最終飛行4章
月曜日だから体育館で集会がある。
全校集会だ。校歌を歌って、校長先生の話を聞いて、そして教室に帰る。
自分で言うのもなんだが、僕は真面目な生徒だから、体育館に行くときも帰るときもしゃべらない。
教室について、授業が始まる。
一時間目は算数。担任の先生の専門分野が算数だったはず。とは言ってもここは小学校だから、専門以外の分野も教えるけど。
算数は得意だ。好きなだけじゃなくて得意でもある。
点数もけっこうとれるし。授業は聞くまでもない。教科書を読めばわかる。
ただ、この教科ってけっこう好き嫌いわかれるんだよなぁ。
嫌いなやつといえば、誰だっけ? よくわからない。
給食の時間だ。
「おいっ、今週から俺たちが当番だぜ」
と佐村が言った。
あぁ……、そうだった。
今日からは僕たちが給食当番だ。
八つある班(我がクラスは一つの班が四人で五人の班が二つある)のうち、一班が「給食当番」を任される。
ちっちゃめのエレベーターみたいなのに、銀色の手押し車みたいなのがはいってて、それを給食のおばさん(そういえば正式名称は知らない。給食関連の仕事をしている学校の中にいる先生じゃないけど働いている大人だ。用務員さんの一種だろうか)がそのエレベーターから出して、それをエレベーターの近くの空間(当然のことだが、そこには例の手押し車が入るスペースがちゃんともうけられている)においておく。
それを給食当番が自分のクラスのところへともっていく。
大抵、ふたクラスぶん入っているので、クラスとクラスの間に置いたりするわけだ。
で、その手押し車にのっている食料をクラスに運び入れて配膳をするのが給食当番だ。今日はパンか。大抵ご飯とパンが交互にやってくる。
配膳台の脚が降りたたんであるのを元に戻して、手押し車から食料を出して、その配膳台においていく。
「よし、それじゃあ俺はこれをしよう」
にこにことプチトマトのトレイのところに立つ佐村。
いるのだ。先にぱーっ、と簡単なのを取るやつが。
まあ、月曜日だから誰が最初に簡単なのをやってもいいのだが。
「じゃ、僕はシチューをしようかな」
ああ、すばらしきかな、自己犠牲。
「じゃあ、私は魚でもやりますか」
「じゃあ、あたしはパンでいいかなぁ……」
貴月さんと僕の隣の子が言った。
僕の隣は北見 千紘さんだ。
「はーい、じゃあ、二班から取りにきてねー」
先生の声で二班の人が立ち上がる。
給食当番の班の次の班は給食当番の給食の準備をしなくてはならない。
すなわち僕ら一班の準備は二班だ。
その代わり、彼らは、一番初めに取りに来る権利を持つ。
くばりおわって白衣をぬいで、白帽も脱いで、席につく。
「いただきまーす」
「いただきまーす!」
給食当番の掛け声でみんな食べ始める。
「そういえばさ、昔は牛乳飲んでるやつを笑わかさなかったか?」
「あー、したした。笑わしてた」
「確かに笑わせてたねー、特に男子」
佐村の発言に貴月さんと北見さんが口々に賛同する。
「そのくせ、牛乳吐くと大変なんだよね。だからぎりぎりで止めとくって感じ」
「おー、わかってんじゃん、相川? あのぎりぎり感といじめる快感がいいんだよ」
「うわー、佐村くんいじめっこー」
「おう、俺はいじめっこー」
なんだか楽しい。
給食はこうでないといけないと思う。
給食のあとは昼休みで、そのあと掃除。
普通の掃除場所は一年生から六年生までがいて、六年生が班長となってその掃除場所の指揮をとる。
ちなみに僕は班長である。
「はーい、みんなちゃんと掃除してー」
六年生は、ほうきが使える。別に誰がやってもいいのだけれど、習慣というか年長者の貫禄というか、動きやすさというか、六年生の象徴というか、そんな感じで大抵、ほうきは六年生が使う。
要は、楽なものは一番社会的地位の高い六年生が使うぜ! ということだ。
十五分間の掃除がもうすぐ終わりそうだったので、ばけつの水を捨てに行ってもらう。僕の掃除場所は自分の教室だから三階だ。下まで下りてまた上がってくるのは大変だ。
ほうきを片付けて、反省表を取り出す。それに○とか△とか×とかの評価をつける。そしてばけつの水を捨てに行った人が戻ってくる間に人を並ばせる。帰ってきた。
「それでは掃除の反省会をはじめます」
「時間一杯掃除ができましたか」「はーい」
「身なりを整えて掃除をすることができましたか」「はーい」
などなどの項目を言っていく。
「それではこれで掃除の反省会を終わります。ご苦労様でした」
「ごくろうさまでしたー!」
終わった……。
ふぅ。それじゃあ五時間目の授業をはじめよう。
「あー、もうすぐ運動会だー」
学活……学級活動の略。その「がっかつ」の前の休み時間の佐村の言葉だ。
五時間目の授業が終わったところ。
「そうだね。もうすぐ運動会だね」
「よっしゃ、俺が応援団長や」
「ああ、がんばれよ」
「お前もどう? 応援団はいらない?」
「別にいい」
「別にはいってもいいってこと……じゃないよなぁ」
「ああ」
「なんか口数少ないな。どうしたんだ?」
「いや、月曜日の六時間目は疲れるんだよ」 「あー、わかるぜ、その気持ち。『痛いほどわかる』ってやつ」
ほほえみを佐村に渡してしばし沈黙。
本当に月曜日ってのは一番疲れる。休みのあとの仕事ってのはマジで地獄だ。
やる気と仕事の勘が鈍っている。
夏休み明けなんかもけっこう地獄だったけど、軌道の回復はした。
学生を六年間もやっていると、夏休み後のけだるさから回復する能力ってのもきたえられるものだ。
きーんこーんかーんこーん……
きーんこーんかーんこーん……
と、おなじみのチャイムが鳴る。先生はすでに自分の机から教卓に行っていた。
教室には、その教室の担任の机が戸の対極に、そして教室の前方に教卓があるのだ、うちの小学校は。
さて、学活をうけよう。
「えーと、それでは運動会でどのような役割をするかとか色々決める事があるので、それをきめましょう。体育委員さん、おねがいします」
先生は自分の机にひっこむ。
四年生くらいから除々に司会とかも先生から生徒へとバトンタッチされていく。
六年生ともなると、大半のことは自分たちで司会とかもやる。
これってけっこう大変なんだよな……。
運動会の選手決めとか、六年生になると応援団をやるので誰か出てくれとかそういうことを決めていく。
やっぱり佐村は応援団長になった。
どうでもいいことだけれど、この小学校には文化祭なるものはない。
つまり運動会が、学校全体でするみんなが主役の行事の一番になるわけだ。
僕みたいな文化系の人間はちょっとさびしかったりする。
運動系の佐村はいいんだろうけどさ。
そんなことを思いながら外を見る。
空はきれいな青だ。雲がぽこぽこ浮いている。
空を見るのが、僕は好きだ。
なぜだろう。なんだか、待っている気がするから……かも。
ははっ。あの外は宇宙だってのに。
僕が待っているのは宇宙じゃない。あんな死の空間は嫌いだ。
そう思ったとき、ふと思ったことがある。
本来、空は暗いはず。ただ、太陽のお陰でこのように綺麗な色で映る。
ならば。本来は世界は僕が望まぬ姿で、何かがあるからこそ、このように快適な空間であれるのではないか。
そんなことを、ふと思った。
我に返る。学級活動の時間だ。
色々な人が選手に選ばれている。
運動会、か。
暑い、というイメージしかないような気がする。
あまり楽しみではない。それはやはり僕が運動系の人間じゃないからだろうか?
結局のところ全員で楽しめる行事ではないのだ。
………いや、そもそもそんな行事は存在しないか。
自分の考えと、現実を行きつ戻りつしながら学級活動は終わった。
宿題を終わらせて、本を読む。読書好きだから。
この膨大な情報量と心理描写がたまらない。僕は、あくまで娯楽としてしか本を読んだことがない。
ぱたん、と本を閉じる。
いくら好きなものだと言っても、ぶっつづけで読みつづけていると流石に疲れてくる。
限界だ。こうなってくるといかに面白い本でも面白くなくなるから駄目だ。
こういうときは休むに限る。
残暑が残る台所に着いた。
現在は夜。風呂にはもう入った。
麦茶を出して、ごくりごくりと飲む。
仄かな甘さみたいなのを感じた。お茶の甘みというやつだろう。
さらにお茶を追加して、自室に持っていく。
からり、と障子と雨戸を開けて、外を見る。二階は景色がいい。
夜風がざあと入ってきて、夜の匂いをつれてくる。なんだかふんわりと湿ったようないい匂い。ほのかに興奮する。
ああ、なんだかこういう夜は孤独を感じる。
この世界で独りなんだということをひしひしと感じる。
お茶を片付けて布団に入る。隣に誰も寝ていない僕一人の部屋。
こんな夜は、早く寝よう。
運動会がやってきた。
空には太陽。なかなかの熱さだ。
応援団のみなさんもはりきっている。
校庭には椅子が並べられて、皆そこに座っている。
「ぜったいゆうしょーーーーーー!!!!」
前で吼えているのは佐村だ。
この暑い気温に負けないくらい熱くなっているらしい。
朝には最終応援練習があるので、僕らも声を出す事となる。
佐村の声にあわせて僕らも精一杯声を出す。
低学年の子も真剣にやっているのがちらりと見えた。
なんだか不思議なものだ。
僕も一年生だったのに、今、一年生を見るとひどく小さく幼くみえる。
だけれど、僕が過去を振り返ってみると、少なくとも一年生だった頃の僕は、今僕が思ったほど幼くはなかっただろうと思う。小さいというのは、やっぱり小さかったんだろうけど。
うーん、僕もあんな風に見えていたのかなぁ……。
声をはりあげながらそんなことを考えつづける。
なんていうのか、六年生になってみると六年間ってあんがい短かった気もする。
でも、長かったような気もする。色んなことがあった。
楽しいこともいやなことも嬉しい事も怖いこともいっぱい。
そんなことを考えているうちに応援練習は終わって、佐村がこっちにやってきた。
「いや、夏ですな」
「九月とか運動会っていうと秋って感じがあるんだけどね」
「でも、この暑さは夏だろー」
あぢー、とうめく。
「なぁ、佐村」
「ん?」
彼はこっちをくいっと向いた。
どうしたの? ってな具合だ。
「六年間って長いけど、六年経ってからふりかえってみると、けっこう短く感じられるものだね」
しばらく黙って前を見ていた佐村は、
「うん、まったくだ」
とそんなことを言った。
「水分はちゃんと、とっとけよ」
ぽんぽん、と彼は僕の肩をたたくと、
「じゃ、俺の活躍を見ていてくれ」
そう言って自分の椅子へと戻っていった。
朝の応援がはじまった。
開会式が終わってからが朝の応援だ。
朝と昼の二回応援があって、朝は色ごとに、昼はみんな一斉に応援をする。
これからナイフのように刺してくるであろう太陽光はいまはまだ、それほど照ってはいない。
「おっしゃあ! みんなーーー! いくぞーーーーー!!!」
おお、佐村、はりきってる、はりきってる。
我が応援団長佐村の指揮のもと、みんないっぱいに声をあげる。
もちろん僕も精一杯声をだす。
べつに、応援したいというわけではない。
僕は応援したいというやつの気持ちがよくわからないというような人種だ。
別に応援なんてなくてもいいじゃん。こんなに暑いんだし。
そう思っている。
でも、冷静に考えてみて、別に応援されて悪い気はしないと思うし、やれっていってるんだから、応援ぐらいはしてやってもいいんじゃないかと思う。
僕は応援することで不快にはならないから。
……もしかしたら、応援することでそこまで不快になる人もいるのかもしれないけど。
佐村の大きな声で応援は終わった。
椅子についているせんたくばさみ(もちろんいつもは、掃除のためのぞうきんをつるしておくのだ)に今回つけてあるプログラムを見る。
最初は一年生50mリレーか。けっこう楽しめそうだ。
昼だ。
ご飯の時間である。
これが終われば昼の応援があるわけだ。
「ん~、やっぱりオカズはカツでしょ~」
にこやかに笑いながら応援団長はカツを食べる。
「まあ、例年にない接戦だねぇ。前半終わったけど、どうなるのかさっぱりわからん」
にやにやと楽しそうに笑いながら、佐村は続けた。
ちなみに僕は佐村と食べている。
これはけっこう珍しいことだ。クラスの中でも活発でリーダー的な佐村と、ひかえめで傍観者的な僕とが一緒に弁当を食べると言う事は少ない。
大抵、佐村はその仲間達、まあ佐村の友人、というか(言い方は悪いのだが)家来というか腰ぎんちゃくというか、そういう人たちと食べている。
僕は大抵、近くにいる人と適当に食べている気がする。
あんましグループを形成したがらないのだ。一匹狼と言えば格好いいけど、ただどこにも属していないというだけにすぎない。
しかし、なぜか今日は例外で、佐村が『おい、相川。一緒に食べないか?』と言ってきた。だから一緒に食べている。
まあ、思えば、僕と佐村は仲が悪いというわけじゃないのだけれど。
「まあ、運動会なんてものは楽しめりゃあそれでいいけど」
そう言ってうんうん、とうなづく佐村。
ふと思いついたことがあったので、話を変える。
「なあ、佐村。アメリカのプロバスケットボールリーグとかあるじゃん? それ百何点とかフツーにとってるしさ、あっさり点はいるじゃん? こう、いっぽ、にほ、さんぽ、シュート、みたいにさ。あれって楽しいのかねぇ。クラスでやるバスケの方が断然楽しいとおもんだけど」
「あー、それはいえるな」
ポテトサラダを食しながら彼は言った。
「いっぽ、にほ、さんぽ、シュートはあまりにもつまらん。点があまりにも簡単に入りすぎる。学校でやるくらいの速度で点がはいるのがいいねぇ」
ぱくぱくとポテトサラダを食べながらふと佐村が空を見て言う。
「終わるねぇ、小学校生活も」
まったくバスケのことと関連性はない。
しばしの沈黙のあと、僕は言う。
「終わるね、確かに」
ごくり、と佐村は麦茶を飲んで、
「二十世紀も終わるし。この運動会が終わったらこの先大きな行事なんて卒業式くらいじゃん? それって俺らの卒業式だしさ。なんかこの運動会が終わったら、終わりに向かって直走るイメージがあるんだよな。俺の中でさ」
こいつも色々と考えているらしい。
確かに、運動会が終わるともうほとんど大きな行事は残されていない。
いや、というよりも。一年を通して、大きな行事なんて、『運動会』と『卒業式』しかないのだが。
僕がそう言うと、
「ん……そうだな、言われてみれば大きな行事なんてそれくらいしかないよな……」
としみじみと言った。
「まー、これが終わると秋にもなるしさ。秋になるとほら、終わりに近づく感じがするじゃん? まあ、夏休みが終わったときから終わりに向かってるといえば向かってる感じがするんだけどさ」
「活気と生命力にあふれる前半、静寂と滅亡の香りの後半、と?」
「そゆこと。春と夏は生気があるけど、秋と冬は終わりに近づく感じがする。物悲しいっていうか、なんていうか。それにくわえて二十世紀も終わるしなぁ」
「そういえば僕ら、世紀の変わり目に卒業するんだよね」
「そうそう。2000年度から2001年度にかけて小学校から中学校に移行するわけよ」
ああ、そうなんだ。
僕らは世紀の変わり目に変わる。
なんだかそれはたいそうなことに思えた。
「まー、世紀が変わっても、どうせ世界は変わんないんだろうけどさ」
なにげなくいったのであろう彼のひとことが、まるで呪いみたいにぼくをおそった。
たしかに、佐村のいうことが現実化する確率は高いと思う。
でも、ぼくは、世界は変わって欲しい。だって……だって、そう、二十一世紀なんだから。
だから、世界が変わらないのはいやだ。
「そうかもしれない。でも、変わってほしい」
そう、ぼくが言うと、佐村は、ふっ、と笑って、
「同感。現実は違うかもしれないが、希望としては俺も変わってほしいぜ」
そう、言った。
教室から佐村が出て行く。
さて、僕もご飯を食べ終わろう。
佐村の言うように、世界はそう簡単に変わらない。
だから、いままでと同じように世界は続いていくんだろうと思う。
でも、ほら。
なんか、今までのいやなこととかが変わっていって、いい結末にむかうような、そんな予感が、「新世紀」という言葉にはある。
だって、ほら。新世紀だから。
のんびりと運動会は進んでいく。
現在は玉入れ。低学年……すなわち一、二年生の種目だ。
トイレにいくためにてこてこと校庭に並べてある皆の椅子の後ろをぐるりとまわって、校舎に添えてあるトイレで用をたす。
じゃあじゃあと蛇口から水を出して、きゅ、としめた。
けっこう運動会というのもかったるいものだ。
基本的にひたすら座っていなくてはならないし、別に全ての種目を熱くなって見るわけでもないし。
だから必然的にみなの座っている椅子では談笑が行われていたり、ささやかなゲームがおこなわれていたりする。しりとりだとか、一人1~3までの数が言えて、次々と数を足していって30を言った人が負けというゲームだとか、指相撲とか。
自分の席に座る。
「つまり『浮遊城』三階の肖像画をマグナムで撃ち抜くと隠しステージにいけるわけ?」
「そそ。ま、あとは見てのお楽しみってところだな。セーブは忘れんなよ」
僕はゲームを持っていないので、この手の会話には、はいれない。
まあ、テレビゲームなんて欲しくも無いのだが。
けっこうこの時代においてテレビゲームを持っていなくて欲しくもない子供というのは珍しいと思う。だが、興味がないのだ。
さきほどの昼の応援はなかなかよかった。
熱気もあって、僕もがんばって声を出した。ただ、精一杯できるかぎり声を出したとは思っていない。
なんというのか、僕の中で、『精一杯できるかぎりがんばった』ということを認めてしまったら、そこで成長が止まってしまう気がするのだ。
だから、さきほどのが「できるかぎり」だとは思いたくない。
そういえば、佐村もよくやっていたと思う。
………ほめておこうかな。
そう思って佐村の方を向いた。
彼はヒマそうに運動場を眺めていた。となりの品森くんはお茶を優雅にすすっている。
まわりに話す人がいないし、今は選手として出ている人もいなくて、ほぼ満席の状態だから、彼らとも話しにくい。まあ、昼ともなると、話す人たちが席を替わってもらってグループを形成しているので、座っている人にどいてともいいづらいものがある。
はぁ……と思って目をそらそうとしたら、佐村とふと、目があった。ついでに品森くんとも。よっこいしょ、という風に佐村が立ち上がる。品森くんもだ。
「よぉ、応援どうだった?」
あいかわらずの不敵な笑みをうかべて満足そうな佐村。
上々(じょうじょう)だろ? という感じが伝わってくる。
「わたしからしてみれば、なかなかによかったと思うね」
これは品森くん。自分のことをわたし、というけっこう風変わりな人だ。
ちなみに彼はそれ以外にもいろいろと風変わりである。
「僕も同感。けっこう応援の点も入ったと思うよ」
応援は競技とは別に点が入るのだ。
全部でグループはよっつ。ライバルは多い。
「それにしてもこれが最後の運動会なわけだね。小学校においての」
「やっぱそれを思うか、品森。俺もだよ」
本当に、思うことはみな一緒だ。
「それにしても、暑いね。九月というと秋という感があるけどね」
「まだまだ残暑は厳しいわな」
けっこうこの二人、いいコンビかも。
そう思ったとき、アナウンスが流れた。
「お、学年総合リレーですか……俺の出番だな」
佐村は足が速い。
当然リレーの選手に選ばれる。さらに自主的に名乗り出るため、まず間違いなくリレーの選手になれるのだ。
「リレーか……選手選びで、ごたごたがあることもあるな」
ふう、というような妙に大人びた……というかくたびれた溜息をついて、品森くんは言った。
なんかこう、憂いをふくんだ感じだ。ウイスキーが似合いそう。
「さて。相川くん。調子はどうだい?」
「ぼちぼちでんなぁ」
ふふっ、と品森くんは笑って、
「それはよかった。それにしても、もうすぐ新世紀だね」
「うん……そうだね」
新世紀。
なんだかワクワクするような響き。
革命の兆し、変化の音色。
「新世紀―――、か」
つぶやくように品森くんは言った。
「いい世紀になるといいよね」
「うん」
心からの賛成をこめて、同調した。
では、と言って彼が席に戻っていく。僕も席に戻ろう……というより、座ってるここが席じゃんか。僕は動いてないんだから。
ちょっと自分の思考回路が恥ずかしかった。
閉会式だ。
なんと僕らのグループは、競技の部で一位の上に、応援の部でも一位という快挙をなしとげた。すばらしいと思う。
ふっふっふっ……と笑う佐村の笑顔が頭に浮かぶ。
椅子を教室まで片付ける。
児童玄関には雑巾が用意されていて、それでふいた。
あとはテントの片付けなどの後始末が、体育委員や、応援団などを中心に行われるだけだ。
それでついに、あとすら残さず運動会は終了する。そして僕らは日常に戻る。
帰り道。
夕日に照らされた空気の中に見る運動場は、ほのかにさびしげに見えた。
テントを運ぶ人たちが見える。あの中に応援団である佐村もいるのだろうか。
空は赤く、何度も通った通学路を帰る。全体的に夕色の世界を家へと帰る。