、聞いてみるよ」
「じゃ、よろしく」
へへっ、とかるく笑って楓は言った。
「そうだ、貴理ってさあ、漫画とか読む?」 「まあ、たまに」
「“コントロール”ってなかなか面白いよ」
「あ、知ってる!」
「いや、やっぱりね、第八巻がよかったね」
空はひどく蒼く、風はとても心地よい。
もうすぐ二十世紀が終わるというのに、実にきれい。
なんというのか、二十世紀が、スカッと終われそうで、幸先が良い感じがした。
初詣の件は、親に言ったらあっさりと了承をもらった。
まあ、『友達と初詣に行きたい』と言ったのが効いたのかもしれない。
女の子と行くと言ったら、別の反応をされたかもしれない。
僕だってけっこう楓と行きたいのだ。だから言い方も工夫する。
僕らがその約束をしてからも、日常は平穏無事に流れていく。
授業があって、友達との話があって、掃除があって、部活があって、委員会があって、にこやかに平和にながれていく。
これはけっこうありがたいことなのかもしれないな、とふと思う。
いじめられながら小学校生活を終えるのはなんだかいやだ。
だが、どんな生活を送ろうと、この世界じゃいずれ終わる。
だから、この生活も、もうすぐ終わる。二十世紀ももうすぐ終わる。
だっていうのに、そんなこと微塵も感じさせないで、世界は流れていく。
途中に二千年問題とか(コンピューターなどの電子機器で、西暦が下二桁で計算されていた場合、西暦表示が99から00になることによってひきおこされるさまざまな問題)二十一世紀になるのだからという、新世紀イヴェントなどが、かろうじて二十世紀の終わりを告げていた。
ふと、佐村の言葉を思い出した。
『変わらない』。
世界は変わるものだ。だが、佐村は変わらないと言った。何が変わらないのか。それはおそらく秩序にも似た或る種の理。
小学校生活は終わるだろう。だが、基本的なことは何も変わらずに中学校に進むんだろうさ、という佐村の見解だと僕は見ている。
ただ、やっぱり小学校生活が終わりを告げるのは名残惜しい。
ほんのちょっとだけだが、さびしい。
「さみぃ」
佐村。
「僕も」
「そうか。秋ってさみぃよな」
「うん」
十月下旬ってやつはなかなかに寒い。
窓の外で、ひうぅ……と風が吹いて、木の葉が舞う。
くるくると葉っぱが舞って、まるでダンスを踊っているかのよう。
「あー、あったまるわー」
ずずーっ、とお茶をすする佐村。
「準備がよろしいな」
僕が言うと、
「天気予報、見てないのか? 今週冷え込むってあっただろ? 念のためもってきたのさ」
そういってほかほかと湯気のあがっているコップを持つ。
緑茶のいい香りがただよってきた。
「冬がそろそろ来るって感じだなあ……」
「雪はまだまだ降らないけどね」
「でも秋は十分に寒いぜ?」
ずずーっ、とまた佐村がお茶をすする。
「なんだか二人ともご隠居さんみたいよ」
ん? と僕らが振り向くと、貴月さんが立っていた。
彼女には珍しくスカートをはいている。
「スカート、寒くない?」
僕が聞くと、
「まあ、大丈夫」
若いっていいなあ、と思った。子供は風の子だ。……いや、同学年だけれども。
「ま、俺はしっかりと準備してきたけどな」
確かに佐村の服装はちょっとあったかそうだ。
みんなも長袖長ズボンという感じになってきて、服装からも冬の到来を感じさせる。
ストーブの出現も間近ということか。
「いやー、それにしてもおれは秋って好きだね。気分が引き締まる感じがするから」
あー、わかるよー、と貴月さんが同調した。
僕もそれは何となくわかる。ただ僕にはこれが好きと言った特定の季節はない。
「いやー、それにしても二千年だけに二千円札を出すんだって?」
ああ、それは聞いたことがある。すっかり忘れていたけど。
二千年だから二千円。
「そういえばそうだってねー、ちょっと見てみたいよね」
「同感だな。まあなくてもいいような気がするが……」
彼らの会話を背後に窓を見る。
木々の間から街が見える。校庭では休み時間だから人が遊んでいる。
寒くないのかな。サッカーをしている。
元気だなあ、とほほえましく思ったあと、なんだか今の、おじさんっぽいな、と思った。
思えば、ここからこういう景色を見るのもあと少しだ。
小学校生活というのはふりかえってみると短い。
いや、多分、すべてのものはふりかえってみると短いものなんだと思う。
鐘が鳴ったので、ぼくは席について、担任の先生が来るのを待った。
寒い中、人を待つっていうのは微妙だ。
十一月に突入し、木々はすっかり葉を落としていた。
気温は寒く、寒く、なお寒く、コートなしで出歩く気にはとてもならない。
なぜか、寒さというのは緊張する。怖い。
なんだか、ぞくぞくしてちょっと嫌な感じだ。
今は午前中。人が活動しだして、空気に新鮮さが欠けてくるころ。
楓に会えるなんて思っちゃいなかった。
ただ、なんとなく会いたいなあと思ったので、ここにいるだけ。
いつものごとく眼鏡は外してコートのポケットに。
ああ、なんで僕はこんなに寒いのに外で人を待っているんだろう。
思えば今まで午前中に会ったことはなかった。
ご飯を食べてから二時くらいに会うのが僕ら二人の暗黙の了解になっていた。
っていうか僕らの関係ってちょっと異常かもしれない。
まあ、いいや。楽しいし。
そう思ったら、前から人が来た。
ぼやけて、ピントがあっていなくても雰囲気というか、全体の感じでわかる。
ただ、その人の名前を口に出すほどの確信はない。
「おはよう、貴理! 早いね!」
やっぱり彼女か。
「楓もね。まさか会えるとは思ってなかった」
かつかつと近づいてくる楓は、買い物袋を下げている。
環境に優しそうだ。
「買い物の途中なんだ。今日、ひとりだから」
「自分で作るの?」
ちょっとびっくりだ。
僕は親に作ってもらっているのに。
「ま、ね」
それから、にっこり笑って、
「荷物もち、してくれる?」
スーパーの中は暖房が効いていて暖かい。
今の僕らを他の人が見たらどう見えるかな?
恋人どうしというよりは、姉と弟に見えるかもしれない。
まあ、顔は全然違うんだけどさ。
「うーん、なんにしよう……」
真剣な顔で食材を見つめるさまがなんか笑い出したくなるくらいかわいい。
「よし、お昼の定番、チャーハンでいこう!」
「もしかして最近のお昼はチャーハンとか?」
そう僕が聞くと、しばらく楓は黙ったあと、 「実はもう飽きがきてるんだよね……」
と悲しそうに言った。
「ねぇ、貴理は何かある?」
「うーん、そうだねー……」
うむ……何か……か。
すぐには思いつかないなあ。
「僕は秋刀魚でも食べたいね」
「秋刀魚は今夜のおかずなの」
まあ、昼のご飯にはちょっとふさわしくないかもしれない。
「適当にサンドウィッチとか」
「あー、アレ手間かかるんだよねー」
参ったな。
いいのがない。
「よし、卵焼きに味噌汁にご飯にしよう」
楓は一人、結論に至ったようだった。
「なんか純和風だね」
「だってわたし、日本人だもん」
「まあ、確かに」
「んー、荷物持ってもらって悪いなー」
買い物を終えて、彼女と一緒に彼女の家まで帰る。
「でも、楓も持ってるじゃん」
「まあね」
二人で分担して買い物したものを持つ。
一人ひとつずつの買い物ぶくろだ。
僕に会わなかったら彼女は一人二つ持たねばならなかったというわけか。
「そういえば、楓って何人家族なの?」
「え?」
「いや、買い物袋を見ているうちに、ふと思ってさ」
「えっとねぇ、お父さん、お母さん、わたし、それから双子の妹」
「双子?」
双子か……なんだかひさしぶりにその単語を聞いた。
「一卵性双生児だからね。見た目もそっくりだよ」
「そっか。たしか双子には二卵性と一卵性があるんだったね」
「ちなみに一葉に双葉っていって、一葉が姉で、双葉が妹ね」
「へぇ……いっぺん見てみたいね」
「あ、どうせ家まで来るんなら、見られるかもよ」
そういえば、年はいくつなんだろう?
先輩だろうか? それとも後輩? いや、同学年という可能性もある……いや、でも栗原って子はいなかったか?
「そういえば、年はいくつなの?」
「えっと、二歳違いだから……貴理の一つ下だね」
そうか……僕の一つ下か。
と、そんなことを考えているうちに彼女の家についた。
アパートだったのか。
「まあまあ遠いかな……でも、思ったよりかは僕の家に近いや」
「へぇ……わたしもいっぺん貴理の家に行ってみたいな」
「うん、機会があったら、いつでもどうぞ」
がちゃり、と楓がドアを開ける。
なんというのか、『楓の家のにおい』みたいなものがあふれだす。
僕は、家にはそれぞれ固有のにおい、みたいなものが存在すると思う。
家々によって微妙に違うのだ。僕は自分の家になれているから、感じないけど、おそらく僕の家にもあるんだろう。
「ただいまー」
楓の声に続いて、
「おじゃましまーす」
と僕が言った。
とことこ奥に歩いていって、買い物ぶくろを置く。
どうやらここは居間のようだ。
「おかえり、お姉ちゃ……ってあれ?」
ドアから入ってきて、僕を凝視する女の子が一人。
「あ、どうも。相川 貴理って言います」
「あ、いらっしゃいませ。あたし、栗原 双葉っていいます」
と、いうことは妹さんの方か。
「えっとね、双葉。貴理はわたしの……」
「へぇ、お姉ちゃん、彼氏いたんだ」
双葉さんの言葉に僕らはかたまる。
「ん…彼氏っていうか……」
「友達っていうか……」
ちょっとかたまったあと、僕らは言葉をつむぎだした。
けっこう僕らの関係ってむずかしいな。
「友達以上、恋人未満、みたいな感じ……かな?」
「ああ、いえてるかも」
僕の言葉に楓が同調する。
「ふーん。でも、彼氏にしちゃってもいいと思うのに」
そう言って彼女はにやっ、と笑った。
「まぁ……ねえ。わたしも別にいいけど……」
おおお?
なんか楓も変なことを言い出したぞ。
「貴理は?」
あああ?
今度はこっちにふるわけか。
「あ、ああ。僕も別に、いいよ」
そう言ってから、しばらく誰も何も言わない。
「んー……これって恋人同士になったってことで、いいのかな?」
双葉さんが口を開いた。
「あー、おそらく」
「たぶん……ね」
僕と楓も口を開く。
「おーい、かずはー。お姉ちゃんに彼氏が出来たよー、たった今ー」
突如、双葉さんが奥に向かって声をかけた。
「えええ!? あのお姉ちゃんが? ありえなーい。しんじられなーい」
双葉さんにそっくりな声で(といっても当然か)言いながら女の子が一人現れた。
たしかにすごく双葉さんにそっくりだ。今はまだ僕には見分けがつかない。
「あ、おじゃましてます。相川 貴理です」
「こんにちは。栗原 一葉です」
あいさつをすませる。
荷物持ちという僕の任務は終わったわけだし、そろそろ帰ろうか。
「あ、そんじゃあ、僕はこれで帰るから。じゃあね、楓」
「うん、ばいばい。貴理」
「えー、相川くん、もう帰っちゃうの?」
「もちょっとゆっくりしていけばいいのにー。色々話も聞きたいし」
「あ、なれそめなんかいいかも」
「いいねー」
双子は勝手にもりあがっている。
「でも、貴理。時間、大丈夫?」
確かにそこは問題だ。
「今、何時?」
「えっと……十一時、半くらい」
もうそろそろ帰らなきゃまずいな。ご飯の時間だ。
「えっと、ごめんね。もう帰らなきゃ。話は、またいずれ」
「そっかー、残念だね」
「まあ、忙しいもんね」
ばいばーい、さよならーと一葉さんと双葉さんが手をふった。
ばいばい、とこちらも手をふりかえす。
「じゃあね、貴理。また、今度」
「うん。またね、楓」
じゃ! と言って僕は楓の家を出た。